Garadanikki

日々のことつれづれ Marcoのがらくた日記

エッセーを書くということ

 

谷崎潤一郎の『青春物語』というエッセーを読みはじめた。

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去年、池袋の古本市で手に取り、貴重な写真が沢山掲載されていたので購入したものだった。

読み始めて半分で止めた。

理由は、気分が悪くなったから。


本人は肩のこらない笑い話として皆が知ってる有名人の話をサービスしているつもりのようだか、

あまりにもキツい、キツ過ぎる。

 

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【大貫晶川 (岡本かの子の兄) さんの場合】

本名を雪之助と云つたが、玉川在二子村の生れで、色の真つ黒な、手に白なまづのある、

田舎者丸出しの風采だったから『大貫は雪之助できない、雲之助だよ』と、辰野はそんな惡口を云つた。

 

ヤダっ! 二重に失礼!!

谷崎潤一郎にとって当時の二子玉川など《ど田舎》なのだろう。

なにせ彼は日本橋を中心にした半径4キロくらいしか都会と思っていないだろうから。

しかし、亡くなられて反論も出来ない旧友をいじって誰が喜ぶのだろう。


私がこの世で一番嫌いなのは、

「私じゃないのよ、○○がそう言ってたも~ん」と、人のせいにして悪口を言う人だ。

学生時代のじゃれ合いを今頃ネタにして、どうなんでしょ。

辰野さんにしたら「おっ 俺~っ? 今ごろ言うかな、それ」という感じじゃないのだろうか。

【恒川陽一郎さんの場合】

 恒川も大貫も文壇に出たのは私よりずつと早かつたのだが、不幸にして夭折した此の二人の名を今も記憶してゐる人が果たした幾人あるであらうか。

 正直のところ、恒川はもし生きてゐたにしても、創作の方面で大いに伸びることは出來なかつたかも知れない。彼の才能は餘りにも纎弱せんじゃくで、巧緻こうちに過ぎ、鏡花先生の惡い所にばかりカブレてゐた。だから明星派の歌人として、都会人らしい、氣の利いた、技巧を凝らした和歌を詠んだけれども、小説を書かせると、通人振つた、小待合式の、イヤ味な薄ッペらなものが出來た。

 彼が私と感情的に疎隔かるやうになつたのは、「新思想」へ寄せた彼の短編を皆で排斥したことが始まりであつた。

 當時恒川は既に文學を以て立つ意志がなく、政治科に籍を置いてゐたので、「新思想」とは大貫や私を通して間接に關係してゐるに過ぎなかつたが、彼の原稿が届いた時、「こんな古臭い気障な物は葬むつちまへ」と、真っ先に反對したのは木村莊太と後藤末雄だつた。和辻もそれに賛成した。大貫と私とは恒川に對する情誼上、板挟みになつた譯だが、何しろ鼻息の荒い時分だつたので、私なんかは敢然私情をなげうつて排斥派の味方に附き、「ナニ、構ふもんか、己が行つて斷つて來てやる」と、自ら憎まれ役を買つて出て、その原稿を懐ろに恒川の家へ乗り込んで行つたものだつた。

 恒川は苦笑を以て私の説明を聽き、表面さりげなく撤囘を承諾したやうなものの、此の事件が彼の文学上の信念に多大の打撃を與へたことは爭われない。

 

これだけ罵倒しておいて、やはり最後は皆のせいにしている。

谷崎潤一郎の周りにいると大変だ。

火の粉が降りかかってしまうし、何を言われるか、、、いや、何を書かれるかわからない。

 

実は恒川さんの災難には続きがあって、当時大人気の名妓萬龍と結婚されたのだが、

恒川さんで、それについてもこんな風に書かれている。

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歌人としての、乃至青年作家としての恒川陽一郎の名を記憶してゐる者は稀であつても、名妓萬龍の愛人としての、彼女の最初の夫としての彼の名を知つてゐる者は、今も尚世間に多いことであろうかいやしくも男子たるもの何を以て聲名を世に馳せようとも、平々凡々裡に朽ち果てるよりは結構なことに違ひないから、萬龍に依つて彼が一挙に艶名を轟かし、満天下の羨望の的となつたのも、當人に取つて定めし痛快事だつたであろう。

 

そこまで言いますか。あなたは友達をどうしたいの?

この後も、どこまでもネチネチと意地悪な言葉の限りを尽くすので、嫌毛がさしてしまった。

最終的には、玉龍を落籍させる為の金の相談されたとか、その話を岡本一平 かの子夫婦にしたら記事にされて参ったとか、そんなことばかり。

 

そういえば以前も、小山内薫の作品『大川端』に出て来るモデルで、小山内のスポンサーであったお大尽を酷くこき下ろしていた。当時、自分にもスポンサーがいたが、どうやら小山内氏のスポンサーの方が大物だったようで、それが気に喰わなかったのではないかと風評が立った。

萬龍にしても「どうしてあんな美人が ( 俺ではなく ) 恒川なのだ」といったよな嫉妬ではなかったか、と私は想像してしまう。

どれだけ自己愛が強く、他人にはキツい人なのだろうと、読んでいるうちに呆れが苦笑に代わってしまったし、これが谷崎潤一郎にとって「肩のこらない話」なのかと感覚を疑ってしまった。

 

で。

書棚に走りました。

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口直し くちなおし

口直しは、秀作『時と共に』『私の一日』里見弴 著

エッセーというものは、人間性がもろに出てしまうものなのだと思い知る。

小説なら、どんなに個性の強いものを作っても許される。

そういう意味では谷崎は名作家であると思う。

しかし人に対する優しさや愛情を、こういう形でしか表せない人は、エッセーは書かない方がいい。

『青春物語』を読んで、私はそう思った。

人間のデキでいえば、里見弴さんは谷崎潤一郎より上だな。

 
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以下は、小山内薫の『梅龍の話』という小説です。

著作権が切れたので コチラ に、全文掲載しました。

前述の恒川陽一郎さんと萬龍さんの恋愛の発端というべき箱根の出来事をモデルに書かれたもの。

萬龍さんは、作中では玉龍という名で登場し、恒川さんは、彼女が貧血を起こした時にワインを飲ませる学生として登場します。

とても可愛くて憎めない芸妓の話です。