せどり男爵数奇譚を読了。
ミーハーながら、三上延さん小説『ビブリア古書堂の事件手帖』でこの本を知りました。
ビブリアのドラマでも《せどり男爵》《笠井菊哉》が、謎を解くキーワードになっていました。
【読後感】
古書マニアの心理をうまくつかんだエピソードに感心しました。
しかし、その心理や欲求は古書マニアに限ったものではなく、
人間が物に対して持つ深層心理にも、相通ずるものだと思いました。
例えばこんなこと
・他人が持っていないものを所有する優越感
・セットの中の一つが欠けていると、欠けたパーツを入手し、揃えたくなる心理
・相手が入手しようとする価格に、競り合いたくなる心理
本に限らず、ヤフオクなどで商品を入手する際にも起こる衝動ではないでしょうか。
《凄く欲しい》というほどではなかったものが、誰かと競り合っている内に火がついてしまうとか。
限定品や、稀品といわれるだけで固執してしまったとか。
A型の私は、セットにしたくなる衝動によくかられます。
1巻から10巻までの、7巻だけ欠けているというと、何としてもその7巻を手に入れて揃えたくなる。
冷静に考えれば、その7巻がどうしても欲しかったわけではいうのに。
そんな心理の究極が、古書マニアに多いというのが本紙を読んでよくわかりました。
ゾッとするくらい凄いです。あるあるを通り越して狂気もはらんでいる。
古書のためなら犯罪すら厭わないなんていう話もザラみたいです。
【せどりとは】
せどり ( 背取・競取 ) とは、古書業界の用語で、
安く買った珍品の本を転売することを生業とする人やその行為のことです。
私は《書棚から背表紙を見て抜き取る》ということかとイメージしてましたが、
競り合うの《競》で競取という意味合いが正しいようです。
※ 「せどり男爵」こと笠井菊哉が扱う書物は主に古い和本は、背表紙がないので。
主人公の文士が、昔バーテンをしていた時の客であった人物と再会します。
客の名は笠井菊哉。
笠井は、必ず「セドリー・カクテル」なるものを注文して飲んでいた客でした。
文士と意気投合した笠井は、文士を自宅に招き、古書にまつわる昔語りをはじめます。
笠井菊哉は、中学生の時に和本に興味を持ちました。(第一話)
笠井の父は、戦前の成金で爵位を貰ったので、
「せどり男爵」という異名をもつ菊哉は本物の男爵でした。
彼は、子どもの頃から本好きで、父の虚栄から学習院に通わされていました。
十歳の頃から矢来町や早稲田鶴巻町の古本屋へ入り浸り、
父から「古本なんか買うな! どうせ買うなら、高くても新刊にしろ。
もし、肺病のやつが買っていた本だったら、バイキンが
しかし菊哉の興味は古本にありました。
古い世界美術全集の頁の間に、細い長い髪の毛がはさまっていたり、口紅をつけた指で
頁を繰った痕跡が、歴然と残っているのを発見して、興奮しました。
⤴ ちょっとこれはキモイ (;'∀')
そんな菊哉は、実家の財力をもとに稀本を買いあさり、
横浜の古書店を買って、古本を扱う〔古物商許可証〕を手にいれます。
最初は「降り市」や「入札市」で本を入手していた菊哉は、
やがて地方にまで出向き、本を仕入れるようになります。
本を入手するにも色々な技が必要
地方の旧家で本を漁るには、いろいろな技が必要です。
まず地元の居酒屋で村人と仲良くなる。
村人から旧家の情報 ( その家に古い本があるかどうか ) を聞き出し、案内を請い、当主に近づく。
田舎の当主をその気にさせるにも色々な手がある。
「失礼ながらそんなに価値のある本ではありません」とかなんとかいって相手をシュンとさせたり、
怒らせたりして、落とす。
頑固者には、何度も足を運んで説得することもある。
そんな風にして集めた古本を寝かしておき、欠品を買い足してセットにすれば、
買った値段の何十倍もの儲けになる。
新刊の本屋は、リスクはないが大きい儲けはない。
古書店は自分の采配や運で古本が大化けする。
本は、他のお宝と違って保管が難しい
何十年もかかって集めた本でも、火災に見舞われたら一瞬で灰と化します。
湿気にも弱いし、乾燥も敵。
本の管理や本屋の立地条件にも工夫があります。
〔古本屋は北向き〕というのは周知のとおりでしょうが、日光が書物の大敵だからという理由の他にもうひとつ、北向きだと ( 寒くて ) 不用な客は長居しないということもあるそうな。
未亡人が、亡くなった夫の蔵書をもとに古本屋を始めるという話があると、
古書店の店主は見逃しません。( 第二話 )
素人か店を開く時犯しがちなのは、最初から蔵書全部が入る広さの店を作ってしまうこと。
開店と同時に現れたせどり屋たちに買い漁られ、補充の出来ない書棚はスカスカになってしまいます。
せどり屋は、未亡人の相談に乗るといって、値付けをしてやることもあるそうです。
その場合、自分の欲しい本、売れ足の速い本には安い値をつけ、売れそうもない本は、正確な値をつける。
そして開店の日「 ご祝儀代わりに」と、欲しい本を、ごっそり買ってやる。
相手は素人、感謝して申し訳ないと思うが、これがもっとも悪質なせどり屋のやりくちだそうです。
せどり男爵は、古書仲間と韓国に行きます。( 第三話 )
韓国で和本を探すのが目的でした。
しかし李大統領の時代に、かつての日本の書籍は焼かれてしまい、思うような買い物が出来ません。
それでも空手で帰らないのが笠井菊哉で、コインの売買をキッカケに、損して得とれの精神で親日家の大富豪と親しくなります。その大富豪から大量の和本を贈呈されます。
船便で届いた五箱の木箱には、江戸時代の黄表紙や、明治・大正の初版本がぎっしり入っていました。
本書には、古書仲間との駆け引きの話も沢山出てきました。
せどり屋 同士の駆け引きも面白かったです。
明治時代に刊行された『法規分類大全』という本の欠本が欲しくて、振り市に出かけると、たまたまその欠本がセリにかかっていた。
セリが始まると、八木書店の松木ジュニアと競り合いになる。
「二十万」「三十五万」「五十万」とせり上がり、とうとう松木ジュニアに七十万で落札されてしまう。
あとで笠井が松木に、
「あの本の価格は、せいぜい三十万位だよ ⵈⵈ 」とたしなめると、松木はニヤリとして、
「おや、うちが、お宅から一括払いしてあったのを、ご存知ないんですか?」とやられる。
慌てて店に電話をすると、女店員が勝手に倉庫から出してきて棚に出したという。
そこに松木ジュニアがふらりと現れ「これ買います」
値段は符牒で書いてあったが、そんなことは先方は先刻お見通し。
「八」の符牒、本当は八十万のところ、女店員は勘違いし八万で売ってしまった。
欠本が一冊だけ手に入れば、百万になると見越していた笠井は地団太踏んで悔しがる。
後日、松木ジュニアが訪ねてきて、
「あの法規分類大全 ⵈⵈ J大学に、三百万で納めました。これ、お礼です」
と、百万円の小切手を置いた。
三百万とは、よくふっかけたものだが、謝礼として百万円を届けて来た松木ジュニアも天晴である。
彼は、女店員が、値を間違えたことを、知っていたのであった。
狂った愛書家たち
愛書家には、狂人じみた行動をとる者も多いようです。
本の希少価値を高めるために本を破壊するビブリオクラスト ( 書物破壊症 ) や、
珍本を盗むビブリオクレプト ( 盗書狂 ) 。
ユダヤ上人の夫人の執念がすさまじかったです。( 第四話 )
横須賀基地に進駐している軍人の夫人と知り合いになり、
笠井は古書マニアの夫人を信州の実家の蔵にある蔵書を見せることになった。
夫人は、約二千五百冊の本を全部、見終えてから「いくらなら、全部、売る?」と唐突に聞いた。
「五十万ドル」笠井も、即座に応じた。
いささかハッタリをかましたが夫人は買う気満々である。
近くの旅館へ案内し商談に入ろうということになった時、
夫人は、反対側の壁にカーテンがかけられているのを発見し「あれは?」と聞いた。
「あれは、私の蔵書です。売る気はないのでカーテンで遮断してある」というと、
「ぜひ、見せて」と哀願される。
「断っておきますが、見るだけにして下さいよ」と念押しするが、
入念に要所を見ている内に「手にとってみたい」と言い出す。
<案の定だ ⵈⵈ >
鍵をあけてやると、夫人は白の絹手袋をハンドバッグから取り出してはめ、
ためらわずに、そのうちの一冊を、すーッと抜き取った。
そして、次第にブルブルと手を震わせはじめ、しゃがみ込んでしまった。
彼女が手にしたのは、シェークスピアの初版本『フォリオ』である。
「これ売って」「売れません」の応酬がつづく。
「三千ドル!」「五千ドルまで、出すわ」という夫人を断り、帰ってもらう。
夫人と別れ、就寝していると電話がかかってきた。
「なんだい、いまごろ?」
「あのう…お連れのアメリカの方が、お怪我をされました」
「いつだい? どこで?」
「戸山病院で手術を受けています」
話を聞くと、笠井と別れた後、夫人は、もう一度あの本の顔を拝まないと、
どうにも寝られないと哀願され、通訳が、笠井を起こしてくるというと
「あの人はいい、彼の伯父さんという人に言って、土蔵をあけて貰いさえすれば、
あの本は拝めるんだから」
母屋に行き門をたたいても叔父が起きてくる気配はない。
「中に入って、起こしてくる」といい、いきなり土壁に飛びつき、
あっという間に土蔵の壕にドブン!
壕には誰が捨てたか一升瓶の破片が散乱していて、夫人はその上に尻もちをついた。
金を積んでも、入手できないとなると、残る手段はひとつ。
それは── 盗むことである。
夫人は錠前さえ開けば、あとはガラスを打ち壊せばよいと考えたらしい。
ところが。
夫人は弁護士をたてて、笠井を告訴すると言い出した。
「ヤッスーン夫人は、笠井菊哉の甘言に乗り、信州の彼の所有にかかわる家を訪れた。
笠井は、法外な値段を吹っかけて、二千五百冊の書門を売りつけようとした。
しかるに、夫人が欲しいのは、たった一冊の書物であったが、笠井は拒絶した。
会談は物別れになったが、夫人は夜半、その書物の真贋を確かめた上で、
翌朝、改めて交渉せんと決意し、笠井家を訪問せしが、故意に開扉しない。
夫人は、止むなく、一大決心をもって、通訳の立ち合いの許に、土塀を乗り越え、
笠井家の人を起こし、閲覧の許しを乞わんとしたのである。
土塀の外には、水深三十センチに満たぬ水壕があり、この水壕までは笠井家の敷地内である。
夫人は、瓦に手をかけて、よじ登らんとした時、瓦が剥がれ、
ために水壕の中に転落せざるを得なかった。
そして豪には、ガラスの破片が故意に撒かれていたがため、
夫人は大腿部三箇所、臀部一か所に、全治三か月の大けがを負ったのである。 ⵈⵈ ⵈⵈ 」
果てしなく続く告訴状の文面。
夫人は笠井菊哉に病院の治療費全額負担、並びに肉体的、
かつ精神的な損害賠償金として、五十万ドルを請求してきたのである。
「あきれた!」
どこをどう押せば、こんな勝手な、虫のいい音が出るのだろうか。
すったもんだした挙句、夫人はMPを使ったり、連合国の権威を振り回したりのやりたい放題で、
示談の条件《二千五百冊をそっくり買おう。その代わり『フォリオ』をつけて欲しい》という話に落ち着き、『フォリオ』は夫人の手に渡ったのでした。
第五話と、第六話は、狂った話を通り越したエロとグロの顛末で驚きました。
自分が所有する本を貴重本にするために、同じ本を持っている人を次々と殺していくという究極のビブリオクラスト ( 書物破壊症 ) の話 ( 第五話 ) と、
装丁の腕を極めつくした結果、生きた処女の背中の皮を剥いで『姦淫聖書』の装丁を仕上げたというエログロの装丁家の話です。
人間、極めるとそんなことまでしちゃうのというオドロオドロシイ後半には、ちょっとどころではなく、大いに引いてしまいました。
何時書かれた話なのか
本の中の作家 ( 私 ) は、自分たちのことを《文士》といいます。
文士だなんて、今の作家には使われなった呼び方、せいぜい昭和初期の人たちでしょう。
私が文壇・文士といわれイメージするのは、室生犀星、久米正雄、萩原朔太郎、芥川龍之介あたりの年代ですが、本書は昭和47年に活躍した頃の作家たちを言うようです。
安部公房とか吉行淳之介とか、そのあたりの人たちでしょう。
昭和32年ごろ、文学青年だった私が、新宿の『ノンノ』と云う小さな酒場で、アルバイトのバーテンとして働いていた時。
あれから十七年 ⵈⵈ 。遂に、セドリー・カクテルの名も、バーの世界に浸透したのだな!
梶山季之著『せどり男爵数奇譚』p.10より
作品のタイトルが面白い
作品は6つの話から出来ていて、全てのタイトルに麻雀の役が入っています。
なんかこれ、浅田次郎先生がつけそうなネーミング。
このテーマで、浅田次郎さんが書いても面白そうな小説になりそうな気がしました。
第一話 色模様
第二話 半狂乱
第三話 春朧夜
第四話 桜満開
第五話 五月晴
第六話 水無月