garadanikki

日々のことつれづれ 駄目駄目さんのガラクタ日記

カキフライとスンドゥブの夕餉

牡蠣が好物です。

生ガキがもちろん一番だけど、バター焼きもフライも捨てがたい。

家で食べるには、やはりカキフライかな。f:id:garadanikki:20170304153313j:plain

牡蠣を綺麗に洗うのに、大根おろしを使う方法をご存知ですか?

ぬめりも臭みも汚れも全部取れてしまいます。

大根がもったいない気もしますが、美味しく食べるために仕方がない。

牡蠣を洗った大根おろしは食べられませんので。。。

 

スンドゥブです。

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あさりのむき身をたっぷり入れました。

豆腐というと木綿が好みですが、スンドゥブの場合は絹なんですね。

久しぶりに食べる絹ごし豆腐のなんと美味しいことか。

 

体と心が温まる夕食でした。f:id:garadanikki:20170304153316j:plain

あっ、一番最初の写真の上に黒いものがありますが、

例によって栃尾の油揚げを焦がしました。

よんばばさんから、癌のことをお聞きしましたので、お焦げは こそいで食べました。

好物なのに、どうしてこうも焦がすんだろう。。。。

にゃんこのジャンプで右目を強打事件

飛蚊症 ( ひぶんしょう ) を御存知ですか?

明るい所や、白い壁、青空などを見た時に、目の前に虫や糸くずみたいな「浮遊物」が飛んでいるように見えることがあると思います。

瞬きをすると、ふうっと動いたり感じられるけれど、目をこすっても消えません。

自然と暗い所では気にならないんですよね。

あれ、医学的には飛蚊症と言うんだそうです。

 ( 読めませんでした「ひぶんしょう」って )

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昨日、隅田川をらんらんらんと歩いていたら、その虫みたいなのがウヨウヨと見えました。

こりゃおかしいと思って、帰りに眼医者さんに飛び込みました。

 

右目を強打

実は前日、右目を強打したんです。

「何をしたの?」と言われてちょっと返答しにくい状況なんですが。。。

とんとんが膝の上でジャンプしたんです。

 

何か物音がして驚いたとんとんが、膝の上で飛び上がった。

とんとんを見下ろしていた私は目をつぶる余裕もなく、

眼鏡越しにジャンプしたとんとんがぶつかってきたんです。

お星さまキラキラでしたよ。しばらく「いってーーー」と言っていました。

でも、その日は何にもなかったので、大丈夫かと思いました。

その翌日ですもの。

右目にウヨウヨと黒い影が見えるんですもの、慌てましたよ。

A病院に駆け込む

病院で、目のカメラを撮ってもらい、内診をした結果、「飛蚊症」であることがわかりました。

「メガネのレンズ越しであったから良かったね、目に傷はないから」とA先生に言われ、

翌々日の精密検査の予約をして帰りました。

 

黒い●が見えるようになった

次の日。

右目のウヨウヨだけでなく、視覚の中央下の部分に丸い影のようなものが見えるようになりました。

えっ!!! これって、網膜剥離?

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慌てましたよ、ボクサーによくあるでしょう? 網膜剥離。

ジャンプしたにゃんこに目を打撃されて網膜剥離なんて、洒落にもならない。

A病院の検査は明日です。

とても不安になったので、遅くまでやっている病院を探してB病院に駆け込むことにしました。

 

瞳孔を開いて検査をしました

明日になればA病院で検査もしてもらえることになってますが、

網膜剥離だったりしたら緊急手術もあるって聞いていたので取り急ぎ。。。

B病院の先生は丁寧に検査をして、丁寧に説明してくださいました。

 

硝子体剥離でした

網膜剥離ではありませんでした。

B先生のお話では、眼球の中は硝子体と呼ばれるゼリー状の透明な物質でできていて、その中に何らかの「濁り」が生じると、それが浮遊物が飛んでいるように見え、飛蚊症として自覚されるんですって。

その「濁り」には生理的な原因と病的な原因があるんだけど、その一部の塊が私の眼球の真ん中にあるらしいんです。

恐らく、ぶつけた時にこの塊った濁りが硝子体から剥がれて、一番気になる真ん中にどんと出てきたんだろうという話。

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治療は出来ない

硝子体剥離は、老化や近視になりやすいんですって。

で、治療方法はないんですって。

うっとうしいけど、慣れるしかないんですって。

次第に、真ん中から移動したり、小さくなったりするのを待つ、

もしも大きくなったり数が増えたりすると、また別の話もあるので要観察という話。

 

とりあえず、失明とかの最悪なケースではないのを良かったと思うしかありませんが、

にゃんこのジャンプもなぁ。

こんなことになるんですね。とほほの事件でした。

 

それにしても、とんとんの方は大丈夫かしら。

頭打っただろうから、、、、

今日、とんとんをお見舞いに出かけてきます。

 

山の上ホテル物語 / 山の上ホテルの流儀

※ これは、 旧GARADANIKKI (JUGEM) にアップした2014年05月28日19 34:付のコンテンツです。
  hatenaへの引越しに伴い一日だけ先頭にアップし、後日 作成日へ以降する予定です。

 

先日 ( 2014/05/06 ) に、山の上ホテルの辺りを歩いてから、ずっと気になっていて、

関連本を読んでみました。

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常盤新平著:山の上ホテル物語     森裕治著:山の上ホテルの流儀

『山の上ホテル物語』は、作家としても泊ったことがある常盤新平氏が日本ダイナーズクラブの雑誌「シグネチャー」に連載したものを一冊にまとめたものです。

22回の連載をそのまま出版したらしく、同じ内容、文章が各章に重複しているのが残念なところ。

 

例えば関口達夫 ( 前総支配人 ) のエピソードは、「本館三十五室、新館四十室」 (p.33) にも出てくるし、「自前の社員」(p.88)にも登場します。

一年間便所掃除をさせられた話、羽田空港で客の勧誘を一日三組させられた話、上野駅での勧誘の後、とんかつ屋でビールを飲んでいたところに社長の吉田俊男が入ってきて叱られた話など、エピソードとしては面白いけれど、二度読まされるのはちょっとキツイかな w


連載を単行本にする際、作家の希望で連載当時のまま発行したいと言われれば、

そのまま発行せざるを得ないこともあるといいます。

しかしこの本の場合はカットや修正をしない意図がわからず、ちょっと残念でした。



一方『山の上ホテルの流儀』は、創業社長(吉田俊男)の外孫にあたる現社長が書いた本です。

「山の上ホテル物語」とエピソードが重複しているのは、出所が同じだから仕方ないが、こちらの方がよく書けています。

 

「作家の○○さんから贔屓にしてもらった」

「○○さんは○号室がお好きでした」

というような話は、古参の社員に聞いたものなのか、今ひとつ臨場感がないのは仕方ないかも知れません。

でも、読了して興味深かったことは色々ありました。

本書の中でとても気になったのは、石本恭子さんという女性の存在でした。

石本さんは「山の上ホテル」を語る上でなくてはならない人物だったようです。

彼女のことをもっと知りたくてネット検索したけれどひとつもヒットしませんでした。

どこぞでドラマにでもしてくれないものかしら、と思うのですけれど。。。


彼女についての記述は以下の通りです。

常盤さんの書いたもの、森さんが書いたものと二つあげましたので、読み比べてみてください。

 彼女は、本館の手動エレベーターのオペレーターだった。彼女の父親は九州大学の名誉教授だったそうで、彼女は聖心女学院の出身だった。言葉つかいの美しい女性で、深窓の令嬢だった女性が中年を過ぎて、山の上ホテルのエレベーターを動かしているようで、大袈裟かもしれないが、恐れ多いと感じる客もいた。ここを定宿にしている客には親しげに挨拶したが、彼女の態度にはつねに慎み深さがあった。
 しかし、彼女を知る従業員によると、礼儀をわきまえない客に対しては厳しかったし、ときに怒ったという。怒られた客はそれでも山の上ホテルに来ることをやめなかったそうだ。
 吉田俊男は石本恭子のような婦人をエレベーター係にしていたのだ。彼女は一度姿を見せなかったことがあって、それは病気のためだったという。二度倒れたことがあって、けっして丈夫ではなかった。彼女は別館四階に住んでいた。
背の高い女性で、おそらく吉田俊男に負けない長身だったかもしれない。つねに黒いスーツを着ていた石本恭子は正面玄関からはいってすぐのエレベーターを運転して、山の上ホテルに気品を添えていたのである。
 世界のどんなホテルにも石本恭子ほど淑やかなエレベーターのオペレーターはいなかったろう ( 彼女と言葉をかわするを楽しみにしていた客もいる )。これも吉田俊男という「趣味のいい、上品な」人物がいたればこそである。
常盤新平著『山の上ホテル物語』p.29より
山の上ホテルの本館にある改装前のエレベーターは手動式でした。
そこには背の高い、美人で上品な雰囲気を持つ石本恭子という女性がオペレーションをしていました。聖心女子学院出身、父親は九州大学の名誉教授という名門家系で育った石本恭子の言葉遣いはもちろん、立ち居振舞い、気遣いも超一流でした。いつも黒のスーツを着こなし、他のお客様の迷惑になるようなお客さまにも厳しく接客していたので、それにたじろぐお客さまもいたらしく、だからといって厳しくされたお客さまがホテルに来なくなるということはありませんでした。石本恭子はこの山の上ホテルをとても上品なホテルにしていた従業員の1人です。
 吉田俊男は、この石本恭子に別館の四階に広めの和室の部屋を与え、そこに住まわせていたくらいです。それほど、この山の上ホテルに対する貢献度が高かったと言えます。
( 中略 )
 晩年は病気がちだったこともあり、エレベーターには立ちませんでしたが、本当に多くのお客さまから人気のある方だったのです。
 石本恭子が亡くなった現在でも、古くから山の上ホテルをご利用してくださっていて、石本恭子を知るお客さまの中には「本当に気品のある女性だった」「彼女と話をするのが楽しみだった」とおっしゃるお客さまがいるほどです。 
森裕治著『山の上ホテルの流儀』p.94より

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f:id:garadanikki:20170308105536j:plain吉田俊男が優れたコピーライターであったことも興味深く読みました。
左は、『文藝春秋』『文學界』『文藝』に広告のコピーとして出されたものの一例。
山の上ホテルでは現在も、これらのコピーを使っているそうです。

吉田俊男は旧仮名遣いにこだわっていたそうです。
雑誌を読んだ人から『現代仮名遣いじゃない』という注意が寄せられても、面々と旧仮名のこだわりの手紙を返信したのだそうで、仮名のことは絶対に折れなかったとのこと。

『山の上ホテルの流儀』第4章に、そのコピーが32作ほど紹介されていましたが、それが全部 現代仮名遣いに直してある。

お祖父さまがこだわったものなのになぁ、一体どういうワケなのかしらと、考えてしまいました。

 

 

 

3品運動

一昨日「夜食は3品運動」を奨励、というか言い渡されました。

人生初の68kgになってしまったそうです。

( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \

 

確かに19時くらいの夕食ならまだしも、22時過ぎの食事は夕食というより夜食だわなぁ。

 

頑張りました 3品運動。

しかし 3日坊主。

いいじゃない? 今日は19時の夕食なんだから。

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その代わり、一品一品はいつもより少ないと思う。

色んな食材を食べてもらうと安心なんですよ、私としては。

 

「どこが少ないの?」

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そりゃ、、、あの、、、うーん、

手羽先はいつもより数多いかも。

 

でも、キュウリは半本だし、長芋も半本だもの、

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それにこれは、明日の朝でも食べられるから全部食べなくてもよろしい。

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「じゃ、半分つければ?」

そうだよ、、、ね、うーん。

 

MOURI は出されたものは全部食べないといけないと育ったそうです。

私もそうだったけどね、ま、、、うーん。

 

明日から、たまには3品運動、心がけますわ。

マロニエの花が咲く 山の上ホテル

※ これは、 旧GARADANIKKI (JUGEM) にアップした2014年05月06日付のコンテンツです。
  hatenaへの引越しに伴い一日だけ先頭にアップし、後日 作成日へ以降する予定です。

 

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あたりに教えてくれそうな人…あっドアマンさん。
「綺麗な花ですね、なんていう木ですか?」
「マロニエです。栃の木とも言いますか」
 

所用で御茶ノ水に来ました。

MOURIの用事が済むまで、辺りを散策。

ここが有名な山の上ホテル。

ピンクの花が、咲いている。

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マロニエの花なのか。

見上げると、緑のトンネル

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ホテルの手前右に、ちょっとした空き地がありました。

「公開空地」という看板。

面白い表現だなぁ公開空地なんて。立ち入っても叱られない場所っていうことよね。

敷地内の“公開空地”の部分が色分けされてるの。

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山の上ホテルの本館に沿ってぐるっと廻り込んだところに、愛らしいオブジェがありました。

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案内板をサボテン型にしてしまう発想、いいじゃないですか。


本館の壁面には、HILLTOP HOTEL と山の上ホテルという二つの看板が付いてます。

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f:id:garadanikki:20170308105555j:plainホテルの開業は1954年(昭和29年)。
ホテルの名前は、GHQの接収時代にアメリカの女性兵士・軍属の間で愛称「Hilltop」に因んで付けられたんですが、創業者は「丘の上」を、敢えて「山の上」と意訳したんだそうです。

この辺りは起伏に富んだ地形で、坂を登ったかと思ったら、もう下り坂。

確かに山の上のホテル。

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本館正面をぐるっと回ったところにも入口。

「HillTop Garden」って、ホテルの庭に続く出入口なのかしら?

フェンスや照明や、彫刻などの調度品が古くて素敵。

 

錦華公園

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公園の広場は階段を降りた所。

山の上ホテルから、かなり下りました。

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夏目漱石が通っていたという錦華小学校 ( 現 千代田区立お茶の水小学校 ) の脇を通って… 
ここまで来たら神保町は近い。さて古書店めぐりでもしてみるかな。

 

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御茶ノ水、山の上ホテル界隈の地形は面白い。

じゃ。古地図サーフィンしてみる。

これが現在の地図です。

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山の上ホテル、錦華公園、小学校の位置関係がわかります。

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明治の頃を見てみると…

 山の上ホテルの場所は昔、東京鉄道會社運輸課だったようです。

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丘陵跡は、下の地図にも見られます。

1880年 ( 明治13年 ) の様子。

山の上ホテルは、小松宮邸だった。

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更に200年前の地図。
橋の数も違うし、道も変わっているから正確にはわからない。
でも、方向と距離で考えるに○あたりではないかと思うんだ。

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増捕江戸大絵図絵入 表紙屋市良兵衛 延宝9年(1681)

古地図サーフィン、これだから面白い。

やめられません (;^_^A