garadanikki

日々のことつれづれ 駄目駄目さんのガラクタ日記

芥川龍之介 『羅生門』

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小さい頃、読んだ印象とは別ものに感じました。
当時は、暗く、恐ろしく、読み終えた本をパタンと閉じてしまった記憶があります。
しかしこうして今、読み直してみると、深く心に沁み込んできます。
以下に、作品のあらすじをまとめました。もちろんご存知でしょうが…。

物語は、雨にふりこめられた下人が、行き所なく、羅生門で途方にくれている場面から始まります。

【ダイジェスト】

四五日前に暇を出された下人は、喰うに困る状況、どうにもならない事を、どうにかする為には、手段を選んでいとまはない。選んでいれば、築土の下か、道ばたの土の上で、飢え死にをするばかりである。
下人は一晩あかす場所はないかと辺りを見回す。すると幸門の上の樓へ上がる梯子が眼についた。
上なら、人がいるにしても、どうせ死人ばかりである。

この二三年、京都には、地震とか辻風とか火事とか飢饉とかいう災いがつづいて起こり洛中のさびれ方は一通りではない。羅生門の修理などは、元より誰も捨てて顧みる者がなかった。するとその荒れ果てたのをよい事にして、狐狸が棲む。盗人が棲む。とうとうしまいには、引取り手のない死体を、この門へ持って来て、棄てて行くという習慣さえ出来た。

下人は、急な梯子を、一番上の段まで這うようにして上りつめた。見ると、樓の内には、幾つかの死骸が、無造作に棄ててある。下人の眼は、その時、はじめて、其死骸の中に蹲っている人間を見た。猿のような老婆である。その老婆は、女の死骸から長い髪の毛を抜きはじめた。

下人の悪を憎む心は、勢いよく燃え上がった。下人は、老婆の腕をつかんで、ねじ倒した。「何をしているのだ」老婆は、烏のような声でとぎれとぎれに言った。「この髪を抜いてな、鬘にしようと思ったのじゃ」

下人は、老婆の答えが存外、平凡なのに失望した。
「成程な、死人の髪の毛を抜くという事は、何ぼう悪いことかも知れぬ。じゃが、ここにいる死人どもは皆、その位のことをされてもいい人間ばかりだぞよ。現に、わしが今、髪を抜いていた女などは、蛇の四寸ばかりづつに切って干したのを、干魚だというて、太刀帯の陣へ売りに住んだわ。わしは、この女のした事が悪いとは思うていぬ。せねば、飢死にをするのじゃて、仕方なくした事であろ。されば、今又、わしのしていた事も悪いこととは思わぬぞよ。これとてもやはりせねば、飢死をするのじゃて。」老婆は、大体こんな意味の事をいった。

下人は、太刀を鞘におさめて、冷然として、この話を聞いた。
「では、己が引剥ぎをしようと恨むまいな。己もそうしなければ、餓死する体なのだ。」
下人は、すばやく、老婆の着物を剥ぎとった。下人は、剥ぎとった着物をわきにかかえて、またたく間に梯子を夜の底にかけ下りた。

下人の行方は、誰も知らない。

【多用な比喩】

本作には、下人や老婆を描くのに、多種多様な ≪ 獣 ≫ を比喩として使っています。

一人の男が、のように身をちぢめて、息を殺しながら、上の容子を窺っていた。
下人は、守宮(やもり)のように足音をぬすんで、一番上の段まで這うようにして上りつめた。
檜皮色の着物を着た、背の低い、痩せた、白髪頭の、のような老婆である。
丁度、のような、骨と皮ばかりの腕である。
眶(まぶち)の赤くなった、肉食鳥のような、鋭い眼で見たのである。
その時、その咽から、(からす)の啼くような聲が、喘ぎ喘ぎ、下人の耳へ伝わって来た。
のつぶやくような聲で、口ごもりながら、こんな事を言った。

このような比喩は、下人や老婆の肉体や心理的状況が、人間以下の醜いものであることを現しているのでしょうが、あまりにも多用し過ぎている点に「何か別の意図があるのではないか」という疑いも生じてきました。
一方、《羅生門の丸柱にとまっている一匹のキリギリス》《下人のにきび》などの引用は、隠喩として効果的なので、作者は、比喩と暗喩の対比を楽しんでいたのかと感じました。

【丁寧な心理描写】

『羅生門』を読んで、小説と戯曲(演劇)との、ある違いに気がつきました。
戯曲は、台詞しか書かれていない場合が多く、心理描写や行動は、大抵省かれています。気持ちや動きは、台詞をたよりに、役者や演出家が補って表現します。
ところが小説は、設定も、登場人物の行動や言動、心理描写も含めてすべて、作家によって作られます。

特にこの『羅生門』という小説は、
下人の心理描写が、ことさら細かく動作に連動して書き込まれている点が、特徴的だと思います。
例えば、老婆が死骸をあさっている現場を初めて見た時には、

「六分の恐怖と四部の好奇心に動かされて、呼吸(いき)をするのさえ忘れていた。」


その老婆が、死骸の髪の毛を抜いているのを見て、

「恐怖が少しずつ消えていった。そうして、それと同時に、この老婆に対するはげしい憎悪が、少しずつ動いて来た。」


取り押さえた老婆の生死が、自分の意志に支配されていると意識した時には、

「今まではげしく燃えていた憎悪の心が冷めてしまった。後に残ったのは、唯、或仕事をして、それが円満に成就した時の、安らかな得意と満足とがあるばかりである。」


死体の髪の毛を何のために抜くかの、老婆の返答に対して、

「平凡なのに失望すると同時に、又前の憎悪が、冷ややかな侮蔑と一緒に、心の中にはいって来た」


「死体の女も、生前は食うために悪いこともしてきたし、自分もこうしなければ、餓死する身だ」という老婆の言葉をきっかけに、

門前で抱いていた「餓死するか盗人になるか」という迷いに対しての覚悟が決まった

と、連動しています。

このような独特な表現方法のお陰で、読者は下人と一体化して、物語の世界観に入り込むことが出来るのではないでしょうか。

 

※ これは、 旧GARADANIKKI (JUGEM) にアップした2012年09月07日 11:07付のコンテンツです。
  hatenaへの引越しに伴い一日だけ先頭にアップし、後日 作成日へ以降する予定です。