『ねじまき片想い』を読了。
「本屋さんのダイアナ」「王妃の帰還」につぎ、私にとって三冊目の柚木作品です。
これが、本書のキャッチです⤵
毎朝スカイツリーを見上げながら、水上バスで通勤する富田宝子、28歳。
浅草にあるおもちゃ会社の敏腕プランナーとして働く彼女は、
次から次へと災難に見舞われる片想いの西島のため、
SP気分で密に彼のトラブルを解決していく ⵈⵈ 。
収録されているのは、以下5章
スカイツリーを君と
三社祭でまちあわせ
花やしきでもう一度
花火大会で恋泥棒
あなたもカーニバル
4章までが、ミステリーズに掲載されたもので、最後の章が本書の為の書下ろし。
創元推理文庫の東京創元社が贈るミステリ専門誌『ミステリーズ!』|東京創元社
浅草のおもちゃメーカーが舞台なので、タイトルも場所に因んでます。
主人公の名前も、おもちゃメーカーを思わせるネーミングで笑えます。
この小説は、一応ミステリーなのかな?
宝子が愛しい片想いの彼のために、彼にふりかかる災難をバンバン解決していくというもの。
社内の宝子は、誰もが認める敏腕プランナーなんですが、私生活の宝子は情けない。
西島に想いを打ち明けることも出来ずに悶々と日々を過ごしています。
デザイナーの西島は、傍からは《さえない男》に見えるらしく、
宝子の職場の人たちは「あの宝子さんが、どうしてあんな男に?」と噂しています。
しかし一方では誰もが「宝子さんの仕事の原動力は西島にある」と認め、ひそかに応援されてます。
《ひそかに》というのは、宝子自身が西島への恋心を誰にもバレていないと思っているから。
西島は、勤めていたデザイン会社が倒産して今はフリーデザイナーとして生計を立てています。
専らの受注先は宝子さん。
デザイナーとしての腕はいいものの、事務的・社会的に難ありの彼は、いつも貧乏くじを引いています。
そんな彼に母性を感じるのか、宝子さんはSP気分で彼のトラブルを解決していきます。
彼がひとこと、自分の部屋から見えたスカイツリーが見えなくなっちゃった。
とこぼしただけで、宝子さんはその元凶の、隣のビルの屋上の貯水タンクの撤去に奔走してしまう。
そうやって、彼の災難、、、というかちょっとした悩みや、彼も知らないような災いを
彼には内緒で取り除いていっちゃうのです。
宝子さんが解決した案件が事件性を帯びているのを知るのは、警察のみ。
宝子さんにとっては、事件を解決するつもりはさらさらなかった。
しかし、警察からみると「事件を解決していく妙な女がいる」ということになるわけ。
物語の中盤に、目黒という刑事が関わってくるんですが、その辺りからがいい。
この目黒刑事、西島なんかより断然、魅力的な男です!
宝子と目黒が偶然、出会う場面にこんなセリフがあります。
そのセリフの前に、まずそのいきさつをお話しすると、こんなです。⤵
主人公の宝子は、仕事のことを考え梅屋敷でボーッとしている。
目の前に迷子の女の子。
子供好きの宝子は、画用紙に漫画の吹き出しを描くとカッターで切り取り、風船にテープで貼り付け、するすると紐をゆるめていく。
青空に、赤い風船が浮かんだ。
吹き出しのついた風船は、下からでも大きな字がはっきりと読み取れた。
まゆみはここだよ
「きっとママ、これに気づいて、すぐに迎えに来てくれるわよ」
そう言って、バスケットから自社商品のチョコを取り出した。
「全部食べてもいいよ」
思わず肩を抱きしめようとしたその時だった。
「それはやめた方がいい」
背後で低い声がした。がっしりした身体つきの眼鏡の男が無表情にこちらを見下ろしている。
スーツ姿で一人のところを見ると、外回り中の営業マンか何かだろうか。
「身体に触るのも、食べ物を与えるのも、やめた方がいい。他人の子供だ」
こちらの身体を切りつけるような鋭い眼差しに、咄嗟に言葉がでてこない。
「万が一、彼女に何か起きた場合、すべたあなたの責任になりますよ。小さな子供の一秒先は誰にもわからない。例えば彼女の身体にあざが見つかったり、お腹を壊した場合、後からあなたに非があると言われることがある。訴訟が起きたら負ける。今はそういう時代です」
いかにも警察官らしい考え方といえば、それまでですが、彼の本意はそこではなかったのです。
宝子にそう助言した男 ( 目黒 ) はいかめしい顔なのに、どこか人なつっこそうな顔でした。
初めて会ったその男に、宝子は自分の恋の悩みを打ち明けてしまいます。
「ある人に誰よりも幸せになって欲しいと思っているんですけど、それは私のエゴなんです」
男は笑うでも茶化すでもなく、神妙な顔で聞き入っている。
「心のどこかで見返りを求めていて、ただの自己満足のおせっかい女なんです。そのせいでその彼を窮地に立たせてしまって ⵈⵈ 」
しばらくして、男は不器用そうにゆっくりと言葉を選んで話し出した。
「おせっかいはすべての原動力ですよ。さっき迷子を抱きしめようとしたあなたは、素敵でした。女性のそうした優しさがもっと遺憾なく発揮できる世の中になればいいんですが」
くーーーっ、いい男じゃないか。
初めて会った女性の良い面をそんな風に言ってくれる。
宝子さんも、西島なんかより、こういう男に惚れればよいのに。
と。
そんなことを書いていた日にゃ、ネタバレを通り越して最後までお話ししてしまいそうなんで、
この辺にしますが、
この小説には、脇役のキャラクターがとても素敵に描かれているところが沢山あります。
しかし主人公とその相手の心のつじつまが合わないような気がすることもありました。
第4章までは大変面白く読めたんですが、完結部分にあたる第5章の書下ろしに、
《手古摺った感》を覚えてしまいました。
それまでとは全く違った、読みにくさがあったからです。
宝子や西島の気持ちの落としどころに苦労されたような気がして、ちょっと残念に思いました。
これは勝手な、あくまでも、ほんとうに個人的な気持ちですが
個人的な印象かつ希望を申せば、この段階で一冊の単行本としてまとめあげるよりも、
第4章までの短編ミステリーみたいなものを、もっともっと読みたかった。
刑事の目黒さんのことも、社内の同僚 榎田君やミカや響子や、親友の玲奈や、浅草紅団シニアの弓子さんも、もっともっと膨らむキャラクターだと思うからです。
『ねじまき片想い』は、この本でとりあえず完結でしょうが、
スピンオフみたいな形で、宝子さんの周りの人たちのドラマを書いて貰えたらと願います。
そして、その次はテレビのドラマ化です。
浅草に、スカイツリーに、おもちゃに、恋に、ミステリーときたら、売れる材料てんこもり!
主演-宝子は黒木華。西島は西島秀俊でいいかな ←適当でごめんなさっ
目黒は田中圭。響子さんは吉田羊。
どうさね、これ、いけませんかね? 出来ちゃうんじゃないですかね!
【おまけ】
榎田君のエピソードか、素敵でした。
榎田君に、先輩の響子がいうセリフがいい。
「榎田君の出す企画、私は好き。あなたの考えるおもちゃは、確かに爆発的ヒットはいないかもしれない。でも、遊んでいる子が大人になった時、思い出を語りながら、自分の子供に受け継がせることが出来るおもちゃよ。親から子供へ伝えられるってこんなに幸せなことはないわ。あなたのおもちゃには幸せな家庭が見える。自信を持って欲しいな。」
こんなエピソードをもっともっと読んでみたい。。。。