Garadanikki

日々のことつれづれ Marcoのがらくた日記

『BUTTER』著:柚木麻子

f:id:garadanikki:20191213114008j:plain題 名:BUTTER

著 者:柚木麻子

発 行:新潮社

種 別:単行本 1,760円

発売日:2017/04/21

読了日:2019/11/01

 

柚木麻子さんの『BUTTER』を読みました。

レコーディングダイエット ( カロリー計算をしながらの摂食 ) を実施している身には、

通常では気づかないことにも、頷いてしまうようなこともあり、面白かったです。

食についての想いがぎっしり詰まった内容に、深い感慨をいだいた本でした。

実に面白い。

 

《食べるという行為》で、人々の性格や生き方をイキイキと描き分けることが出来るものかと関心しました。それには勿論、著者に力量があるからですが、《食》の力はやっぱり偉大だと感じた次第。

 

読み始めてすぐ「ヒロインの取材対象である梶井美奈子は、実在の首都圏連続不審死事件で死刑判決を受けた人物と似ている」と気づいたけれど、極力それを念頭から追い出して読みました。

結果それがよかったです。

そうでなければ、あの人物の顔やエピソードに支配されて終わったでしょうから。

登場人物に感情を落とし込んで読むことで、本が持つオリジナル性の素晴らしさを楽しめました。

 

【あらすじ】

男たちから次々に金を奪った末、三件の殺害容疑で逮捕された女・梶井真奈子 ( 通称「カジマナ」) 。

世間を賑わせたのは、彼女の決して若くも美しくもない容姿だった。

30代の女性記者・里佳は、カジマナの独占インタビューをとろうと、東京拘置所通いをする。

やがて里佳は、欲望に忠実な真奈子の言動に振り回されるようになっていく。

 

【登場人物】

ヒロインの町田里佳は、バリバリの週刊誌記者。

スレンダーな彼女には同期入社で文芸部配属の恋人・藤村誠がいる。

里佳と誠の関係は、お互いの仕事の流儀を尊重する淡泊なものだった。

 

里佳には中高一貫の女子中学からの親友・玲子がいる。

玲子も里佳同様 バリバリのキャリアウーマンだったが、中堅の菓子メーカーの営業マンと結婚し、

家庭の主婦に収まっている。現在、妊活中。

 

里佳の母・美咲は、夫と離婚し、友人のセレクトショップに共同経営者として勤め始め里香を育てた。

里佳の父親は、家族別れた後、セルフネグレクトに陥り不幸な死をとげた。

父の死は、里佳にとっても辛いトラウマになっていた。

 

篠井芳典 大手通信社の名物編集者でテレビコメンテイターは、里佳の協力者。

自らは記事として公表できないネタを里佳に無償で提供している。

 

北村 里香の後輩 週刊誌の記者とは思えないゆとり生活。

里佳に憧れをいだく北村は、偶然 里佳と篠井が 逢っているのを目撃し、不倫と誤解する。

 

 

この本で感じたこと

前半部分、里佳を中心とする登場人物が《太っていること》 に対して、あまりにも強く否定的なのに驚きました。

やがてそれ ( 太る痩せるの話 ) が伏せんであることも分かり、大事なテーマであることも理解しつつも、

やはりその部分が際立ちすぎていることに不自然さと多少の違和感を感じました。

太る痩せるが女性の美醜に留まらず、仕事が出来る出来ないの基準にさえなっているという定義に、皆が固執しているところが流石にステレオタイプに思えたからです。 

冒頭でここまで固執させたのにも著者の意図

冒頭の太る痩せるが、著者のハッキリとした思惑であることはわかりました。

その効果があって、中盤から少しずつ、物語がスムーズに流れ始めたように思います。

 

取材を進める内に、里佳の体形が変化していく。

体型の変化と共に今まで気づかなかったものが、見えてきた。

偏狭だった女性新聞記者が、食を通して物を見る目が変わっていく、チャンチャン。

 

・・・と、これが終わるのかと思ったら、ここからが面白い。 

里佳はカジマナの闇に気づいてしまいます。

このままではカジマナが見せたいカジマナにしか迫ってない、

里佳は、カジマナの幼少期に鍵があると踏み、故郷を訪ねることにします。

同行を願い出たのは、親友・玲子でした。

料理上手で、仕事の出来るキャリアウーマンだった玲子の助言で、里佳は何度救われたか。

カジマナとの間が埋まらない里佳に、玲子はこんなことを言いました。

「料理好きはレシピを乞われると喋らずにはいられないのよ」

 

さまざまな人間模様がリンクすることが作品の厚みになる

里佳に同行した玲子には、玲子なりの事情と思惑がありました。

カジマナの闇を暴こうという玲子の話は、尻切れトンボに感じ、ちょっと破綻しかけた感がありました。

が。

玲子の物語や、篠井の物語を足し、登場人物ひとりひとりの事情を重ね合わせることで、作品全体が豊かになり、厚みも増したと思います。

 

素晴らしいタイトル「BUTTER」

バター=ファットというイメージも効果的だし、バターで美味しいものをイメージさせるのも見事です。

「美味しいものを食べるという行為は尊いものなのだ」というカジマナの論理には、

間違いなく私も賛同します (;^ω^)

 

 

なんたって、カジマナのこのひと言が キャッチー。

美味しいバターを食べると、私、なにかこう、落ちる感じがするの

わかるように気がします。恍惚感なんでしょうね、きっと。

そういう感覚を、見た目の容姿と引き換えに《罪悪》として無にしてしまう風潮には、

カジマナ同様、私も強く否定します。

ダイエット中なのに何なんですけれど。。。。

だからダイエットしなくてはならない身なんですけれど、ね。

 

カジマナが強く勧めるバターがこちら。

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追記 の備忘録 )

作品の中で、これは凄いと思った箇所がいくつもいくつもあったので書いておきます。

 

里佳の美意識と体型について p.11

食やお洒落、女が好むものに里佳は無頓着だ。ただ、長身ゆえ嵩高く見られがちなので、体重は決して五十キロを超えないように気をつけている。美意識が高い母親の影響もあるのかもしれない。夜間は極力食べないようにしている。接待でごちそうが出ても野菜と汁物から手をつけることは忘れない。

 ( ~略~ )

すらりとした体型のおかげで特に美形ということはなくても褒められるし、無造作に選んだファストファッションでもそれなりに着こなせる。

ある程度の外見さえ維持していれば得をすることの多い業界だ

 

ここでも著者はさらりと体型を印象付けている。 p.18

いつのまにか北村が隣に腰を下ろし、同級生のような調子で話しかけてくる。むくみや余分な脂肪の一切ないひょろりとした身体をよく糊付けされたストライプのシャツに泳がせ、白い肌に柔らかそうな亜麻色の髪がよく映える。

 

美味しいものに出会ってしまった里佳が、不味いおにぎりを食べて・・・ p.20 

おにぎりは玲子の手作りとは似ても似つかない香りもコクもない飯粒だった。

舌先には確かに温度を感じているのに、喉から落ちるなり、ひんやりするものが広がっていく。

 

女は痩せていなければ~と誰もがと、言い切るのは言い過ぎでしょう、と思った一節。p.22 

こんなにもこの事件が注目されたのは彼女の容姿のせいだろう。美しい、美しくない以上に、彼女は痩せていなかったのだ。このことで女達は激しく動揺し、男たちは異常なまでの嫌悪感と憎しみを露わにした。ただでさえ成熟よりも処女性が尊ばれる国だ。女は痩せていなければお話しにならない、と物心ついた時から誰もが社会にすり込まれている。ダイエットをせず太ったままで生きていく、という選択は女性にとって相当な覚悟を必要とするだろう。それは何かをあきらめ、同時に何かを身につけることを要求される。

 

カジマナの一言が、里佳の心にささった瞬間 p.28 

美味しいバターを食べると、私、なにかこう、落ちる感じがするの 

 

里香の《食》が変わり、ライフスタイルも性格も変わり始めた。p.34

キッチンに立つのがおっくうではなくなっている。 

以前はインスタントとラーメンを作るのも面倒だったのに。水や火を使うことで、自分の何かがすり減るような、今思えば、けちけちした心持ちだったのだ。

 

 カジマナ、結構いいこと言ってるの p.153

「とにかく、ね、焼き菓子を一つでもいいからマスターしなさい。そうすれば、上手に壁が築けるようになるのよ。あのね、あなたには壁がない。仕事もプライベートも、本音も社交も全部がまじりあってる。見ていると疲れる。ざらざらした感じが消えたら、すべてをあなたに話してあげてもいいわ」

  

里佳が壁にきづく・・・ p.166

ああ、これが梶井の言う壁だ。

型から溢れてふっくら膨らんだケーキの高さは、そのまま盾になって里佳を守ってくれそうだった。壁を築くとは何も肩をいからせ、他者を拒絶することではない。一人の作業に没頭し、おのれの砦を守ることではないだろうか。壁の素材は堅いレンガや冷たいコンクリートではなくても構わない。甘く柔らかいお菓子だっていいのだ。

 

篠井さんという人物も、作中ではひとつの大事なキャラクターでした p.168

この短い時間でケーキが焼けたのは、単に自分の決断が早く迷いがなかったせいだとわかる。篠井さんに頼ることを一瞬でもためらっていたら、決して作れなかった。こんな風に、取捨選択の判断を今より研ぎすませば、たとえば一日の終わりに自炊したり読書をしたり、趣味でカトルカールを焼くような時間を捻り出すことは可能なのではないだろうか。梶井の言う壁とは、ひょっとして、そういうことかもしれない。

 

著者は、実在の事件でやりだまに挙がった料理教室の女性たちのことも書きたかったのか p.372 

里佳は、梶井が通っていたサロン・ド・ミユコという料理教室に潜入する。

と、料理教室の生徒-チヅさんから教室の帰りにお茶に誘われ、こんなことを言われる。

「私たち、仕事とか年齢とか、既婚か未婚か、子どもがいるかいないか、そんなこと何にも知らないの。職場だのフルネームだのも。本当に下の名前ぐらいしか、知らなかった。ネットで言われてるようなマウンティングなんて全然なかったの」

里佳は頷いた。まだ二回しか通っていないが、生徒たちが料理を習うばかりではなく、あの雰囲気に惹かれて足を運んでいるのは、言葉にされずともわかった。

「知っているのは、それぞれの苦手な食材と好きな食材、ナッペができるとか、フランスにチーズ旅行にいったとか、どこのデパ地下が好きだとか、テーブルセッティングの参考にしている映画はなんだ、とか、そういうこと。そういう方が、私たちにとってはなにより大切なプロフィールなんだ」