武者小路実篤の本を読むキッカケは、里見弴つながりだった。
ひとつことに興味を持つと、今まで見過ごしてきたものが見えてきたりする。
武者小路実篤に関していえば、
偶然 通った場所に『武者小路実篤記念館』があったり、
探していた里見弴さんの初版本が、その記念館にあることを知ったり、、
家の近所に、実篤さんの親戚の家を見つけたりといった具合。
武者小路実篤・志賀直哉・有島武郎の作品は、山積みの待機本として、ずっと後回しにしてきたが、
先日ちょっとした小旅行 に、持ち出したのがその中の一冊、『初恋』だった。
旅のお供にこの本を選んだのは ≪軽い≫ というのが理由。
ライトノベルという意味ではなく、目方が軽いというひどい話である。
感想は「ううん、なんだかな~」という感じ。
なんだかな~と思った作者のものでも、私はあと1~2冊読むようにしている。
偶然 最初の一冊が、好みでなかったということも多分にあるからだ。
次に読んだのが『友情』で、偶然早稲田の古本屋で手に取ったものだったけれど、
『初恋』と『友情』には、驚くべき共通点があった。
・・・それはまた、別のお話として、初恋のお話から。。。
【初恋】
『初恋』は、「芳子」「死」「小さき世界」「初戀」の4つの短編と、
「或る日の夢」「母親の心配」という2つの脚本で構成されている。
「芳子」は、実篤の兄公共の最初の妻 万子 ( かずこ ) が産んだ、芳子という姪の死を扱った作品。
「死」は、兄嫁 万子 ( かずこ ) の死を扱った作品。
「小さき世界」は、学習院時代のエピソード。
「初恋」は、実篤が15~18歳の4年間、片思いしていたお貞さん (志茂テイ) との様子を描いた作品。
2本の脚本は「初恋」を戯曲にアレンジしたもの。
全作品、実篤の若い頃 ( 10代~20代 ) の実話で、それを日記のように連綿とつづったものなので起承転結は一切ない。
これは小説といえるのか?
「なんだかなぁ」とこぼした理由はこの辺にあった。
《小説家の小さん》と評された里見弴の文体に慣れ親しんだ後では、武者小路は単調に感じ、「おおっと~っ」という感じが否めない。読めども読めどもオチらしきものもなく ( 落語じゃないんだからオチはいらないか (笑) ) どう受け止めてよいやら、困り果てる。
興味深かったのは、巻頭の自序。
自分もいくらか老境に入ったと言つていゝであらう、少くも若い時をなつかしむ齢になつて來たやうだ。そしてある夜、若い時の作許りを集めた本を出したいと思って、頭に浮かんだのがこの本で、本屋のすゝめで、或夜思ひついたことを實現することになつたわけである。
「芳子」は僕の處女作と言っていゝものだと自分では思つてゐる。「死」は夏目さんにすゝめられて朝日新聞に出した短編で、この集にのせたものでは一番あとの作かと思ふが、芳子と關係があるので出すことにした。
「小さき世界」は僕の若い時の一面をかいたもので、あまり好きな一面でもないが、かう云ふ方面もあつたことはたしかだから戀愛ばからしてゐたわけでもないので、出すことにした。
「初戀」は以前「第二の母」と題してゐたものだが、以前は戀と言ふ文句をつかうのがいやで、第二の母なぞと云ふへんな題をつけたが、今日になると母の方が自分には尊い思ひ出になつてゐるので、題を變へる方が気持ちがいゝので變へることにした。新しいものではないので、新しいものと思ふ人がゐると困ると思つたがこのさい變へることにした。
あとの二つの脚本は、この事實から生まれたものであることは讀めばわかると思ふので、事實と作品の關係がわかるのに、興味を持つてくれる人もおるかと思つて出すことにした。僕の作品にはこの初戀がいかに影響してゐるかは、自分でも驚くべきものがあるのを感じてゐる。別に今、何とも思つてゐないのだが、作家としての僕はまだその影響から完全に脱し切れずにゐるらしい。
若い時の作には、若さと言ふものゝ短所と長所が出てゐると思ふ。その内に僕の未來が完全にふくまれてゐると言つてもいゝのではないかと思ふ。
幼稚な處は勿論あると思ふが、齢とった、四十何年後の僕には、當時の僕をなつかしむものも無理はないと思つて戴きたい。
この本は自分としては氣持のいゝ本につくりつく思つてゐるのだが、かう言ふ時だから、萬時思ふやうにはゆかないと思ふが、他日勝手がきく時が來たら、氣持のいゝ本にしたいと思ふが、今としては出來るだけ氣持のいゝ本になることを作家としては望んでゐるのだ。若い時の自分をなつかしみつゝ。
昭和21年3月
武者小路実篤
作家がナルシストなのは、よくある話。
だが、「若い時の自分をなつしみつゝ」とか「若さと言ふものゝ短所と長所」「幼稚な處は勿論あると思ふが…」と、若い頃のものを再版するにあたり、このくらい臆面もないのは、可愛いらしいというしかない。
実篤は、トルストイに傾倒していたそうだが、理想郷「新しき村」の建設もトルストイに影響されたからであろう。
さかのぼること10年前、徳冨蘆花もまたトルストイに感化され、晩年は半農生活に入った。蘆花の場合は、実際にトルストイとの交流もあったが、小説家としてだけでなく自然に対する思想も、文筆家にとっては、魅力のひとつなのかもしれない。
農業こそ万人にふさわしい、最大の独立性と幸福とを与える唯一の職業なのである。
武者小路実篤、志賀直哉、有島武郎、里見弴など、学習院の学生で顔見知りの十数人が、資金を出し合って創刊したという『白樺』だが、シラカバではなく、バカラシなど否定的にとらえて批判する向きもあったらしい。
白樺派の同人の多くは、学習院出身の上流階級に属する作家たちで、お坊ちゃん気質が抜けなかったからかも知れない。そんな白樺派の主軸である実篤の坊ちゃんぶりは、作品にも表れているから面白い。
どうやら私の興味は、実篤の作品から、実篤本人に移ってしまったようだ。