「女たちのテロル」を半分ほど読んだところで、
迷子になりました。
イングランドやアイルランドの関係性に無知だったからです。
「女たちのテロル」は、英国在住の作家・ブレイディみかこさんが、100年前に生き 闘った三人に女の生涯を紡いだエッセイです。
彼女たちの名は、金子文子、エミリー・ディヴィソン、マーガレット・スキニダー。
本書を読もうと思ったキッカケは金子文子でした。
映画「金子文子と朴烈」で文子という人物を知り、瀬戸内晴美著「余白の春」を読了して彼女のことをもっと多方面から知りたくなったからです。
《ブレイディみかこ》という 個性的な作家のフィルターを通すと、文子はどのように見えるのか。。。
図書館に予約を入れました。←買えばいいのに。。。
予約登録から5か月後、26人の手に渡りやっと順番が回ってきたのが昨日のことでした。
文子のことはある程度認知していたのでスラスラ読めました。
しかし、問題は残る二人。
エミリーもマーガレットも文子同様に、生き生き魅力的に描かれているのに、
それが十分に満喫できないのは、私が知らな過ぎたからでした。
つけやきばでもいい、一旦立ち止まり調べてみよう
彼女たちを取り巻く社会背景のこと、イギリスの歴史 ( イングランドとアイルランドの歴史や関係性、サフラジェットのこと、イースター蜂起のこと等々 ) を勉強しようと思いました。
何も知らずに本書を読了したら、勿体ないと思ったからです。
サフラジェットとは、イギリスの女性参政権活動家のことでした。
本書で取り上げられたエミリー・ディヴィソンはサフラジェットの中でも、とりわけ過激派ミリタントとして知られ、仲間からマッド・エミリー ( ※ mad 【形】 気が狂って、怒って、頭にきて、発狂してという意 ) と呼ばれていました。
とにかく彼女たち-サフラジェットのやることは過激です。
放火する、窓を割る、爆弾をしかける、戦闘的な手法はどんどんエスカレートしていきます。
サフラジェットはムショとシャバをいったり来たりします。
収監されると、政府を脅かすためにハンガー・ストライキを実施。
困った政府はハンガー・ストライキする者を無理やり押さえつけ、チューブで「強制摂食」させます。
人権もなにもあったものじゃない。凄まじい話です。
エミリー・ディヴィソンの死もセンセーショナルでした。
彼女は、エプソム競馬場で国王の馬の前に身を投げ出して数日後亡くなっています。
※ 当時の映像は今も残っていて、現在YouTubeで見ることが出来ます。
一方、マーガレット・スキニダーという女性もぶっ飛んでいる。
著者はマーガレットを「リケジョの凄腕スナイパー」と称していますが、
マーガレットを知るには、イギリスの歴史を更にさかのぼらなければいけません。
本書に、オリヴァ=クロムウェル ( 1599~1658 ) の名が出てきたら、
イギリスのピューリタン革命に話が飛び、クロムウェルがチャールズ一世を処刑したと知れば、更に昔にさかのぼる。
「チャールズ一世って誰の子だっけ」
どんどん系譜がさかのぼる。←チャールズだのジェームズだのヘンリーだの多すぎ!
結局、ヘンリー8世からエリザベス1世、ずっと気がかりになっているメアリー・スチュアートの関係性までさかのぼり、アイルランドとイングランドとスコットランドのぐちゃぐちゃした関係がぼんやりだけど見えてきた。
長い道草の末やっと軌道修正して本書に戻ったら、今度はジェームズ・コノリーにぶち当たる。
ジェームズ・コノリーは、アイルランド市民軍の指導者で、イースター蜂起の主導者の一人。
マーガレットは、コノリーやマダムと呼ばれたこれまたカッコいい女性指導者に惹かれてイースター蜂起のメンバーになります。
教師のマーガレットは、図面もひけて、ダイナマイトの有効な使い方も熟知。
銃を持たせれば右に出るものはいないぐらいの腕前でした。
本書には、イースター蜂起にむかう人々の働きが生き生きと描かれています。
目の前で実際に見るように。
テロル、読んで良かった!
金子文子がキッカケで読み始めた本ですが、二人のイギリス女性の生きざまに出会えて
とても読み応えのある本でした。
本書には色々な工夫があります。
花の挿絵としりとり
本書には見出しがないんですが、どの章がだれの話かわかるように花の挿絵でわかる仕組みです。
文子がつつじ、マーガレットはそのままマーガレット、エミリーはサフラン。
そして。
ひとつの章から次の章は、印象的な言葉でつながっています。
しりとりと花の挿絵の効果によって、三人の物語が交差をしても混乱なく読み進めることが出来ました。
私はこの本で文子やエミリーより、マーガレットの章に感情移入できました。
理由は救いがあったから。
文子には共に歩いてくれた女性が見当たらないじゃないですか。
母親も、友人の初代も、文子の足をひっぱるばかりだった。
エミリーも しかりでした。
サフラジェットのリーダー-エメリン・バンクハーストは、エミリーの過激さから距離を置こうとします。
エミリーは死ぬ直前、独りで奮闘しなければならなかった。
2人と違って、マーガレットは同志に恵まれました。
彼女の先輩、マダムと呼ばれていた伯爵夫人は最後まで彼女を支え導いてくれました。
志なかばで人生を終えざるを得なかった文子とエミリーと違い、
マーガレットだけはずっと生き延び天寿を全うします。
それは仲間の支えがあったから。
誰が誰より幸せだったと一概で言えないけど、私の中で救いがあったのはマーガレットでした。
印象に残った、あとがきの一節を
著者は、イギリスに渡り、保育士資格を取得。貧困の子どもたちを沢山見てきました。
そんな著者の実体験を通してみた文子だから生き生きと描かれていたのだと思います。
「生き延びるために身に着けた処世術を通して、自分自身の体で獲得したインテリジェンスだった」という文章には何度もうなづいてしまいました。
金子文子に関しては、ここに書けるようなエピソードは何もなかった。ただ、わたしが「底辺託児所」と勝手に名付けた託児所に勤めていたとき ( そのときのことは『子どもたちの階級闘争』という本に書いている ) 、ハードな家庭環境で生きる子どもたちを見るたびに、「なんか金子文子みたいな子どもたちだな」と思っていた。
幼い頃から苦労した子どもというものは驚くほど早熟で、四歳ぐらいでもティーンのようにませたことや、枯れた老人のように達観したことを言うことがある。当たり前だが彼らの知性は書物から得たものではない。深刻な問題を抱えた親を見てきたことや、つらい虐待の体験や、生き延びるために身に着けた処世術を通して、自分自身の体で獲得したインテリジェンスだった。そういう子たちが話すのを聞いていると、なるほど、金子文子の頭のよさというのはこれとイコールで結べるものがあったんじゃないかと思い、いつか彼女について書いてみたいと考えるようになった。
ブレイディみかこさん、カッコいいし面白い
「女たちのテロル」が、図書館でも取りっこなのもわかります。
※ 渋谷の図書館では私のあとも50人の予約待ち。
人気の作者は、インタビューでも魅力的です。
興味があれば、是非とも本書を読んでみていただきたいが、
もしも無理なら、みかこさんの来日インタビューだけでも。。。。
本の内容はバッチリわかりますので、読んでから見るのがおススメですけど。
さて次は何を読もうか、、、、
やっぱり気になるのは「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」です!
追記 )
読了後、興味がつながったことはジェームズ・コノリーと マダムことマルキエビッチ伯爵夫人のこと。
ジェームス・コノリーが、イースター蜂起直前に発表した戯曲も興味深かったです。
マーガレットはコノリーが書いた「いづれの旗のもとに?」 ( ※ 本紙では「どちらの旗の下に」と記述 ) という戯曲に刺激され、イースター蜂起決行へと進んでいくことになりました。
河野氏の論文「アイルランド演劇を掘り起こす」によれば、
戯曲は、23年前に刊行されたアイルランド文学事典 ( ※ Robert Welch ( ed.) The Oxford Companion to Irish Literature ( Oxford: Clarendon Press,1996 ) ) では「現在は損失」と記載されている、幻の作品だとのことでしたが、その後原稿のコビーがみつかったとのこと。
河野賢司さんはその貴重な戯曲にも目を通されているご様子で、その概要を氏の論文で知ることが出来たのは私にとって大きな収穫となりました。
http://repository.kyusan-u.ac.jp/dspace/bitstream/11178/3481/1/KJ00005128769.pdf