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garadanikki

日々のことつれづれ 駄目駄目さんのガラクタ日記

「滿支一見」 を読む

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里見弴:著 「滿支一見」 昭和6年 春陽堂刊を、オークションで取得しました。1,000円也。

ハッキリ言って美本ではない。だけど稀本だから仕方ない。

パラフィンを取りたくても、不器用なので二度と同じに包装できないから諦めます。

 

裏表紙の右半分がささくれているのは理由があるの。

この正方形の本。販売された時に、二つ折りにして函に収められていたからです。

こんな感じに。。。

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珍しいよね、大胆だよね、本追って函に入れるなんて。

ワタシが買ったのは、函無しだったけど、本には、折られた跡と折癖がクッキリ残ってる。

 

さて。

この本を読みたかった理由は、“著者が里見弴” という以外に、満州についての興味から。満州には文化人がこぞって招待されたと知り、招待を受けて満州旅行した作家たちが、どんな文章を遺したのかに関心があったからなんです。

 

実は、この本を読むキッカケは、

島木健作の「或る作家の手記」「満州紀行」にあります。

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島木健作は、転向文学の作家。
治安維持法とは、資本主義と天皇主権に反対する運動を取り締まるためのいわば悪法で、多くの共産主義活動をする人に適用されました。この治安維持法により逮捕された人の内で、裁判 ( or  刑務所 ) で「主義を変えます」と表明することにより減刑されるケースがあって、それを転向という。

島木健作は「大学中退して農民運動に参加する頃から目を付けられ、1928年三・一五事件で検挙。転向声明をするも、起訴されて服役。その後刑務所で、肺結核が悪化したことにより仮釈放となる。その後作家活動を開始。」
という経歴を持っている人。

 

島木健作と里見弴。

タイプも境遇も違う2人だけど、どちらも大好きな作家でね、

2人とも、時機は違うけど、満州の紀行文を書いてるんです。

 

満州の国策には主に二つあって、

ひとつは満州鉄道の経営。これは半官半民の国策事業

もうひとつは満州への農業開拓民政策。

こっちは日本から満州に多くの農業者を開拓民として送って、農業をやらせるっていう満州開拓移民推進計画だったんだけど、島木さんはその農業の方に凄く興味を持って渡滿したの。 自腹でね。元々農業運動をやってたくらいだから、満州に渡った開拓民がどんなことをしているか、その苦労や研究成果を見て回った。それを書いた本が、「満州紀行」と「或る作家の手記」。

彼は文中に「私の見聞は狭く、貧しい」と書いています。

でも何の伝手もなく、宿から日程から全部自分で立てなければいけなかったのだから、それは大変だったはず。その代わり、誰に遠慮することなく、見て来たことを忌憚なく書ける。勿論、個人名や村名は特定しない書き方にしてるけど、凄く具体的に、例えばどういう耕し方をしたかとか、地元風の家屋と日本家屋を建てた場合どちらが住みやすいかとか、個人で耕すのと皆で耕すのと効果が出たのはどちらか、みたいなことまで調べてるわけ。それはもう最高なルポルタージュです。

 

で。文中に、「国が多くの文化人を招待して見学させたが、成功例や都合の良い場所しか見せなかったり、宣伝するように書かせた」みたいなこと、書いてあったのね。

そりゃそうだ。あごあしまくらだもん。

 

一方「滿支一見」の里見さんは、昭和4年 (1929) 満州鉄道の招きで渡滿。
島木さんの旅は、10年後の昭和14年 (1939)だから、年代も目的も全く違う。

その二つを比べること自体無理があるけれど、共通するのは「あご・あし・まくら ( 払いは相手持ち ) は、先方に都合の良いことしか書けない 」ということ。

 

「滿支一見」の冒頭でも、里見さんは、こう書いています。

そこへ滿鐵から招聘の話が來た。志賀、佐藤春夫、私、三人で來ないか。當方の負擔はこれこれ、そちらの義務はこれこれ、と具體的に聞かされて決して惡い話ではなかった。何事によらず、義務づけられることに大嫌ひな志賀でさへ、―――少しは愚図々々云ったらしいが、結局承知した。先方の負擔は公表する必要はない。こっちの義務は、歸ってから新聞なり雑誌なりで、旅行記を發表すること、それの再録權は滿鐵が保有すること、―――たゞそれだけだ。即ち今この文章を書いてゐることが、その義務の遂行にほかならないのだ。なんと樂しい義務よ!

 

 本業の小説は、今もって、樂しんで書く、といふ境地へは遠く及ばないで、始終うんすう、うんすう苦しんでゐるが、樂しかった旅を追想しつゝ、輕い氣持で紀行を綴るのなら、いくらでも、…然し、さうは、讀者の方でお困りかも知れないが…。

 

割り切って書いているんだもの、ワタシも割り切って楽しもう。

ということで。

本書は、紀行文というより、里見弴と志賀直哉満州珍道中の旅日記。

麻雀したとか、芸者とどうしたとか、飲み過ぎて汽車に乗り遅れそうになったとか。(笑)

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満鉄に招待されて、専属の担当者がついていて、その人が切符や宿の手配の一切合財やってくれて。買い物三昧でお金が足りなくなれば、満鉄に借金。

土地土地の名士との会食会の様子も書かれてる。

 

里見弴と志賀直哉の付き合いは古く、途中で何度か絶交期間はあったものの、まあ腐れ縁。

旅中も志賀は里見のことを「伊吾」と小さい時の愛称で呼んでいたり、
里見も「ざまあみろ」だのと悪態はつき通す。
お互い、相手がへまをして、忘れ物をしたり無くしものをすれば、それを痛快がる。
気のおけない者同士の旅の合間に、ほんの少々、満州の情報が知れるといった、軽い読物だというのが正直ホントのところでしょうかしら。(笑)