garadanikki

日々のことつれづれ 駄目駄目さんのガラクタ日記

樋口有介『月への梯子』

 

樋口有介「月への梯子」を読了。

 

よんばばさんの書評で読みたくなり、図書館から借りてきたのが左です。

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単行本 ( 左 ) と、文庫本 ( 右 ) の装丁は、イメージが全く違う。

ぱっと見、文庫のイメージに魅かれたが、読了後 白い猫が意味深でいいかもと思った。

 

あらすじ・紹介は、是非こちらを読んでいただきたい。

よんばばさんの書評はいつもながら的確です⤵

hikikomoriobaba.hatenadiary.com

 

 

好きな部分は、お母さんとボクさんとのエピソード

小学生の知能しか持たない主人公--ボクさんが、40歳になり幸せに生活できるのも、

息子の生い先を心配した亡き母の教えと計画によるものだった。

教訓はこんなこと

 

  • ひとには誰にでも親切にすること
    親切にした結果自分が損をすることがあったとしても、不親切にして被害を受けるよりまだまし
  • 人の悪口は言わないこと
    それがたとえ独りごとであっても、他人への悪意は必ず自分にかえってくるから
  • 人に向って愚痴は言わないこと
    愚痴は本人の品性を卑しめ、また聞く相手を不愉快にさせる
  • いやな事やつらい事は我慢して、顔に出さないこと
    それからたとえ相手のほうが悪いと思ったときでも、決して人と争わないこと

 

お母さんの教訓は、ただ「人には親切にしなさい」だけではなく、

ボクさんでも理解し忘れないようにと、理由まで噛み砕いて伝えている。

 

 

自分が死んだ後に、息子が生きていけるようにと、お母さんは自宅を改装しアパートにして残した。

ボクさんは、アパートの管理と近所の雑用を仕事にしている。

アパートの掃除、メンテナンスは怠らない。

「お母さん、屋根は三年に一度だよ」

「それは幸男の間違い。三年に一度でいいのは壁で、屋根のほうが毎年。あんたは大事なことを、いつも間違えるんだから」

「そうなの。屋根が毎年で、壁は三年に一度なの」

「忘れないように、ほら、ちゃんと手帳に書いておきなさい」

「うん、忘れないように、僕はちゃんと手帳に書いておくよ」

文藝春秋『月への梯子』p.34より

 

アパートの住人と交わす、こんな会話にも物語のぬくもりを感じた。

ボクさんは工具箱を抱えたまま立ちつくし、窓の向こうへ視線を固定させて、真摯に黙考する。知らない人間には不可解な光景でも、幸福荘の住人にとっては日常の一幕。ボクさんが壁や空を眺めながら二、三分も黙考する光景など、すっかり見慣れている。

「ああ、そうだ、僕は6号室の鍵を持ってきたんだ」

「ボクさん、思い出した?」

「うん、思い出したよ。青沼さんは痩せてて力が弱いから、窓の鍵がうまく掛けられないんだよ」

「ボクさんは時間をかければ何でも思い出せるし、何でもできるのよね」

「うん、お母さんも言ってたね。急いで生きてもゆっくり生きても、人の人生は同じだって」

文藝春秋『月への梯子』p.19より

 

物語は途中から急展開する。

周囲の人から暖かく見守られて生きて来たボクさんがある事件に巻き込まれる。

  • アパートの住人の女性が殺害される
  • ボクさんは、屋根のペンキ塗りをするために外壁に立てかけた梯子から、室内の女性が死んでいるのを発見、驚いたボクさんは梯子から転落し、病院に搬送される。
  • 四日後、ボクさんが意識をとり戻した時、アパートの住人は全員失踪していた。
  • ボクさんにある変化が起きる。頭の中の霧が晴れるように、ボクさんの知能が回復し、健常者以上の推理と行動力で事件に立ち向かっていく。

 

ファンタジー感を存分に味あわせておいた後の、後半の展開 ( 性描写 ) は私にはどうも過激すぎる。

特に、性的虐待にあった少女が逃げだした先でヘルスをするという設定に抵抗を感じた。

仮に、世の中の残酷さを意図してあえてそうした設定だとしたら、その効果は充分に果たせてはいない。

逆に安易に設定したものだとしたら、性被害にあった女の子に対するデリカシーのなさを作者に感じる。

女性に対しての目線に優しさを欠くと、弱い立場の人たちを描くドラマの魅力が半減するように思う。

 

前半、ボクさんが母親の言いつけに従ってきた《人への接し方》を、

健常者になった後半も 大事に保ち続けるのか、それとも真逆に生きようとするか、どちらかハッキリさせて描いたらもっと良かったのに。

 

知能が高くなる過程で見た京子ちゃんの顔が、

《中学生の頃と変わらない大好きな京子ちゃん》から《たるみや肌にくすみがあって顔全体に疲労感があるオバサン》に見えてきてしまうところあたりから、ある小説を思い出した。

『アルジャーノンに花束を』

ダニエル・キイス『アルジャーノンに花束を』は、知的障害を持つチャーリーと、知能が向上する手術を受けたネズミのアルジャーノンの物語。

たどたどしいひらがなの文字で始まり、知能が高まる内につれ文章にどんどん漢字が混じってくる仕掛けが面白かった。

そして。

知能が上り、感情のふり幅が高くなるにつれ、人の持つ嫌らしさや世の中の醜さ、悩みや苦しみといった負の要素が見えてくる人間の描き方が『月への梯子』と似ている。

 

そんな、知能の代りに幸せなものを失っていく哀しい話かと思ったら、

最後が「あらそうなるの」という展開だったのが、面白いといえば面白いが、うん、なんとも微妙な気分。

よんばばさんが おっしゃられている、まさにそれです⤵

このままボクさんや周囲の人々を描き進んでいたら、なかなか良い作品になったのではないかと思う。最後の最後に思いもよらないどんでん返しがあって、私にはなんだかそれが残念だったような気がする。 

そうそうと、私も何度もうなづいてしまった。

 

『月への梯子』のボクさんに、「純粋に人を信じて、人に優しくしていた頃のボクさんの心を忘れないで」という願いを勝手に込めながら読んでしまったのがいけないのだろう。

作者にとってそれは、邪魔くさい読者だろうなと思いながら本を閉じた。

 

 

本日の昼ごはん

あまり具合が良いとはいえなかったので、パン全部焼いてしまった。

何故具合が悪いとパン全部焼くの? 意味不明←心の声

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体調のしんどさが、料理の盛り付け、配膳にもよく現れている。(;'∀')

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本日の夜ごはん

昼を食べて布団に潜り込み英気を養う。ちょっとは回復。

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つまみ三品盛り、かぼちゃ、ツナマヨ、いかウニ 見たからに雑だ

 

MOURI 好物のちくわぶ煮を作っておいて救われた。

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昼、全部焼いてしまったというパンの残りをリメイクしたもの

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パンを一口大にカットし、オリーブオイルでカリカリに炒めて、

卵でとじ、とろけるチーズを絡め、黒胡椒をガリガリ。

これがなかなか、笑える美味しさ。