病院に一番遠い出口から出て、カートリッジの心電図をつけて走りました。
遅刻しそうだったから。
不整脈はともあれ、心電図凄いことになってるんだろうなぁ。
( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \ だ。
病院で心電図をはずしてもらい、来るとき気になった神社に戻ります。
まあ、新品の、綺麗な神社ですねぇ。
「太田姫稲荷神社」
綺麗に掃き清められた神社。
手水舎も驚くほど綺麗、コンコンと水が流れている。
あっ、あの。手水の前壁が濡れてるのは私が使ったからですけど、、、
太田道灌の家紋らしい。
この神社は、太田道灌が娘の天然痘の祈願のために、
小野篁が創建した京都一口稲荷神社を勧請して、創建したんだそうです。
最初に建てられた場所は、江戸城本丸内だったんだけど、
その後道灌が江戸城鬼門へ移したそうで、、
それを徳川家康が江戸城入府後、神田駿河台裏側の大坂へ移されて。。。
今度は、総武線延伸工事の際に、ここに遷座することになった。
「太田姫」という名前は、太田道灌の娘だからなのかと思いきや、
小野の篁にまつわる話からつけられたんですって。
小野篁 ( おののたかむら ) っていう人は反骨精神のある人で、副遣唐使になったときに、遣唐使だった上司の第一船が壊れたのでその上司が、小野篁の乗る第二船を寄越せという話をしたきたのに腹をたててしまいました。その話を漢詩にしたりした際に、朝廷のこともグチっちゃったため嵯峨上皇が激怒、流罪にされちゃった。
太田姫はその時の話らしいんです。
境内の案内板によると、
船が出港すると大波が荒れ狂い、白髪の老翁が波の上に現れて
「君は才識世にたぐいなき人であるから流罪になっても間もなく都へ呼び返されるであろう。しかし疱瘡( 天然痘 ) を患えば一命が危ない。われは太田姫の命である。わが像を常にまつれば、この病にかかることはないであろう。」と告げ姿を消した。
彼は自ら翁の像を刻み、常に護持していましたが、のちに、山城国の南にある一口 ( いもあらい ) の里に神社をつくって、祝い祭ったという話。
小野篁、、、ちょっと興味深い人物の話、聞いちゃったな。
んんん 視線感じると思ったら。。。
可愛い顔してずっと見てたのね。
太田姫神社の黒猫だから、大田黒さんかい?
おやおや元気? と話しかけたら、あっちむいた。向いた先に、もう一匹にゃんこ。
そうか、お友達紹介してくれたんだ。
太田黒さん、案内板呼んでる間じゅう、こっちを気にしてポーズとってます。
綺麗だね。可愛いよ 君 ( ちみ~)。
ご満悦のご様子