今年もやってきました。
練馬です。
新春若手花形落語会を見に。。。
若手花形といっても、堂々中堅の売れっ子揃いなのに。。。
去年なんか、その「若手」というネーミングに、白酒さんがツッコミを入れてました。
演者のひとりが落語協会の会長 柳亭市馬さんまでいらしたから。
大御所もいるのに「若手花形」というネーミングはどうなんだとね。
今回、市馬師匠はいらっしゃらないものの、あとは同じメンバーです。
白酒さん、一之輔さん、喬太郎さんと、三者三様の個性のぶつかりあい。
さあどうなりますか。
開演までワクワクするこの時間が楽しい。
S席とはいえ、昨年同様2階席。
昨年は、演者までの距離がありすぎて、しっとりしたネタだとちょっと入り込めない感があったんですが、今年はどういう演目になるのやら。
今回も、口開けはわん丈さんか、、、と期待していたんですが違いました。
一之輔さんのお弟子さんで、春風亭きいちさんが「狸札」をやりました。
【狸札】
子供に捕まっていた狸を助けた男のもとに、狸が恩返しにやってきます。
朝、狸に起こされると、ご飯の支度もできています。
米なんぞなかったはずだと問うと、箪笥に古葉書があったので、それを金に変えて買ってきたと言います。
そんなら借金があるから札に化けてくれと言われて、五円札に化けることに。
相手のガマ口に四つに折って畳まれた狸は、苦しくなってガマ口を食い破って逃げてくるのですが、中に入っていた札も咥えてきたというお話。
<きいちさんの狸札>
一之輔師匠が弟子を取られたんですね。
きいちさんは口跡のいい、落ち着いた話方をする人でした。
わん丈さんは、枕に「携帯電話をお切りください。公演中に音がなりますってーと、楽屋で師匠方の機嫌が悪くなる、そうすると困るのは私、どうか私のためを思って携帯の電源をお切り戴きたい」というネタで笑わしたりするんですが、きいちさんは、すすっと噺に入っていきました。
恩返しに札の化けた狸は、男が札を逆さまにすると血がのぼるとか、畳むと苦しいとか、ああだこうだと文句をいう。
ふと見ると裏側が毛だらけだとか、ノミがいて痒いとか、札になった狸と男のやりとりが痛快です。
大きな展開も動きもない噺だけに、演者の力量が問われる演目のように思いますが。きいちさん、とても気持ちのいい話しぶりで大いに先が楽しみな噺家さんでした。
次の登場したのは桃月庵白酒師匠で、出し物は「幾代餅」。
【幾代餅】
搗き米屋の奉公人の清蔵は吉原の幾代太夫の錦絵に一目ぼれ、恋患いで仕事も手につかず寝込んでいます。様子を見に来た親方のお上さんは恋煩いと聞いて大爆笑。
ワケを聞いた親方も大爆笑するけれど、清蔵のいちずさに「一年間みっちりと働いて金を貯めたら幾代太夫に会わせてやる」と約束します。
それを聞いた清蔵は途端に元気になって、バリバリ仕事に精を出します。
一年経ち、清蔵は親方にいくら貯まったか聞きに行きます。親方は約束を思い出し、清蔵が働いて貯めた十三両と二分に、一両八分を足してやり、十五両にして遊び達者な医者の藪井竹庵先生に案内役を頼み、清蔵の身なりを整えて吉原に送り出します。
竹庵先生は奉公人ではまずいと、清蔵を野田の醤油問屋の若旦那ということにして大門をくぐります。竹庵先生は、なじみのお茶屋の女将に幾代太夫に会いたいと頼むます。幸いにも今晩は幾代は空いていて、女将に義理もあって仲を取り持ちます。
清蔵は幾代の大見世に上がり、晴れてご対面。その夜は初会とも思えないもてなしぶりで、清蔵はもう思い残すことはありません。
後朝(きぬぎぬ)の別れに、幾代は「今度は主は何時来てくんなます」と聞きます。
清蔵は自分の素性を明し、一年間一生懸命働いてきたこと、今度来れるとしても一年稼いでからになると打ち明けます。
清蔵の真に惚れた幾代は来年三月で年季が明けたら、清蔵の所へ行くから女房にして欲しいと、支度金の五十両を預けます。
夢心地で店の戻った清蔵は、幾代が嫁に来てくれると話すのですが、誰も信じてくれません。清蔵はもうどうにかなったように「三月、三月」とはしゃいでいます。
やがて年も改まり、三月も十五日、搗き米屋の前に一丁の駕籠がぴたりと止まり幾代がやってきました。
晴れて夫婦になった2人は、搗き米屋の親方に両国広小路に店を持たせてもらいます。
そこで売り出した「幾代餅」は大評判で名物となり、二人は末永く幸せに暮らしたという一席。
<白酒さんの幾代餅>
笑った、笑った、もう腹がよじれるほど笑いました。
なんといっても白酒師匠、声の変化で笑わします。
恋煩いで寝込んでいる時の女のようなか細い声から、「一年頑張ったら太夫に逢わせてやる」と言われてびしーっとオペラ歌手のような気取った声に変るのが可笑しくて。
そして。
「来年三月に年季があけたら貴方のもとに行きやんす」と幾代に言われ、頭が可笑しくなったように浮かれて「三月」「三月」とうなされてしまうんですが、その「三月」の声色を何通りにも使い分けているのも、白酒さんならではでした。
大きな体をよじって、嬉しさ全開の清蔵を好演されていて、心の底からいい気分に大笑いさせてもらえました。
仲入後、登場したのが春風亭一之輔さん。演目は「長命」でした。
【長命】
八五郎が、ご隠居のところへ飛び込んでくるなり「伊勢屋の主人が3度死んだよ」と、ちょっと意味の通らないことを言います。
ご隠居が尋ねると、伊勢屋主人のひとり娘が、婿とりをする度にその婿養子が死んでしまうのだとか、昨日死んだのが3人目の婿さんなんだというのです。
娘は、それはそれはむしゃぶりつきたくなるほどのいい女で、夫婦仲は良好。
八五郎はご隠居に、悔やみ文句を教わりに来たんです。
「毎回同じじゃ、あの野郎手ぇ抜いてると思われるだろうから、なんか変ったところをおせーてくれ」というワケです。
「それにしても、どうして3人も続けて早死にするのかね」とご隠居に尋ねると、ご隠居が言います。
「おかみさんが美人。というのが、短命の元だよ」
妻が美人だから夫が短命、というご隠居の理論を理解できない八五郎。
「だからさ、食事時だ。お膳をはさんで差し向かい。おかみさんが、ご飯なんかを旦那に渡そうとして、手と手が触れる。白魚を5本並べたような、透き通るようなおかみさんの手だ。そっと前を見る。……ふるいつきたくなるような、いい女だ。……短命だよ」
「???」
どういってもわからない八五郎に、じれるご隠居。
「察しが悪いのもいい加減にしろ。じゃな、冬だ。ふたりでこたつに入る、何かの拍子で手が触れる。白魚を5本並べたような、透き通るようなおかみさんの手だ。そっと前を見る。……ふるいつきたくなるような、いい女だ。……短命だよ」
ようやくご隠居の旨意を理解した八五郎は、自宅に戻るなり妻にこう言います。
「頼む。いっぺんでいいから、飯をつけてくれよ。ちゃんと両手を添えてさ」
不承不承、妻はご飯をよそい手渡すけれど、、、
夫婦の指と指が触れ、八五郎は妻をじっと見て、こうつぶやきます。
「ああ、俺は長命だ」
<一之輔さんの長命>
「だからさ、、、、ふるいつきたくなるような、いい女だ。・・・短命だよ」
その間が愉快。
察しろといわんばかりのご隠居に、とんでもないちゃちを入れる八五郎。
どういっても鈍い上、話の腰を折りまくる八五郎にご隠居の雷が落ちる。
そんな八五郎のバカさ加減は、他の噺家さんと一味もふた味も違うんです。
一之輔師匠がやると、ホントに分かってないのか、もしかしたら分かってて、ご隠居をからかってるのか。。。そんな風にも見えてきます。
一之輔さんの例のふてくされたような身の捩り方が、やっぱり面白可笑しい長命の一席でした。
トリは喬太郎師匠の「うどん屋」。
【うどん屋】
酔っ払いが千鳥足でうどん屋の屋台にしがみついてきます。
湯を沸かす火にあたりながら、酔っ払いが話し始めるには、今日は小さい時から面倒をみていた友人の娘-ミイ坊の婚礼の様子です。
そのやり取りは、こんな話から始まります。
「おまえさん、世間をいろいろ歩いてるってえと付き合いも広いだろう。仕立屋の太兵衛ってのを知ってるかい」
「いえ、存じません」
「太兵衛とは長い付き合いになるんだが、ミィ坊っていう一人娘がいてさ。こーんな小さい時から可愛がってきた子なんだ。そのミイ坊が嫁に行くっていうんで、祝いに呼ばれたんだよ。家に行くてぇと茶が出たが白い紙みたいなもんが浮いているから、気持ちが悪いから飲まなかったんだ。そしたら桜湯っていうもんらしいんだ。
襖が開くとミィ坊とお袋が立っていた。ミィ坊は俺の前に正座して『おじさん、さてこの度は、いろいろお世話になりました』なんて挨拶するんだよ。小さいころから知っていて、おんぶしてお守りしてやって、青っぱなを垂らしてピイピイ泣いていたのが、立派な挨拶が出来るようになった。あぁ、目出てぇなぁ、うどん屋」
「さいでござんすな」。
ぶっきらぼうな受け答えが気に入らないからと、クダをまいて、炭を足させる酔っ払い。
すると、またまた「おまえさん、世間をいろいろ歩いてるってえと付き合いも広いだろう。仕立屋の太兵衛ってのを知ってるかい」とさっきと同じ話をし出すではないですか。うどん屋の方、先程聞いた話なので相づちも早い、話を端折って「白い紙みたいなもんが浮いてる」というはしから「桜湯ですな」と先回りしたりするものだから、酔っ払いの機嫌も悪くなる。
その酔っ払い、「水をくれ」だの「火にあたらせろ」だのさんざ絡んだあげく「おれはうどんは嫌ぇだ」と何も頼まずに帰ってしまいます。
とんだ口開けで商売あがったりのうどん屋が、気を取り直して呼び声を上げますと、今度は女に呼び止められ 「今、子供が寝たばかりだから静かにしとくれょ」と言われます。
どうも今日はさんざんだと表通りに出ると、大店の木戸が開いて「うどんやさん」とかすれた細い声で呼ばれます。
奥にないしょで奉公人がうどんの一杯も食べて暖まろうと、いうことかとうれしくなり、押さえた小声で「へい、おいくつで」「一つ」。ことによるとこれは斥候で、美味ければ交代で食べに来るかもしれない、「どうぞ」と出来上がったドンブリを出します。
美味そうに熱いうどんをたぐりながら食べます。
客は勘定を置いて、しわがれ声で、「うどん屋さん」、小声で「へ~ぃ」、 「お前さんも風邪をひいたのかい」。
<喬太郎さんのうどん屋>
驚きました。喬太郎さんといえば新作落語しか見たことがなかったので、こういったしんみりと聞かせ、うどんを美味しそうにたぐる姿を見せてもらえるとは、思ってもいませんでした。
今回のような落語会は、前の噺家が何をやったか、そして高座にあがって客の反応を見て枕をすすめながら演目を決めるということもあると聞きました。
最初がどっかんどっかんの大爆笑、白酒師匠の「幾代餅」、続いて一之輔さんがちょっとひねた魅力で「長命」を披露すれば、これは本腰を入れてじっくり聞かせた方がいい。喬太郎師匠はそんな風に思われたのではないでしょうか。
去年の新作落語「ぺス!!! このバカ犬が」というセリフでも大爆笑しましたが、今回の喬太郎さんは、正統派の演目でじわっとした笑いをとりました。
同じオカシイのでも、笑いには何通りもの “ 笑い ” があるものだと解らせてもらった落語会でした。
枕でバトンリレー
演目以外にも、面白かったのが枕のバトンリレー。
最初の師匠の枕のテーマを、次の師匠がつないだことでした。
まず。
白酒師匠が、自分の着物が高座の敷物・座蒲団と同色だったことをネタにしたのですが。
仲入りの幕が上ると、座蒲団の色が変わっている。これには会場から笑いがおきる。
一之輔師匠も、それを受けて座蒲団の話をした上で、新年の挨拶に春風亭一朝師匠の家に行った時の一朝師匠と息子のお年玉のエピソードを披露。 ( 一之輔さんはわんぱくな子供の話が十八番 ) 次の話は、蕎麦屋の話になり、富士そばは蕎麦アレルギーの人でも食べられるといった話になったのですが。。。。
すると。
喬太郎師匠の枕がそれに乗っかります。
富士そばつながりで、池袋の有名どころの立ち食いソバ屋のメニューの話を延々と続けて笑かします。
なるほど。
噺家さんというのは、こういう連係プレーで笑かすということもやるんですね。
いやあもう、愉快でした。
チケット料金、3,600円で、新春からこんなに楽しい思いをさせてもらえるなんて、
いや~落語って凄いものです。