Garadanikki

日々のことつれづれ Marcoのがらくた日記

拓未司「虹色の皿」

 

拓未司『虹色の皿』を読了。

いつもながら、ネタバレぎりです。

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著者-拓未司さんは、大阪あべの辻調理師専門学校を卒業し、神戸のフランス料理店に就職、

その後さまざまな飲食業に従事する経歴を持つ。

本作はその経歴を生かしたものと思われ、軽やかな文体でサクサク読める作品だった。

調理学校の同期たちがそれぞれの職場につき、奮闘するさまが面白かった。

 

あらすじを追いながら 思ったことを

ちょっと長いです。m(__)m まとめられない癖があって。どうぞ斜め読みを。

引用は黄色のアンダーライン以外読み飛ばしてください。

 

主人公の小西比呂は、自衛官の父に料理人になることを猛反対されるが、母の後押しもあり入学を許され、岐阜から大阪に出て独り暮らしをすることになる。

その下りがこちら⤵

父親は、比呂と母親をホテルの高級フランス料理店に連れて行き、こう言った。

「お父さんはこんな洒落た料理、生まれて初めて食べた。なんかこっ恥ずかしい感じがして敬遠しとったんだが、なかなか旨かった。これならまた食べてもいい」

  ~中略~

「おまえにも、こんな旨い料理が作れるようになるんか」

「う、うん、でも ⵈⵈ 」

「働きながら学校に行く必要はない。入学費用も仕送りも、全部出してやる。

 その代わりしっかり勉強してこい。しっかり勉強して⸺」

そこでいったん口を閉じると、英雄はふーっと息をつき、がしがしと頭を掻いた。

いつかお父さんに、おまえの作った料理を食わしてくれ

「虹色の皿」角川書店 刊 p.42

 

 

調理学校の実習初日、学校で包丁研ぎをさせられた比呂は、

「料理を習いに来てるんです、こんなことをしに来てるんじゃありません」と、生意気な口を叩く。

「なにい!」米田教員が激昂してつかみかからんとした時、主任教授の梨本がそれをとめた。

梨本先生が、包丁研ぎの意味を丁寧にさとす。

上司になだめられ立場を無くした米田教員。

それからというもの比呂は米田に目をつけてられてしまう。

 

 

学校で仲良くなったのは個性的な面々。

何をやらせてもそつなくこなし、二枚目でセンスよく女にもてる洋介

ブ男で失敗ばかりだが、決してめげない俊夫

アルバイトをしながら賢明に授業に出て、卒業後はフランスに修行に旅立った圭吾

ひょんな所で知り合った美穂は三年前に調理学校を卒業した先輩で近所のレストランでシェフをしていた。どうやら美穂は、比呂に好意を持っているようだ。

 

 

比呂が三十倍の難関を突破して憧れの『シェ・ホンマ( 本間シェフの店 ) 』に入れた理由は謎である。

何故なら、面接前に店に食事に行った時、同行した美穂が店のギャルソンに暴言を吐いたから。

さらに面接で「将来どんな料理人になりたいと思っているのか」と聞かれた比呂は、

美穂からの受け売りの話をしてしまう。

「どんなに美味しかろうと、一般庶民が気軽に食べられない料理を作ろうとは思わない。美食家を唸らせるよりも、子供たちの笑顔に心を砕ける料理人になりたい。その方が素敵だ。」と。

 

落ちたな、と思った。

しかし何故か比呂は採用された。

 

トップの料理人

梨本教授も、本間シェフも、若い料理人に温かい眼差しをむける。

料理人は自分の色を信じて追いかけろと言う。

生意気でもいい、自分で考え自由に自分の一皿を作ることが大事だと言う。

 

本書では、梨本教授や本間シェフの料理について話をしている箇所が沢山あり、

そのひとつひとつに説得力があり、読み応えがあった。

 

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素晴らしい指導者のもとでのびのびと育っていく若者たちだが、

一方では過酷な修行の毎日がそこにある。

 

『シェ・ホンマ 』で比呂は、先輩シェフたちから鬼のような叱責を浴びる。

いつもあいまいなことばかり命じる先輩に、比呂は不満を感じ いじめだと思っていた。

同期入社の川上絵里が「ついていけない」と店を辞めてしまう。

 

本間シェフは比呂を呼び、こう諭す。

「小西、お前は大丈夫なのか。お前も、川上のように悩んでる気がしてな。

 お前、須崎を始めとする先輩スタッフたちに対して、不満を感じているだろう

「い、いえ、そんなことは⸺」

ありません、と続ける前に、本間シェフが言葉をかぶせてきた。

「正直に言え。怒るつもりはない。なんで具体的に言ってくれないのか。なんで仕込みの優先順位に関係なく、次々と指示を飛ばしてくるのか。そんな風に思っているはずだ。そうだろう」

図星だった。これ以上はないど真ん中だ。

比呂は顔を真っ赤にしてうつむくと、消え入りそうな声で「はい、その通りです」と認めた。

 

「もしかしたらおまえは、あれをただの嫌がらせとか、なんの意味もないしごきのように思っているのかもしれんがな、うちのスタッフたちはそんなに馬鹿じゃない。あれには、れっきとした意味があるんだ

また図星だ。まるで心を読まれているように、的確に心情を捉えている。

 

「あれはな、勘を養うためにやっているんだ。いわば訓練のようなものだ。おまえだけじゃないぞ。平松はもちろん、須崎だって、未だにその訓練は続いている。あいつらはおまえの教官であると共に、俺の生徒でもあるんだ」

「虹色の皿」角川書店 刊 p.170

 

先輩スタッフの中でただ一人、すぐ上の先輩-平松さんだけは、何かと優しくフォローしてくれた。

平松さんは入社三年目で、比呂が入る前は ( 比呂がやっている ) 下働きをやっていた。

比呂と絵里が入ったことで平松さんはひとつ上のレベルにあがった。

平松さんは、絵里の退職によって最も被害を受けている人物だ。

やっと下働きから昇格して次のステップに進んだと思ったら、半年と経たずに舞い戻るはめになってしまった。心中の落胆はいかばかりか。それなのに、そんな素振りは露ほども見せずに黙々と働いている。

 

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クリスマス商戦で休みなく働き、フラフラになって帰宅する途中、比呂はバイク事故を起こしてしまう。

なんか、もういいや⸺

突如として比呂は力が抜けてしまった。

自由な時間は少ないし、給料は安いし、怒られてばっかだし、未だにたいした仕事はやらせてもらえないし。・・・だからもういいや。

しばらく考えを巡らせた比呂は、近くのコンビニでレターセットとペンを購入する。メモ用紙にしなかったのは、店の鍵を入れる必要があったから。それに、ちゃんとした手紙にしたくもあった。原付バイクのシートに腰かけて、街灯の下でペンを走らせた。自分でも驚くほどに、すらすらと文章が浮かんできた。書き終えた便箋を鍵と共に封筒に入れ、宛名に「本間シェフへ」と記して店に戻った。

閉じたシャッターの隙間に封筒を差し、外から見えないように奥まで差し込んだ。これでもう後戻りはできないと思った。絵里の気持がよくわかった。本間シェフに面と向かって言えるわけがなかったし、ほとぼりが冷めるまでは電話にも出たくない。

 

平松さんの穏やかな顔が浮かび、胸がちくりと痛んだ。

申し訳けありませんが、来年の新人はきっと根性があるはずです。それまではレベル1のお仕事にどうか耐えてください。まかない料理、いつも旨かったです。心の中で丁寧に詫びた。

「虹色の皿」角川書店 刊 p.218

 

バーテンダーのアルバイトをし、煙草も吸い出した。

正月には岐阜の実家に帰ったが、現在無職であることは言い出せなかった。

「くじけんように頑張れよ」と英雄に言われたときには、目を合わせて喋れなかった。

わずか一日だけの帰省で逃げるように神戸に戻った。

 

ある日、久慈調理師学校の梨本教授に挨拶に行くために大阪に行くと、洋介から聞いたという美穂が会いに来てくれた。美穂も久慈の卒業生なので一緒に梨本教授に会いに行くことになった。

 

二人が連れ立って来たのを見て、梨本教授は言った。

「やっぱり、本間シェフ繋がりで ⵈⵈ かな」

本間シェフのところを辞めた話になると教授は言った。

「小西くんがシェ・ホンマを辞めてしまったことは、とても残念です」

比呂は唇を噛み、目を伏せた。

「そんなに素晴らしいですかね」懲りずに、美穂が口を挟んだ。

  ~中略~

「そうやなくって」焦れたように、美穂が言う。

一般庶民が気軽に食べられへん料理ってなんやの? って思います。料理って、食べる人がおってこそのもんやないんですか。お金持ちの美食家を唸らせることって、重要なんですか? 料理って、そんな高尚なもんですか? そんなことよりも、子供たちが笑顔になれる料理のほうが素晴らしいって、あたしは思います」

 

あのときの再現だ。美穂を連れて『シェ・ホンマ』に食事に行った日、同じようなことを言っていた。自分も面接試験のときに受け売りで口にしたくらいだ。忘れようにも忘れられないセリフである。梨本教授はなんて答えるのだろう。興味が湧いた。

 

「うーん。難しいですね ⵈⵈ 」

「結論から言いますと、美食家を唸らせることも、子供たちを笑顔にさせることも、共に素晴らしいことだと私は考えます。

  ~中略~

相手が子供ならば、子供が笑顔になれる料理を作る。相手が美食家ならば、美食家が笑顔になれる料理を作る。私たち料理人は、料理を食べにきてくれる人のことを差別せずに、おもいやって腕を振るう必要があります。そんな料理が作れる料理人は素晴らしい。そう思います」

 

「はっきり言います。美食家、子供。お金持ち、一般庶民。そうやって分けること自体がもはや差別なのです。

  ~中略~

たとえばシェ・ホンマの本間くんですが、彼は美食家を唸らすこともできるし、子供たちを笑顔にすることもできる。ただ、味にうるさい客層を相手にしているだけなのです。森下さんや小西くん。きみたちには、子供を笑顔にさせることはできても、美食家を唸らせることは出来ないはずです。そういった意味では、本間くんは素晴らしい料理人です」

 

美穂は黙っていた。反論できないのだろうと思った。それくらい、梨本教授の言葉には説得力があった。

「虹色の皿」角川書店 刊 p.244

 

 

シェ・ホンマには柳田という男がいた。

ギャルソンの主任と店長を兼任している柳田は、面接前に美穂と食事に行った時に接客してくれた人だ。

職場では、料理の話で本間シェフと弟子たちがピリピリしたムードになった時に、緩衝材の役目を担っていた。まさにプロのギャルソン。本間シェフが料理に専念できるのも柳田の力によるところが大きかった。

 

比呂が梨本教授を訪ねた日、その柳田とばったり出くわした。

またしても美穂と一緒の時だ。

「やばい、見つかった」と思った比呂を完全に無視して、柳田は美穂に話をはじめた。

「元気やったか、美穂ちゃん」

「 ⵈⵈ どうも」ふてくされたように、美穂が顎を突き出す。

「こうやって話すのは、何年振りやろうなあ。七、八年は経ってるんちゃうか」

「そのくらい ⵈⵈ かな」

「うちの店に食べにきてくれたときは、他人行儀になって悪かったなあ。そやけど仕事やさかいにな。」

  ~中略~

理解しがたい状況の中で、比呂は少なからずショックを受けていた。柳田さんの目が、一瞬たりとも自分に向けられないことに。完全に無視されている。嫌みで攻撃されるよりも、このほうが数倍こたえる。

「虹色の皿」角川書店 刊 p.248

 

その時初めて、美穂が本間シェフの娘だということがわかった。

同期の川上絵里と比呂は、神戸のファミリーレストランで再会してから体の関係を持ったが、美穂と再会した頃から疎遠になり別れてしまう。

 

フランスに修行にいっている圭吾から手紙が届く。

「そうそう、シェ・ホンマって、やっぱすごいんだな。こっちでも有名だぜ。

 友達が働いてるって言ったら羨ましがられたよ。

 俺も比呂に負けないように頑張るから、置いていかないでくれよ。」

くそっ、俺ってやつは、なんという情けない男なんだ。圭吾が頑張っているというのに。

 

比呂は美穂に電話をする。

「俺、戻りたいんだよ、どうしても」

「⸺戻りたい? どこによ」

「シェ・ホンマに」

なんの反応もなかった。驚いて絶句しているのだろう。

「ねえ、どう思う? やっぱり無理かな」

「⸺そんなん、知らんわ」

「そんなこと言わずにさ、戻るためにはどうしたらいいのか、意見を聞かせてほしいんだよ。なんでもいいからアドバイスしてくれないかな」

「なーんか、気にくわんわ」つき放したような口調だった。

「嫌な感じやわ。なんであたしに電話してきたん? あたしがあの人の娘やからやろ。間を取り持ってもらえるとでも思ったんか? 無理や。なんであたしがそんなことせなあかんねん。ほんまに真剣なんやったら、なんで自分の力だけでなんとかしようって思わへんの? そんな甘い気持ちが通用する世界ちゃうで。戻ったところでまた逃げ出すだけや」

比呂は黙り込んだ。ぐうの音も出なかった。美穂は正しい。自分は、たた相談したかったのではない。それを隠れ蓑にして、美穂が仲介役にやってくれることを望んでいた。そうすれば、『シェ・ホンマ』に復職できるかもしれないと考えていた。何と身勝手な考えだったのかと、じくじたる思いになった。

「⸺そういうことやから。ほな」

ぶつりと電話が切れた。

俺はお前みたいに強くなれねぇよ。

「虹色の皿」角川書店 刊 p.287

 

その後どうなったかは、ここには記さない。

もうかなり内容を明かしすぎてしまった今、言うのもなんだけれど <(_ _)>

 

 

忌憚のない感想

主人公の思慮の浅さや身勝手さが、あまりに素直に綴られていることに対し、

私は《呆れ》を通り越し、笑ってしまった。

主人公に作者自身を投影したものだとしたら、恥ずかし気もなくよく書いたものだと思う。

特に、置手紙ひとつで辞めたこと、平松さんに「来年の新人はきっと根性があるはずです。心の中で丁寧に詫びた」の下り、美穂にシェ・ホンマへの復職を頼む電話の下りなど、この青年はなんと自分勝手で未熟な神経の持主なのだろうと思った。

これを《若い》で済ましてしまってよいのだろうか。

今日の若者がみな、この程度の考えで行動しているとは思えない。

 

主人公は、何故かトップの人間に受けがいい。

主人公は、トップの人間にウケがいい。多分ある程度の味覚センスと才能を持っているのだろう。

生意気でも不満顔でも、梨本教授や本間シェフからは見込まれている態だ。

がしかし。

主人公は何ひとつ自力で切り開いてこなかったことが、私は気になってしまう。

米田教員に叱られて窮地に立った時には、真面目な圭吾の言動で回避できた。

置手紙ひとつで辞めてしまったことも、心の中で平松先輩に詫びたくらいで済ましている。

絵里との別れも自分から切り出してはいない。

シェ・ホンマに復職したくなったら、本間の娘-美穂に仲介を頼んでいる。

 

そしてもうひとつ。

父親に、里帰りの折にオムレツの一つも作ってあげようと思わなかったのだろうか。

 

 

そんなことばかり書くと、厳し過ぎると思われるかもしれない。

でも私は、柳田がとった態度が 真っ当だと思う。

置手紙ひとつで出奔した新人に対しては、無視するのが一番。

しかし料理人の見方は違う。

梨本教授も、本間シェフも優しく接している。

 

才能ある料理人が 人格者である必要はない?

有能な料理人に、人格や真面目さを求める必要はないのかも知れない。

生意気くらいの方が、一流シェフに昇り詰めるのかも知れない。

そんなことを考えていたら、実家で店を経営していた時分のことを思い出した。

料理長チーフをしていたのは、母が小さい時から可愛がっていた親戚の青年だった。

有名料理店で修行を積み、母と一緒に店を開いたが、むらっ気のある人だった。

不器用だが真面目なA弟子と、不良っぽいがそつなくこなすB弟子がいた。

チーフは不良っぽいBを可愛がった。

「Aは駄目だ、センスがない」

何をやっても叱られるのはAの方だった。

 

私や母はホールの人間なので、厨房のことは傍観するしかなく、

料理の修行は辛いものなのだなあと複雑な気持ちでいた。

 

実社会でも、本書でも、一体だれが料理人として大成するのか私にはわからない。

どんな性格であっても、仮に素行が悪くとも、旨い料理を作れればいいのか。

私は、不器用で時間がかかっても、辛い修行を乗り越えたA少年のような、

本書でいえば、圭吾や平松のような人に大成して欲しいと思ってしまう。

料理の世界は、そんなに甘くないとわかってはいるけれど。

 

ただひとつ願うことは、

良い料理人なら、世話になった父親にオムレツの一皿でも作って《食べてもらいたい》という気持ちは持っていて欲しい ということだ。

 

 

本日の昼ごはん

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おいちーー

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本日の夜ごはん

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つまみ三品盛りは、昨日の焼売の残り、きんぴらごぼう、岩下の新しょうが

鶏団子のスープ、味変-ささみとほうれん草和え、メンチカツ ( MOURI 購入 ) 、 味変-焼きビーフン

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今日のスープは最高に美味しかった。

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冷凍の鶏挽肉に、生姜のすったものと、卵、片栗粉を入れて混ぜた団子を使ったので、

出汁も効いて、団子自体も柔らかく美味しかった。

 

昨日、ぼやけた味だったので、思い切ってごま油とポン酢を強めにした。

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