週末に見たアイリスという映画、心に沁みました。
イギリスの女性作家アイリス・マードックを主人公に、アイリスの夫ジョン・ベイリーが書いた回想録『Elegy for Iris』を原作としている夫婦の40年を描いたドラマです。
晩年の妻がアルツハイマーを発症してしまうのですが、いわゆるお涙頂戴的要素は、まったくありません。
≪ 夫婦の生きてきた記憶が消えていく ≫
想像しただけでも胸が痛い。
なのに 悲しいという感情を卓越した静かな感動が、心に沁み渡ります。
監督のリチャード・エアー氏は、映画監督であると同時にナショナル・ロイヤル・シアターの芸術監督を務められた高名な舞台演出家です。
しかしこの映画には、舞台的技巧は一切使わず作られています。
優れた舞台演出家は、優れた映画監督でもあるのでしょう。
作品には、沢山のモティーフが効果的に散りばめられています。
≪ 若き日、2人で拾ったであろう浜辺の石 ≫
亡き妻の遺品を整理する夫の、傍らのシーツから滑り落ちた石が、そのまま川底に落ちていく描写が印象的でした。
原作は、先にも言いましたが夫のジョンが書いた2冊の本です。
『作家が過去を失うとき-アイリスとの別れ(1)』
『愛がためされるとき-アイリスとの別れ(2)』
共に教鞭を取っていたオックスフォード大学での2人の出会いに始まり、
妻がアルツハイマーを発症し、1990年に亡くなるまでの40年間を描いています。
若き日のアイリスをケイト・ウィンスレット、晩年をジュディ・デンチが演じています。
2大女優の素晴らしさはもちろんですが、夫役の2俳優 ( 若き日をヒュー・ボネヴィル、晩年をジム・ブロードベント ) が、これまた素晴らしい。特に晩年を演じたジム・ブロードベントは、この映画でアカデミー助演男優賞とゴールデングローブ賞の同じく助演男優賞を受賞しています。
この映画のキャスティングの妙は、[若き日]と[現在]を演じる俳優が、皆よく似ていること。
晩年の夫から回想シーンで、若き日のジョンに切り替わる場面が沢山あるけれど、全く違和感がないのに驚きました。
アイリスの親友ジャネットも、またしかり。
ジュリエット・オーブリーが年をとったら、
きっとペネロープ・ボネヴィルの顔になるだろうなと思うほどそっくりでした。
圧巻はアイリスの男友達モーリス。
でも、それもそのはず。
サム・ウエスト(若き日) と ティモシー・ウエスト(現在) は、本当の親子だから。
ケイト・ウィンスレットとジュデー・デンチは、実物のアイリス・マードック女史にどこか似ています。
ケイトとジュディーには共通項は見いだせないのに。。。
2人とも、当年のマードック女史の有様をよく観察されたのかもしれません。
ケイト・ウィンスレットは、目力と目の動かし方が、
YouTubeで見たインタビュー映像の女史にそっくり。
ジュディ・デンチは、骨格が似てるかな。
彼女の場合は、《似せている》というよりも、
アイリス・マードックが講演をしたらこんな感じのスピーチだろうと心底 思わせる存在感がありました。
さすが大女優です。
← 在りし日のアイリス・マードック女史
作家にして哲学者であるマードック女史。
日本での知名度は、残念ながら本国に及ばないが、英語圏での人気は高い。
彼女は、こんな有名な格言を残しています。
「愛する事を教えてくれたあなた。
今度は忘れる事を教えて下さい。」
マードック女史は、今で言う “ ハンサムウーマン ” かしら。
本編に、
「言葉の流暢な響きや美しさを守ること。
これは人間にとって大事なことです。思考に結びつくからです。」
というセリフがあります。品格のある言葉を大切に紡ぎ小説を書いてきたアイリス。
そんな彼女が、言葉を失っていく苦しみは、いかばかりだっただろう・・・。
坂道を走る2人の自転車。
先を走るのは、いつもアイリス。
若き日の2人が、
次のシーンでは、
現在の2人に変わる。
自転車のシーンでの2人のセリフ
いつもジョンの先を走り抜けてきたアイリスだが、
アルツハイマーという病魔が彼と彼女の立ち位置を逆転させてしまう。
母校オクスフォードで行われたチャリティーディナー。
主催者は、ジョンをぞんざいに扱う。
教育の重要性について求められたアイリスのスピーチ。
そう言うと、彼女はいきなり歌いだす。アイルランド民謡「ラーク・イン・ザ・クリア・エアー」だ。
型破りなスピーチに驚き、眉をひそめる主催者。
夫のジョンは、賞賛し、胸に手を当て彼女の歌に聞き惚れる。
彼女の講演の一番のファンは、夫のジョン。
初めて見た時は、歌の意味が分からなかったが、「ラーク・イン・ザ・クリア・エアー」は、アイルランドの民謡なのだそうだ。若き日、パブで謳歌するアイリスたち。男友達のモーリスは、意地悪い調子でアイリスに「母の歌を」と、リクエストする。アイリスは、アイルランド生まれだったから。
自分の死期を悟った親友ジャネットに、アイリスが尋ねる。
「いつ行くの?」(When we go?)
意味深なセリフ…。
イギリスの避暑地の海岸(当時)には、プライベート海の家が並ぶ。…うらやましい。
徘徊して家がわからなくなったアイリスを連れ帰ったのは、モーリスだった。
日本式に手を合わせて謝るアイリスに、モーリスも返礼。
アイリスとジョンは、何度か日本を訪れているらしいが、そのエピソードかも。
施設に入れる日。
屈強なドライバーが、アイリスには優しく語りかける。