garadanikki

日々のことつれづれ 駄目駄目さんのガラクタ日記

『少年と蛇』 著:田宮虎彦

【あらすじっていうか…ダイジェスト】

母が少年を連れて帰ったお祖父さんとお祖母さんの家は、大きな川のほとりにあった。
母屋から桃畑を隔てた川土手の離れ屋で、少年と母との暮らしが始まった。
夜になると川の流れの音が、少年の耳を洗うように聞こえてくる。父と暮らしたかつての家は、町のざわめきが絶えず聞こえる繁華な港町だった。どんなに夜が遅くてもレールをきしませて走る電車のひびき、町かどのチャルメラ、わめき合う人聲や――そういった色々の物音が聞こえていたのだが、この離れ屋は、そんな物音がびったりと消えてしまって、そのかわり、サワサワと冷たく堅い布を揉むような水音しか聞こえない。

離れ屋で、母と二人だけで寝るようになった頃、少年は、川の流れに自分が小さな笹の葉のように流れている夢をよくみた。身体が川に浮いていて、水だけが流れていく夢だった。

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 少年は、毎夜、母の乳房に頬をおしあてて寝ている。
「お母さん、絵本よんで――」 といって甘えられる毎晩が、たのしくてならなかった。

「さびしいねえ」

と、溜息をつくように母は言う。何故、母はそう思うのか少年は不思議に思うのだった。

港町の父は、少年にはきびしいこわい父だった。父は母にも厳しかった。港の町の家で、父にいじめられる母を幾度見たかしれなかった。少年が母に甘えているところなど、もし、父に見つけられると、父の顔はみるみる赤鬼のようになって、すくんでしまったものだった。

ある日、川が氾濫し避難をしなければならなくなった。

「ちっとも恐くなんかないよ、お祖父さんが、今、迎えに来てくれるからね」

母は言った。母屋の方から、五六人のわめき聲が聞こえた。お祖父さんは、連れてきた日雇男に離れ屋の畳をあげさせ、自分は少年をおぶって母屋の中二階に連れて行った。
大人たちの中で母だけが中二階で自分と一緒に寝ていることが不思議に思えた。
港の町の父の家では、父が起きている間、母が横になることはなかったからだ。

「聞いてごらん、ゴゥーっていう音が聞こえるでしょ。あの音は、落合の水の音なんだよ。
 お母さんは、お前くらいだった頃から、毎年一度は、あの音を聞いて来たんだよ、
 今度も落合の土手は切れるかしら――」

その言い方は、少年にいい聞かせるようにも、また母自身の思い出にいい聞かせるようにも、聞こえる言い方だった。

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落合というのは、祖父の家から七八町、上手にあって、二つの山間から流れて来た二つの川が落ち合うところだった。
川はいつもその落合で土手が切れた。

祖父の家につれて来られてから、少年が母と外出することはめったにない。母はほとんどこもりきりで、せいぜい裏の川土手に出る程度だった。そんな母が落合まで行ってみようといったので、少年は思わず母を見上げた。

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 母の頬は、ぽっとあかく紅がさしているようだった。

お母さんも楽しいんだな!

野面の水は、ほとんどひいてしまったが、川は土手すれすれまで水かさがあった。身もだえするように波うちながら、矢のように海へ流れていた。母は少年の手をひきずるようにして、川土手を上手に進んでいった。母は少年をきつく抱き寄せて、土嚢のそばにしゃがみ込んだ。ふと見ると、母の頬に土嚢に当たった水滴がかかり、泣いているように見えた。少年が心細くなって「お母さん」と呼びかけたとたん、母は小さな叫びをあげたのだ。見ると二人の足を、不意に、小さな一匹の蛇が泳ぎわたっている。
 二尺にたりない幼い蛇だった。

「あの蛇は、水の神様のお使いだよ」

少年は蛇が嫌いだった、みるだけで、ぞっとするような蛇が、どうして神様のお使いなのか、少年にはわからなかった。
蛇が神様のお使いだというなら、そのお使いは、母に何を告げに来たのだろうか。

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やがてその意味がわかる日が来た。
母と二人で川土手を歩くことが出来たのは、その日が最後で、母はそれきり寝込んでしまった。
半月が過ぎ、秋の彼岸が過ぎようといている頃、少年は、また蛇を見た。

「お母さん、お母さん」

少年の聲は、母には聞こえなかっただろう、でもそれでよかった。
そう呼んでいるだけで母とつながっていられる気がしたからだ。

神様のお使いだよ

と言っいた母の聲が、ハッキリ聞こえてきた。しかしそれは、決していいことを告げにきたのではない。きっと悪いことを告げにきたのだ。
少年は、とっさに銛を蛇に突き刺した。蛇と銛との格闘がどれほど続いたかはわからない。少年は、ふるえながら、歯をくいしばって、銛を地面に突き刺した。もし自分が手をゆるめたら白いその蛇が、今にも竹の棒を這いのぼって来るように思ったからだ。

やがて、蛇が力つき、はっきり死んだとわかると、少年はかすかな悔恨を感じた。だが、同時に、母は悪い知らせを聞かないでかんだという思いが、その悔恨を拭い去った。
少年は母がまた元気になることを、その時、信じた。

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しかし、母は、それか二月経って、冷たい北風が稲を刈り終えた野面に拭きすさみ、庭の柿の木の葉がすっかりちりつくした頃に、少年の願いはきいてくれずに、死んでしまった。

 

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父は乱暴な男で、母は不治の病で…
そんなこと何も触れられてないけど、想像がふくらんでいく。
淡々とした文章だから、少年の心情が伝わる。
おそらくは、いや、絶対に実話ではない。
でも幼少の田宮さんの親子関係が、根底にあるのではないかと思う。
染み入るような静かな感動が味わえる作品でした。