Garadanikki

日々のことつれづれ Marcoのがらくた日記

鎌倉 扇ヶ谷を歩く ~ vol.3 亀ヶ谷界隈

 

f:id:garadanikki:20151016004226j:plain今回の帰路は、亀ヶ谷切通方面から北鎌倉へ抜けることにします。

といってもまだ帰らない。ふたつやりたいことがあるんです。ひとつは抜け道探し。もうひとつは島木さんち探し。

地図を見ていただくと、おわかりのように、車でA地点からB地点に行くには、右に大きく迂回をして、混んでいる国道21号線を通らなきゃいけないんです。何故なら、Aのところに看板があって「この先(直進)通り抜けできません」となってるから。

「通り抜けできません」という看板で、実際は道が狭かったり、迷う人が多いという理由で、ホントは通り抜け『できる』けど『できない』と書かれてる、、、なんてケースもあるでしょう?
あの、その、、鎌倉の人を疑ってるワケじゃないです。
でも。。。どこかに抜け道はないもんか、歩いて試してみたくなったんです。

だって、オレンジ辺りに住んでる方が、車で北鎌倉に出るのに、一旦A地点まで戻らなきゃいけないなんて、そんなに不便なことないじゃないですか。地元の人しか知らないような秘密の道はないものか、うろついてみることにしました。

そして。
今熱中している小説家 島木健作さんが亡くなる直前まで住んでいらしたのが、亀ヶ谷だと知ったので、

そこも辿ってみたいと思っています。

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 まずはA地点を更に進み、横須賀線をくぐってみる。

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天高く馬肥ゆる秋

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1本目の亀ヶ谷切通に抜ける道を通り越して進んだ2本目。やっぱり突き当り。


 3本目の突き当りは、こんな感じ。山に登る石段があるけど車は×

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 浄光明寺への参道

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 泉の井

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「この井戸は、鎌倉十井の一つです。十井の中では、比較的原形がよくのこされています。こんこんと清水がわき出た往時の勢いこそありませんが、今でもきれいな水が出ています。」
『現地立看板』より

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 ここもダメか。

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どんつきまで来てしまったからUターン。


 突き当りのひとつ手前の小道を行ったら、ステキな家がありました。

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「この先、通り抜けられません」は本当だった
やっぱりこの辺の方は、車でA地点まで戻るんだわ。

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素敵な家

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 角の酒屋さんの自動販売機で、缶入り牛乳をGet!

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 岩船地蔵堂まで戻ってきました。

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亀ヶ谷辻に建つこのお堂は、古くから頼朝の娘-大姫を供養する地蔵堂と言い伝えられています。
頼朝の娘の大姫は、6歳の時から許嫁と一緒に暮らしてまして、相手は頼朝の敵にあたる木曽義仲の嫡男-清水患者義高でした。義高が頼朝の手元にあったのも、戦乱の世の習わしで彼は人質だったわけ。子供同志の結婚も目的は政略結婚。木曽義仲が頼朝と戦い敗死したから、大人たちは「息子の義高を生かしておけば、いずれ父の仇をとるため頼朝に反旗を翻すだろう」と、12歳の義高を殺してしまいます。


仲良く育って許嫁になった相手を殺された大姫は、病弱のまま後鳥羽天皇への入内の話もあったんだけど、もう政治の駆け引きに使わないでよという思いもあったのでしょうか、結局、早世してしまいます。

この谷は、傷心のうちに亡くなった大姫を哀れに思い、北条、三浦、梶原など多くの人々が、大姫を野辺送りにした場所なんだそうです。大姫を悼んで合掌。

 

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結局、北鎌倉方面への車が通れる抜け道は見つからず仕舞い。

仕方なく、そろそろ二番目の目的を果たすべく亀ヶ谷切通しに向かいます。

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島木健作が亡くなる前に住んでいた場所を知る為、かなり回り道を強いられました。

芥川龍之介や谷崎潤一郎など、同じ時代を生きた作家に比べ、彼の文学碑やゆかりの地は驚く程少ないんです。

 

仕方なく当時親交のあった小林秀雄の線からつないでいくことにしました。

水野幹雄氏「ことばのレシピ」2012年08月07日の記述に、こう書いてあります。

島木は、鎌倉の扇ケ谷の小林秀雄の家の筋向いに住んでいた。

病院(鎌倉養生園)で夜9時半頃に死んだ島木の遺体は、防空演習に使う担架に横たえられて、小林や高見順、中山義秀、久米正雄らの手で自宅まで運ばれた。川端康成が提灯(ちょうちん)を持って先導役に立った。

高見は『島木健作の死』(昭和21年1月)の末段に「月は落ちていた。暗い道には人気(ひとけ)が無く、そう遠くない森で(ふくろう)がホーホーと()いていた。長くわずらっていた島木さんの身体はごく軽くなっていたが、--重かった」と書いている。

その時、久米が「ひとつの時代の死。そんな気がする」と(つぶや)いたという。

確かに島木の死は「ひとつの時代の死」という象徴的意味を持つ「重」いものであった。

全文 備忘録

garadanikki.hatenadiary.com

 

このことから、小林秀雄さんが32歳の時に住んでいた 鎌倉扇ヶ谷403番地付近に、島木さんは住んでいらしたのではないかと思うんです。

参考資料『小林秀雄の東京・鎌倉を歩く』東京紅團より



 この辺のハズですが… という所に、いい感じの鉄扉の庭園が。

  農作物を作っていらっしゃるようです。

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⑩ 田中智学師子王文庫跡⇒温泉(鉱泉)旅館「米新亭」⇒温泉(鉱泉)旅館「香風園」⇒扇ヶ谷鎌倉コートハウス
田中智学という方は日蓮宗の偉~いお坊さんで、ここに別荘を持っていたそうです。

大正9年に宣教の資金を得るためにその別荘を売り、その別荘を利用した旅館が「香風園」です。

香風園は、香風園の付近(勝縁寺谷)は鉱泉が湧くところであって、香風園ができる以前には「米新温泉浴場」という風呂屋もあったといい、香風園もその鉱泉を利用した旅館なんだそうです。

川端康成の千羽鶴は「香風園」で書かれたいうのが有名な話で、久米正雄、里見弴、大佛次郎など数多くの鎌倉文士の履歴を見ると、色々な寄合で「香風園」が使われていたみたいです。

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トンネルの先に「香風園」があったようですが…

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今は、扇ヶ谷鎌倉コートハウスというマンションになってます

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ここから登りです。

亀ヶ谷切通しっていうのは、あまりの急坂に亀が引き返したっていう逸話から
付けられた名前だって、何かで読んだことがある。

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この道が車で通り抜けられれば便利なんだけど。。。

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やっぱり、車輛侵入禁止ですか。

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アザミ越しの頂上

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ぜいぜい はあはあ

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やっと、国道に出ました

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いきなり はんなりいなり

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流石に疲れて足がパンパンですわ。

鎌倉で買ったはんなりいなりの鯖寿司を食べて、はよ寝しましょ

レポートはまた明日書くとして…。

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Marcoさま、私のブログ「めぐり逢うことばたち」を見つけてくださり有り難うございます。古いパソコンのため最近更新がおっくうでとどこおっています。おお、田中智学が。日蓮宗というより国柱会と言った方がわかりやす?ですね。
とりあえずごあいさつまで。

 

  • Marco
  • 2015/05/19 11:57 AM

 

かぐら川さま。
こちらこそ、拙いBlogにお越しいただいた上、コメントまで頂戴し、ありがとうございました。
これからもお邪魔をさせていただきたいと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。