Garadanikki

日々のことつれづれ Marcoのがらくた日記

江戸東京たてもの園 Vol.13 子宝湯 & 鍵屋 ( 居酒屋 )

 

今回が最終回。

江戸東京たてもの園に来園したのが10月27日、もう一か月以上前の話だったんですが、

更新が亀のように遅くて、今日やっと最後の建物の紹介となりました。

いくつか端折っているんですが、それはまた次の機会とすることにして。。。

 

まず子どもたちが賑わう、子宝湯から

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小学生たち。

銭湯なんて入ったこともない子もいるんだろうなぁ。

凄い興奮して、走り回ってます。

まあ「子宝湯」だから、許そう。

 

そうそう、こういう籠だったわね。

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普段入れない男湯に潜入。

お約束、富士山と三保の松原。

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境目の塀って、こんなに低かったのねぇ。

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天井をこんなに高くする理由って、何なんでしょう。

寒くなるじゃないねぇ。

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昭和二十八年当時の料金が書いてありました。

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女湯の方には、赤ちゃんの別途と計りが。。。

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子宝湯のタイルは、お伽噺になっていたんですね。

これは「大きなつづら」のお話

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あっ、そうなの。

女湯の壁には富士山は無いのか。まあね二つあったらオカシイけど。

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富士山は男湯の借景だったんですね。

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女湯は、こんな感じのすりガラスで、 

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更衣室には硝子はなかったですが、

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男湯の方は、更衣室に庭がついていました。

写真、撮りそびれたけど(笑)

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銭湯か。こういう造りの銭湯もなかなか見られなくなりましたね。

実はワタシの友だちにお風呂屋さんの息子がいたんで、

裏を見せて貰ったことがあったんです。

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あの、真ん中のドアを開けると、大きな木の水槽のような箱がありまして、

そこに沸かし中のお湯が溜まってるんです。

 

銭湯の男の人は重労働。

燃料になる木を釜に入るように切ったり、

終わった後の掃除も大変なんですって、デッキブラシでゴシゴシこするんだけど、

腰が痛くなるくらいしんどい作業だそうです。

男の人の仕事は主に開店前のお湯わかしと閉店後の掃除、お客さんがお湯につかっている間は湯加減を見ながら、裏の木の箱に寝っ転がって休む。

冬はポカポカして、それはそれは気持ちがいいんだそうです。

 

女の人は、番台。番台はやっぱり若い男の子じゃちょっとね。

友だちは銭湯の長男だから、いずれ番台の登る日もあるのでしょうが、オジサンになってからの仕事になるんだろうと言っていました。

 

たてもの園も、こんな立派な設備があるのだから、どうせなら裏も展示すればいいのに。

なかなか見られないものねぇ。

 

 

さて。次は居酒屋さん

鍵屋は、1856年 ( 安政3 ) に酒問屋として建てられたと云い伝えられているそうです。

場所は、台東区下谷二丁目。当時の得意先には、上野寛永寺の名前もあったんですって。その後明治から大正、昭和初期まで酒の小売をやっていて、昭和初期以降お店の片隅で夕方だけ一杯飲み屋を初めたそうです。

 

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戦後、お酒のメニューはしだいに増えて、鰻の子のくりから焼きや、

煮奴、味増田楽などの肴が絶品だったんですと。

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これがお燗をつける道具ですね。 

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昭和30年代には夕方5時から夜2時まで営業。

早い時間は近所の常連、

7時頃からはサラリーマンや噂を聞きつけて初めてやってくる人、

夜更けには、寄席のはねた落語家や芸人が客となったそうな。

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カウンターから座敷が見えますでしょう?

四畳半敷きのあのスペースは、別格らしいです。 

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一見の客は入れてもらえない。

こっちのカウンターで、さんざ銭を落した後じゃぁないと。 

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入口も別。 

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こっちで飲むのは、結構気分がいいんでしょうかね。 

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お客さんには有名人も多く、ドイツ文学者高橋義孝さん、

小説家内田百聞さんも常連だったんですって。

 

ひぇ~、ありゃりゃ

高橋義孝さんっていったら、先日この方の訳でトーマスマンを読んだばかりなんです。

トーマスマンの「トニオクレーゲル」の訳を読み比べた中に、高橋さんのがあって、

一番、しっくり来た翻訳だったのが高橋さんの本でした。

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そして。

内田百閒さんは、一昨日から「花火」「山東京伝」「件」「流木」「道連れ」「短夜」「波止場」

と短編を読み始めたばかり。

 

う~ん、この偶然。何だか ( 勝手に ) ご縁を感じてしまいます。

百閒さんと高橋さんは飲み友達だったそうで、今後百閒さんのエッセーを読み進めたら、お2人の話も出てくるのではないかしら。

そんなご本を、この鍵屋のカウンターの樽椅子に座って読んでみたいなぁ。

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ん? あんまりいい趣味じゃないか (笑)

 

おまけ

二回目ライトアップの日に撮影した「鍵屋」

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やっぱり居酒屋は夜、ですよね。

 

とりあえず、今回のたてもの園のお話しは、ひとまず、おしまい。

この施設、掘っても掘っても、色々エピソードが詰まってそうなので、

また来ると思います。そしたらまた、ご紹介させてもらいたい。