柚木麻子さんの作品、
三冊目として「終点のあの子」を読みました。
この本は、第88回オール讀物新人賞を受賞した
「フォーケットミー、ノットブルー」を含む
4作品を収載した単行本です。
まず目をひくのは、ハッと息をのむほど美しいブルーの表紙です。
カバー装画は、菅野裕美さん。
彼女の装画で強く印象に残っているのは「回転ドアは、順番に」でした。
作品の持つ不思議な世界を後押しする素晴らしい装画だと感心しました。
今回の装画もまた素晴らしい。
鮮やかな青は登場する女の子たちの強い意思や自立心をしっかり後押ししているように感じました。
フォゲットミーノットブルーは色の名前です。
装画の青は、フォゲットミーノットブルーより濃いですが、青を意識されたのかも知れません。
「フォゲットミーノットブルー」はドイツの伝説に由来する色名で、英名はフォーゲット・ミー・ノット(forget-me-not)と 末尾のブルー ( blue ) を省くこともあります。
日本語の「わすれなぐさ色」はこの訳語。勿忘草という花の名もここから来ているようです。
中身のお話
『終点のあの子』は、4つの短編で構成されています。
「フォーゲットミー、ノットブルー」の主とすると、後3編がスピンオフになっています。
そのスピンオフが素晴らしい。
どんなに素晴らしいかは、それぞれの話を追って説明できたらと思います。
【あらすじと主人公たち】
「フォーゲットミー、ノットブルー」の主人公は希代子。
希代子は中高一貫のお嬢様学校に通う生徒。
高校一年になった希代子は、新しいクラスでも中学から仲の良かった森奈津子たちとグループを作るが、高校から入学した奥沢朱里に知り合い、奈津子より朱里と行動を共にすることが多くなる。
朱里は有名カメラマンの娘で、自由奔放なところがあり、どのグループにも属せず気の向くままに行動する。そんな彼女を希代子はまぶしく感じてしまう。
が、あることをキッカケに希代子の気持ちが変わり始めた。
恭子はクラス中を巻き込んだいじめに走る。
二話目の「甘夏」は、希代子の親友だった森奈津子が主人公。
「夏の間に変身しよう」
仲の良かった希代子がグループを離れていくことが増え悶々とする日々を送り、
奈津子が考えたのは大人の世界に飛び込むことだった。
夏休みに入り、奈津子は親や学校に内緒でアルバイトを決行する。
アルバイト先でイケメン男学生やパートのおばさんと囲まれる奈津子は、慣れない仕事と、馴染めぬ人間関係にとまどいながらも成長しようとする。
やがてバイト先のちゃらい男子にナンパされ、二学期の登校日には、彼に車で迎えに来てもらう約束をするのだが・・・
三話目の「ふたりでいるのに無言の読書」は、菊池恭子が主人公。
恭子はクラス一番の美人として「華やかグループ」に君臨している。
恭子の自慢は、放課後に車で迎えに来てくれる彼氏を皆に見せつけることだった。
ところが、彼氏が朱里になびいたことから恋が破綻、寂しい夏休みをおくるハメになる。
そんな恭子が気晴らしに行った図書館で出会ったのが保田早智子だった。
早智子はクラスでも、一番さえないグループに属する子で、恭子たちから「ウィンナー指」と陰口をたたかれていた。
恋愛と化粧とファッションに余念がない恭子は、読者と漫画と猫にしか興味のないオタクの早智子になぜか惹かれ、友達になるのだが・・・
四話目の「オイスターベイビー」は、奥沢朱里が主人公です。
「空気を読め。皆に合わせろ。人の気持ちを逆なでするな」と言われ続けた朱里も、
美大生になり彼氏ができた。
暗い高校時代から一変して、大学では明るい生活が送れるはずだったが、またもトラブルが続出する。
原因は他人にあらず、朱里本人にあった。
「凡庸な人間」と、他人を見下す朱里の態度がトラブルの元凶だった。彼氏にフラれ、周囲から浮いてしまい、どん底に落ち込んだ朱里は、とうとう最後まで自分を見捨てなかった親友までも失いそうになる。
そのとき朱里の脳裏をよぎったのは、高校時代のあの出来事だった・・・
4人の主人公たち
4人の主人公は4つの作品で、実によく絡み合っています。
ひとつの話で脇役のようだった子が、違う話では主役になっている。
つまり、日常生活では当たり前の《世の中に脇役はない》ということが、
この本では大事にされているのです。
世の中に脇役はいない
考えてみれば、当たり前のことのようだけど、
テレビドラマや小説では、あたりまえでないものが沢山あります。
1人の人間に焦点があてるだけのステレオタイプのドラマ。
ヒロインを際立たせるためにしか存在しないような《 いじめ役》がいるドラマがです。
しかし柚木さんの本は違います。
希代子の章の、ちょっとしか出てこなかった奈津子に焦点を当てれば、
その時 奈津子がどんな気持ちでいたのかがわかる。
奈津子の話でも、彼氏のお迎え事件が恭子とリンクしていて、
逆の立場に立った恭子がいかに傷ついていたかがわかる。
というように、
それぞれの子が起こした行動や発した言葉の先には必ず相手がいるということを丁寧に描いています。
それぞれの子にそれぞれに言い分や感情がちゃんとあるということがキチンと描かれていると物語が深くなる。
柚木さんは丁寧に丁寧に拾って話を紡いでいるのです。
読了後、柚木さんのインタビュー記事を目にしました。
ここでも柚木さんの信条がうかがえました。
下記は、柚木さんの女子校の先生をしている友達のエピソードに触れた話です。
実に興味深かったので抜粋しました。
聞くと複雑な女の子たちの感情が入り乱れていて、その先生も私も理解しつくせない、当事者でないと分からない、それぞれの心の叫びがあるんですよ。
いじめっ子は100%悪いんですけれど、その子の言った言葉がすごくて。
いじめられた子は優秀で可愛くて、ちょっと個性的な子だったそうで、
いじめっ子いわく「あの子は普通とちょっと違うから目が離せなかった。
あの子は私たちの中では平気だろうけれど、社会に出たら傷つくと思った」って。
「普通じゃないから普通にしようと思った」って。
柚木さんの作品を何冊か読んで思ったのは、
人の感情をくみとる能力が高い、そしてそれを本にする筆力が凄いということです。
柚木作品を読めば読むほど、女って、特に女子高生ってメンドクサイと思います。
男性からみたら、メンドクサイを通り越して恐怖かも知れません。
そう思わせるくらい、柚木さんは女子高生の、複雑な気持ちをキチンとキャッチしている。
だから、一作一作、読みごたえのあるものなのだと思います。
以下は、本作を読んで特にひびいた文章の備忘録
「意気地なし」
ドアが閉まる瞬間、朱里ははっきりとそう言った。希代子は頬が熱くなるのを感じる。
ガラス越しの朱里は少しずつ遠ざかる。笑うでもなく、手を振るでもなく、ただ希代子を見ていた。
希代子という人間を見透かすような、冷静で賢い目でずっと希代子を見ていた。
希代子は、朱里を憎んではいない。もし彼女に罰が与えられ、自分と同じようにささいなことに胸を痛める普通の女の子になってくれさえすれば、誰よりも彼女の力になろうと思っている。
( 奈津子は ) 誰からかまって欲しかったことに、ようやく気づいた。このプールは、どこもかしこもつるつるとして居場所がなかった。
奈津子の心は、男たちに転がされていた果実のように、寄る辺がなかった。