Garadanikki

日々のことつれづれ Marcoのがらくた日記

富貴摟お倉 村松梢風

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村松梢風さんを知ったのはごく最近です。

横浜にあった富貴摟という料亭の女将--お倉について調べていて、この小説に出会いました。

村松梢風さんは昭和初期の大衆文学の大家で、かなり多く出版していらっしゃるようです。

しかし、現存する古書は大変少ないようです。

「富貴摟お倉」も、Amazonはもちろんヤフオクにもなし、日本の古本屋でやっと手に入れたもの。

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古本が好きな私でさえ

「あまり綺麗ではない」「かなりくたびれているなぁ」と思ったほどです。

 

内容は、痛快娯楽時代劇。

読み進んでいく内に、梢風さんのテンポの良い語り口にすっかりはまっていきました。

あと三分の一を残す段階なのですが、備忘録を記しておきたくなりました。

ざっくりここまでのあらすじを。

  • 茶屋勤めをしていたおたけ ( お倉の本名 ) は、絶世の美女。色気もあり男がほっておけないタイプの女。高橋という与力から権力と金にまかせて妾にと言い寄られるが、めんどくさいので ( これが笑える ) 逃げて内藤新宿の豊倉屋の女郎になる。
  • 豊倉屋で、お倉という名で出たところ、その美貌と座持ちの良さでたちまち売れっ子になる。
  • 一方、山谷堀で小万という年増芸者の紐になっている亀次郎。浮気者であっちこっちの女と浮名を流す。この三四日は櫓下のお里という芸者のところに転がり込んでいた。それを知った小万か怒り狂いお里の家に殴りこみ、女同士の大げんか。
  • 派手な喧嘩が噂になり、しばらくは神妙にしていた亀次郎だったが、すぐに浮気の虫が出始める。友達の棟梁の誘いで豊倉屋に行き、お倉と出会い良い仲となる。
  • そんなお倉と亀次郎の前に高橋がやってきた。高橋は今度こそお倉を妾にしようとする。はなの落籍話は死んでも嫌だと逃げ回ったお倉だったが、今度は高橋の妾におさまることにした。
  • 高橋に見受けされたお倉だったが、亀次郎との仲は続いていた。ところが、高橋の留守宅に亀次郎を引きずりこんでいたのだが、ばれてしまう。怒った高橋は二人のもっといを切り落としお倉を放り出す。
  • ざんばらの髪が伸びるまで、船頭久太郎の二階に居候の2人だった。最初の内はお倉の貯えた100両で贅沢三昧の日々だったが、とうとう有り金を使い果たしてしまう。お倉はまた勤め ( 女郎屋 ) に出る決心をする。
  • お倉の今度の勤め口は、品川湊屋だった。泣く泣く分かれた亀次郎は、お倉の身代金100両を倍にしようと博打につぎ込み、一夜の内に全部すってしまう。
  • さて、田中平八の話。元来相場好きの平八は丁稚奉公の頃より金が溜まると米相場に手を出したりしていたが、何をやっても最後には損をする。偶然窮地をすくった貿易商大和屋主人に見込まれて生糸の仕事を手伝ってくれと言われる。大和屋は「お前さんはその気性ではいつまでも人に使われている気もあるまいが、店でも出すあかつきには及ぶ限り力になってあげるつもり」という。
  • 大和屋はすっからかんの乞食同然の平八を連れ、湊屋に行く。湊屋は、お倉がおくみと名乗って二度目の勤めに出ている店だった。相変わらず濃艶な仕掛け姿で売れっ子のおくみは、大和屋の連れてきた平八を風呂に入れたり、着物を揃えたりして磨き上げてやる。
  • 平八は元来なかなかの美丈夫、すっかりこしらえが出来ると見違えるような男ぶりになった。おくみの親切に感動した平八は、必ず名を遂げて恩返しにくると言って去っていく。
  • お倉の身代金100両を一夜で失い、ぼんやりしていた亀次郎を救ったのは幇間の春藤紫玉だった。紫玉は、亀次郎を自分の家の二階に住まわせると、客の共で出かけた湊屋で、おくみに状況を伝えてくれる。
  • 春藤紫玉から亀次郎の様子を聞いたおくみ。亀次郎にしてみたら「お倉はさぞ立腹するだろう」と思ったところ、その逆だった。「私のことを思ってした賭博、その心が嬉しい」と泣いて喜ぶお倉だった。

 

ふう。

これで三分の二くらい。

お倉と亀次郎は横浜にも行っていないので富貴摟を作るのは、まだ先の話。

お倉と亀次郎に平八郎と、やっと役者が揃ったところです。

横浜で富貴摟を作ったお倉は、伊藤博文を始め多くの政治家と知り合い、政財界の裏をしきる女フィクサーになっていきます。

このお倉は実在の人物で、映画になったり舞台のモデルにもなっています。

明治の日本の政治の裏を語るには、またとないキャラクター。

お倉の話は、何冊かの本にもなっていて、村松さんが書いたこの小説もその一冊です。

 

お倉は、人を見る目、先見の明のある女性でした。

唯一ひとりの男を除いては。

多くのデキル男に囲まれながら、世の中を渡り歩いてきた。

有能な男たちの相談に乗り、政治をも陰で動かす力まであったお倉なのに、

終生そんなダメ男を亀次郎を愛しつくします。

 

亀次郎の女遊びや賭博などあらゆる道楽に振り回され、何度も身を売ったりしているのに別れない。

心底 亀さんが好きだったんですね。

 

そんなお倉の前に、田中平八という男が現れます。

彼は自分が成功した暁には、必ず恩を返すと言って、本当に実行した男です。

初めてお倉に会った平八は、お倉にこう言って別れていきました。

「大和屋さんに見込まれた以上は、命を投げ出して働くつもりで。女郎の情けにほだされている身分ではないから、これ一度で通って来ないつもりだ、どうか悪く思わないでおくれ。その代わり、万一私が志を得て立派な商人になった暁には、お前に対し必ず今日の恩返しをします。どうかそれまで私の名前を忘れずにいておくんなさい」

なんという男でしょう、亀次郎とは運殿の差ではないですか。

私なら亀次郎とさっさと切れて、こっちにホレるけど、お倉は違います。

お倉のエネルギー源は、亀次郎というダメ男だったのかも知れません。

 

 

 

最後に、梢風さんの小気味いい筆づかいをひとくだり。

小万が亀次郎がいる女の元に殴り込む場面です。

鉄火な芸者同士の大げんかが、生きのよい江戸弁で描かれています。

「姐さん何処につけますか」

「もうここでいいから降ろしておくれ」

 駕籠屋に多すぎる程の駄金をやり、おじぎをされるのを見向きもせず、足音をぬすんで路地を入って久七が言った通りにお里という芸者の家の横窓に近づいてそっと中を覗いてみると、もう行燈に灯をつけ、長火鉢を隔てて亀次郎とお里が面白そうに話をしながら酒を飲んでいた。

「ねえ、亀さん」

「なんだ」

「貴郎 ( あんた ) が帰らないので、小万姐さんがきっと心配していますよ」

「あいつが心配するものか」

「それでも今日で三日目、わたしゃ 貴郎がいつまで家にいたって構わないが、ここと堀とは目と鼻、もし小万さんにこの事が知れたらどうしようと、わたしゃそれが心配でなりませんよ」

「知れたら知れた時のことだ。俺ぁ小万の亭主という訳じゃなし、もちろん居候でも男妾でもねぇから別段怖がるこたぁあれぁしねぇ」

「お前さんそんなことを言いますけれど、小万さんに感づかれたら一大事ですよ。それはあの人のことだから、男ひでりはないけれど、亀さんだけは特別ですからねぇ」

「お里、俺は小万なんぞよりお前の方によっぽど惚れてるんだぜ」

「嘘ばっかり、小万さんとわたしなんぞと比べ物になるものですか」

「嘘なものか、その証拠にゃ手前が小万と別れてくれというなら、俺ぁいつだった別れてみせるつもりだ」

「亀さん、それじぁ本当ですか」

「本当でなくってどうするものか」

と手を差し伸べ、お里の手を捉え、長火鉢の横へ廻って抱き寄せる。

その時「ガラッ」と格子戸の開く音がしてつむじ風のような勢いで飛び込んで来たものがあった。2人は吃驚して離れた時には部屋の入口の処に小万が突っ立っていた。

「あっ!」

「おい、お里さんお前ここで何をしているんだえ」

「………」

「返事が出来まい。一体全体誰に断って家の亀さんをここへ引きずり込んだんだえ」

「おい小万、別に深い訳はねぇよ。さっきこの家の前を通りかかったから、一寸お里さんに一中節を復習 ( さら ) って貰っていたのだ」

「馬鹿におしでない。三日も泊まり込んで一中節を復習って貰う人があるものか。お前さんは黙っておいで、この性悪女が引きずり混んだに相違いない。お里さん、お前はいつから淫売 ( じごく ) 屋を開業したんだえ」

「まあ非道い、言うこともあろうに私を淫売とは」

「そうじゃないか、ひとの亭主をくわえ込んで酒を飲ませたりイチャついたりしているのは女郎屋か淫売屋のほかにないよ。亀さん、お前さんもお前さん、こんな瘡ッかき女のそばにいたら悪い病気を伝染されるから、わたしと一緒に早く家にお帰り。

小万は亀次郎の手をとって連れて行こうとした。

「小万さん、一寸待っとくれ、お前さんがそう出るなら、わたしも亀さんを返しゃあしないよ」

「何だとえ」

「別に世話になった覚えもないが、年が上だから立てていれぁ好い気になり、出放題もいい加減にしておくれ。角兵衛獅子を売り物のお前こそ、転ぶほうはお手の物、わたしが淫売なら、お前は婆ぁ芸者の色狂人さ、土手のおらくだってもう少しや恥ということを知ってるよ、堀の小万がきいて呆れらぁ」

「おや、この女 ( あま ) が言ったよ」

「言ったがどうしたのさ、憚りながら櫓下のお里はお前みたいな枕芸者たぁ訳が違いますよ」

「盗人たけだけしいとは手前のこと、人の亭主を咥えこんでおきながら、よくノメノメとそんな口が叩けたものだ」

「亭主亭主といやに女房風を吹かせるが、いつお前さんは亀さんと夫婦になったか承りとうござんすだ、夫婦なら仲人があり、三々九度の盃もして、高砂やあったなことをやった筈、その証拠があるなら見せておくれ」

「恩知らず、義理知らず、畜生、外道、小便たれ芸者、以前毎晩お茶をひいていてわたしの処ほ泣きついてきたから、可哀想に思って散々引き立ててやったのを忘れたか」

「そんな義理はとっくの昔返してある筈、こっちでおつりを貰いたいくらいだよ」

「チンチクリンのダボハゼ芸者、お前の眼鼻は何処についているんだ、その顔で亀さんに惚れたが聞いて呆れらぁ」

「いらんお世話さ。お前こと顔の小じわをコテで伸ばして出直して来るがいい」

「もう勘弁ならん」

と小万が掴みかかると、お里のほうでも武者振りついて来た。

二人とも髪はこわれ、櫛は折れて飛び、帯は解け、ドタン、バタン、金切声。

 湊書房版 長編小説「富貴摟お倉」 村松梢風:著  P.48より

 

参考資料・出典: 横浜の女たち