劇団まるおはなの公演が行われた場所は、「ルーサイトギャラリー」という一軒家でした。
山崎ふらさんは、去年の春にここで「水辺のデッサン」を上演したそうです。
この一軒家に訪れて構想がどんどん浮かんだそうです。
ルーサイトギャラリー 住所は柳橋
白壁で囲われたこの建物の先は、大川 ( 隅田川 ) 。
手前は平屋、奥が二階建てになっている理由は・・・あとでわかります。
普段は、ギャラリーとして使われることが多いようだけれど、
山崎さん凄いとこ見つけたね。
一階に、喫茶ルームがあって、アクセサリーとイラストのアーティストさんの作品が展示されています。
撮影不可かと思ったら「当館撮影OK」の貼り紙が。。。
但し、他のお客さんもいらしてかなりごった返していたので
あまり撮れなかったけど。。。
民家なので端近なんで、人がいると撮れない。。。
作品はあまり写りこませたくはないし。。。
このお家、誰が住んでいたかというと。。。
市丸さん。
昭和の、それはそれは凄い人気の歌手です。
近衛文麿 ( 内閣総理大臣 ) の時代の元芸者さん。
当時、芸者が越境して、違う花街に住むなんて許されなかったらしい。
浅草芸者の市丸さんがここ柳橋に居をかまえられたのは特別なんですって。
この家は、ビクターが市丸さんの為に建てました。
市丸さんの美貌と美声に、レコード会社の間で激しい争奪合戦がくりひろげられたそうで、
契約にこぎつけたビクターとしてみたら「このくらいのこと」なのではないでしょうか。
先ほど、芸者が違う花街に家を持つことは、、、と言いましたが、
ビクターに引き抜かれたと同時に、市丸さんは芸者を廃業しているし、
それでOKだったのかも知れません。
電話室の壁に書かれた電話番号。
市丸さんの自筆だそうです。
「日本テレビ 加藤」
日常とはこういうことでしょうね。
市丸さんは90歳で亡くなられるまで、ここで暮らしていたそうです。
市丸さんの死後、しばらく空き家になっていたのを、現オーナーがこういう形にしたんだそうですが。。
まさかこんな落書きが人の目に触れるとは、ご本人、思わなかっただろうなあ。
電話室に市丸さんのアルバムが置いてあります。
タレント並って、いやいや
昔からブロマイドといったら、売れっ子芸者のものでした。
建物の奥を二階建てにしたのは、大川を眺められるようにでしょう。
当時は、両国の花火があって、大勢の人を呼んで楽しんだようです。
お宅は柳橋の隅田川岸にあったので「花火見にいらっしゃいよ」と誘われた。ハイ、といいたいところだが、何しろこちらは新米のしかもNHKのプロデユ-サ-である。
「ええ、そのうち、、、、」といって言葉をにごしているうちに両国の花火は中止になった。
復活してからはもはや一度も声がかからなかった。
「川口さんは花火キライらしい」とでも思われたのか、惜しいことをした。
金華山織りのアームチェア
芝居でも使われましたが、年代ものです。
肘・背・ふとんの部分がツルツルになっている。市丸さんの私物なのか。。。
皆を呼んで眺めたという大川の景色
総武線の線路の向こうが両国。
花火を見るなら特等席だったでしょうな。
あっちが浅草方向
昔のガラス戸、いいねぇ。
一階に小さな庭。。
玄関までのアプローチ
どうせなら、隅田川の方から見てみたい。。。
護岸工事で高い塀が作られてしまったので、今では二階からしか川は望めない。
昔はもっと眺めが良かったでしょうな。
ルーサイトギャラリー。
機会があれば、また来てみたい素敵な空間でした。