Darling、MAMA、MOURIと私の4人で、ちょっと遠出。
那須の千本松牧場に、松方邸の洋館を訪ねます。

千本松牧場に到着。
いや~渋滞してたわ。

MAMA「あれ何してる彫刻?」
Dar 「鎌研ぎって書いてあるよ」
まる「爪、切ってるようにしか見えないよ」

牧場で、牛乳フロートを飲んで一休み。

「車でぶーっと行こう」と言うMAMAの尻をみんなで叩いて歩かせて。

やってきました。
松方邸です。
おお、柵がある。ここからは入れないのか。。。


萬歳閣 松方別邸と書いてあります。
なになに?
松方
正義 は、1893年 ( 明治26年 ) にここ那須野が原に農場を開設しました。農場は東西5.5キロ、南北7キロという広大なものでした。
別邸は1903年 ( 明治37年 ) には時の東宮殿下 ( のちの大正天皇 ) のご駐泊があり、この時、折からの日露戦争で遼陽が陥落したとの報が届き、一同で万歳をしたことから「萬歳閣」と呼ばれるようになりました。
赤松が多く自生していたため、松方はこの地を千本松と名付け、農場も千本松農場としました。当時、萬歳閣の前にある堀は水をたたえ、あたりには草を食む未の群れも見られ、とてものどかな光景だったと伝えられています。
げんざてではこの堀の廻りの楓が秋になると赤や黄色に染まり、楓越しに見る萬歳閣は一段と映え、訪れた人々を魅了しています。
萬歳閣とその周辺の敷地は、現在も松方家およびその関係者が使用しています。
見学にあたってはデッキなどを利用し敷地内への立ち入りはご遠慮ください。
松方正義は1881年 ( 明治14年 ) に参議兼大蔵卿に任ぜられ、西南戦争後の日本経済の混乱を収拾するため紙幣整理、日本銀行の設立など財政政策麺で大転換を図り、1885年 ( 明治18年 ) までの間に健全財政への道をつけました。
薩摩 ( 鹿児島県 ) 出身の明治・大正時代の政治家・財政家で元老。
大蔵大臣を十数年、内閣総理大臣を2回務めました。
へぇー、凄い方のお屋敷だったんだ。

実は今回この別邸を見に来たのにワケがあります。
縁あって小学生の時に ( MAMAもDarlingも私も ) ここに泊ったことがあるんです。
「懐かしいね」
「今どうなっているんだろう」
「見に行こうか」という話で盛り上がった。
一階のサンルームはまるでホテルのようだったな。
二階には何部屋かあって、そこに雑魚寝をしたっけ。
お風呂は凄く広くて、三階の屋根裏に続く階段は怖かった。
昔は柵なんかなくて自由に出入りできたよなあ。
庭で大きな縄跳びをして遊んだり、夜になると隣の納屋や繁みで肝試し会をやったっけ。
・・・40年近く前の話です。
でもこうやってお屋敷を目の前にすると当時のことが思い出されるから面白い。
それにしてもこの建物、明治に建てたというがビクともしていない。

室内が拝見できればと期待したけれど、私有地だしムリでした。
外から見るだけですが、仕方ない、帰りましょうか。

立て看板でもあった赤松というのがこれですね。
赤松の切株で原木栽培をしてます。
椎茸でしょうね、でも赤松だから松茸だったら嬉しいのに。

牧場に戻ってソフトクリーム食べて、
動物ふれあいランドで動物と触れ合って、車に乗ってぶーっと帰ります。
【 ふれあいランドの動物たち 】

綺麗な黒豚さんに、羊さん。

この子、高い段に上がってお説教してるのか?

ワラビーっていうヤツらかしら

綺麗に掃除された小屋に、綺麗に洗ってもらってる豚さん。
でも、、、痒いのかな ww
