なんとも切ない短篇です。
主人公(作者)が、中学4年の修学旅行の時の話です。
能勢という人を笑わせるのが得意な同級生が、集合場所で、通行人の特徴を捉えて辛らつなあだ名を付けるのに、同級生はウケまくっています。その時、体裁のあがらない風貌の男を見つけたひとりが「おい、あいつはどうだい」と、適当な形容を能勢にせがみます。実は男性は能勢の父親で、それを知っていたのは主人公だけでした。主人公が「あれは能勢のファザァだぜ。」と言おうとした瞬間、能勢は「あいつかい、あいつはロンドン乞食さ」と言いました。
【わたしが子どもだったころ-姜尚中】
この短篇を読んで『わたしが子どもだったころ』という番組で、姜尚中さんが語られたエピソードを思い出しました。
姜尚中さんは幼少期、永野鉄男という日本名で育ちました。
家は、廃品回収業をしていました。
鉄男少年は、その家業や家人の身なりを、恥ずかしく感じていました。
ある日友だちと遊んでいると、家業を手伝うオジサンが声をかけてきました。鉄男少年は、そのオジサンを無視し、他人のふりをしてしまいました。
番組では、姜さんが、その当時の様子を振り返り語られました。
オジサンの淋しそうな後姿が瞼に焼きつき、複雑な思いと共に、心の澱としてずっと忘れられないと。
学校に通うようになると、子どもには家とは別の世界が開けます。
友だちに「格好の悪い姿を見せたくない」というのは、誰でも思うこと。
大人になれば「なんで、あんなことが恥ずかしかったのだろう」と思うことが、
その子にとっては一大事だったこともある。
大好きなオジサンを傷つけてしまった鉄男少年の気持ちはよくわかります。
『父』には「中学の四年生には、その時の能勢の心もちを推測する
能勢少年のみならず、作者にとっても、心にも重く残る出来事だったのだと思います。