読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

garadanikki

日々のことつれづれ 駄目駄目さんのガラクタ日記

佐賀町を歩く ~ 上之橋

おでかけ かなり散策 地図

 

「昔の面影、どこかにないか」と歩いていたら…

f:id:garadanikki:20150128114457j:plain


上之橋についての案内板がありました。
  なんでも
昔、この辺りに上之橋、中之橋、下之橋という3つの橋があって、
それらを境に上佐賀、中佐賀、下佐賀という地名だったんだって。
中之橋と下之橋があった場所は埋立られ、既に橋はなく、
上之橋の部分も川が暗渠化されたので橋は撤去されたのだそうです。

f:id:garadanikki:20140916015659j:plain


今では、橋名を刻んだ親柱4本が記念として残っているばかり。

f:id:garadanikki:20140916015700j:plain


こんな橋が…架かっていたんだね。

f:id:garadanikki:20140916015658j:plain


昔の地図を見ると、ほら、上中下の橋全部ある。

f:id:garadanikki:20150128114814j:plain

建設省国土地理院所蔵 明治17年7月『東京府武蔵國日本橋區蛎殻町及深川區佐賀町西大工町近傍』


地図の検索 - goo地図では現在の地図と古地図が比べられるの。地図好きには堪らない。
同じ場所を過去から現在まで並べてみた。

まずは明治の地図

f:id:garadanikki:20150128114849j:plain


昭和22年の写真図

f:id:garadanikki:20150128114937j:plain


昭和38年の写真図

f:id:garadanikki:20150128115022j:plain


そしてこれが現在

f:id:garadanikki:20150128115055j:plain


“橋を架ける” ということは、“進歩” につながる行為と思いがちだが、そうとも言えない。
川や海を埋め立てたり暗渠化してしまえば、橋は要らない。
この辺りの変遷を見ると、不思議な気持ちになりました。