garadanikki

日々のことつれづれ 駄目駄目さんのガラクタ日記

浪子不動さんを奉拝する

 

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逗子海岸で甲羅干しをしているお兄ちゃんたちを横目に浪子不動へ向かいます。
そう言えば、海で泳がなくなって随分になる。

水着は着るのよ、週に一度は近くのプールに行くので。

でも日本の海水浴場で水着っていうシチュエーションは、40年くらい御無沙汰です。

海外の南の島なら、10年前くらい前まであるけれど ww

そうそう。グアムで水着で寝っ転がってたら、アメリカ人のオジサンに「どらみちゃ~んねぇ~」って言われたっけ。時 既に、どらみちゃん体形だったってことか。。。

 

歩いてきた道を振り返る、、、

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逗子海岸といえば、昔々なぎさホテルっていうリゾートホテルがありましたね。

あの建物の向こう、ファミレスの夢屋があるあたりでしたが、24年前に閉館したと聞きました。

 

この道歩いていたら、10才の時泊った記憶が甦りました。

海に面した明るい食堂で、とても美味しいフランス料理を食べたような記憶が。。。

芝生が綺麗だったような記憶も。。。何といっても40年前だから、薄っすらとしか覚えてない。

 

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鎌倉から逗子に向かうこの道路は、昔は有料道路でした。

昭和61年に無料開放されるまでの30年間、この場所に料金所がありました。

今は何? あれ。ヤサイクルと書いてある。面白い名前(笑)

 

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有料道路だった名残が、コレですかね。

この道が、徒歩では浪子不動の所までしか行けないのは、昔、車専用道路だったから。

歩道も作っておいて欲しかったな。

ここで分断しているから鎌倉と逗子間は不便です。

 

浪子不動前

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ここには、こんなものや             こんなもの

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それから、こんなもの・・・って、見えないじゃない。

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そうか、お不動さんの階段登ったとこからなら、見えるかな。

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全体像は見えたけど、字が見えんぞ。

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カメラの望遠で見たら、やっとこさっていうのは、

記念碑として(笑)ど~うなんでしょう。

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あれは、徳冨蘆花が逗子の柳屋旅館で「不如帰」を書いたことに因んで建立された碑です。

字はお兄ちゃん ( 徳富蘇峰 ) が書いたっていうから、見てみたいと思っていたんです。

蘆花は気性が激しい人で、生涯の内何度もお兄ちゃんと喧嘩 ( 蘆花が一方的に ) して、

亡くなる間際まで絶交状態だった。

そのお兄ちゃんが書いたということは、蘆花の没後なんでしょうか。

 

因みに徳富蘇峰さんも逗子とゆかりがあって、熊本のご両親をここに呼んで別荘を構えていたんだそうです。蘆花は不如帰のヒットで世田谷の広大な土地を所有したけれど、蘇峰さんも原稿料のランキングトップだったんです。

お兄ちゃんは固いものを書いてたんだけど。。。



「ああつらい! つらい! もう――もう婦人なんぞに――生まれはしませんよ。――あああ!」

いきなり何かって? ああ(笑)これ、不如帰の浪子が死ぬ前の有名なセリフ。

 

 

お不動さまから左を見れば逗子海岸。

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右は鎌倉に向かうトンネル。

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浪子不動さん

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どうやら無人のようです。

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おおっ、あっちの階段が、浪子ハイキングコースみたい、、きっと。

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立て看板発見。なになに…

浪子不動 ( 高養寺 ) と不如帰の碑
海上の安全を願って、古くから不動明王が祀られ、「白滝不動」とか、「波切不動」と呼ばれていました。「白滝」の名は、左奥の崖にある小さな滝からきています。明治の文豪徳冨蘆花のベストセラー小説『不如帰』が、ここを舞台としていたことから、悲恋のヒロイン「浪子」にちなんで、「浪子不動」と呼ばれるようになりました。

本堂は、葉山にあった慶増院の建物を昭和28年 (1953) に移したものです。高養寺の名は、葉山にゆかりのあった2人の政治家 橋是清・犬毅からとられています。

本堂の前の海中に立つ「不如帰」の碑は、昭和8年 (1933 ) に建てられました。碑の文字は蘆花の兄蘇峰の筆によるものです。この石は、江戸時代の初め、江戸城修築のために、鍋島藩が伊豆から江戸への海上輸送中に嵐に遭い、大崎沖で難破し置き去りにされたものと伝えられ、鍋島石と言われていました。
『浪子不動 立て看板』より


そうかそうか、さっき蘆花と蘇峰がこの地にゆかりがあるからって言ったけど、不如帰の舞台でもあったんだ。結核になった浪子が療養した先っていうのが、逗子だったってわけだね。

ふんふんなるほど。やっぱり蘆花が亡くなってから6年後に建てられた碑だったわけね。

 

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もうひとつの看板には…こんなことが書いてある。

逗子海岸葛ケ浜の隆起海食台
眼下の「不如帰」の碑の建つ岩礁は、縄文時代以来7000年間の波浪によって岩盤が浸食されてできた海底の岩礁が地震で隆起したもので、「隆起海食台」の地形と呼ばれます。

この岩礁は大正12年 ( 1923 ) の関東大震災の時に隆起した後、現在までゆっくり沈降しています。
干潮の時に見られる縞模様の地層を横切る何本もの直線的な水路は「断層線」で、これを陸の方へたどっていくと、断層線が浸食されて出来た谷「断層谷」が披露山につながっていることが分かります。

この浪子不動は、「滝の沢」という断層谷の麓に建っています。かつて谷を流れる小川が、不動堂の横で高さ数メートルの滝になっていました。

なお、これらの断層の中には、近年の調査によって、鎌倉時代以降に動いた断層 ( 活断層 ) であることが分かったものもあります。
『浪子不動 立て看板』より



ひょっとして、これがその滝の名残?

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そしてこれが、断層?

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これから行く、浪子不動ハイキングコースは、その断層谷を通るってことなんだ。

 

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「活断層もあります」って言うんだから、登ってる最中に地震が起きないことを祈りながら、GOです。