Garadanikki

日々のことつれづれ Marcoのがらくた日記

鎌倉 大佛の小径を歩く

大佛おさらぎの小径》

若宮大路の喧騒をのがれ 路地に入ると、黒塀の続く小径があります。

ここの両側に、鎌倉文士・大佛次郎の自宅と迎賓館があったことから、

今でも「大佛の小径」と呼ばれています。

黒塀が迎賓館で、左奥が本宅だったところ。

※ 迎賓館は、現在 鎌倉風致保存会が管理しているが、

 本宅の方は、大佛先生が亡くなる時に「親しい知人」に譲り渡していた。

 ⤴ この話は別の機会に。

 

鎌倉は、車も通らない細い路地が、曲がりくねって続いていたりします。

公道がいつのまにか私道になって、そのまま ひとんち の敷地内に入ってしまうこともある。

先を急ぐなら大路を、のんびりしたいなら小径をということかしら…。

 

 

 

今日は、辻子幕府跡(宇都宮稲荷神社)から、若宮大路幕府跡(大佛次郎邸付近)までの小径を辿ります。 

 
《小さな遷都》

嘉禄元年(1225年)北条政子が亡くなると、北条泰時は、幕府の緒庁舎を宇都宮辻子に移します。源氏三代の政権から北条政権の世に一新させる為でしょうか。泰時は、この地で新将軍、藤原頼経の元服式を行ったり、御成敗式目を作ったりしました。

泰時さん、随分活躍した人なのね。 でも、この新庁舎の時期に飢饉が続いたり、頼経が疱瘡を病んだりと、色々不幸が続いたので、僅か12年で幕府は若宮大路に移転しました。

嘉禎二年(1236年)のことです。

でも最近になって「宇都宮辻子幕府を増改築したのが若宮大路幕府で、実際は同じ場所であった」という説も出てきたらしい。古文書研究とか歴史探訪って面白い。

 

 

ここに行きつくまでの道です。

 

見事な枝ぶりの松

以前、植木屋さんに聞いた話なんですが、マンションなど四角く固い素材の建物には松や樫など固い木の庭木は似合わないのだそうです。松は日本家屋に似合う

どおりで私の住んでいる地域に松がないのは、庭付き一戸建ての日本家屋がないからなんだと気づきました。

 

 

ここだけは、ちょっと雰囲気が違って駐車場になっています。

この辺りは路地ばかりだから、車を持っていてもなかなか自宅に駐車場は作れません。

 

 

曲がりくねった路地だから、下水路も曲がっている。

自転車のおじさまの奥に見えるのが、大佛茶廊。

 

 

可愛らしい看板

「右へ道なり入口左」と書いてある。

大佛先生は、無類の猫好きで、数十匹飼っていらしたといいます。

愛用の品々 ( 文鎮とか、蚊取り線香とか ) も猫のものが多い。

 

 

左の黒壁が、大佛次郎邸 ( 迎賓館 ) です。

今日は、鎌倉風致保存会による、年に二回の大佛茶亭公開日。

いつもより路地に人気が多いのは、そのせいです。