吉田修一 著『flowers』を読了。
本作は、吉田修一コレクションⅣ「長崎」に収録
また文春文庫「最後の息子」に収録
自由な発想の女と、ルーティンを守る男の話
主人公の僕 ( 石田 ) は、妻の鞠子が東京で喜劇役者をやりたいというので九州から上京する。
東京に着くと「せっかく東京での新生活が始まるのだし、最初くらいは豪勢にいこう」と、有り金をはたいて帝国ホテルに泊まりこむ。
僕は帝国ホテルから二日前に採用された飲料水の配送会社に出勤する。
配達のコンビを組まされたのは望月元旦という男だった。
元旦はどこか従兄の幸之介に似ている、と僕は思った。
僕と幸之介は、親戚の叔父が経営する石材屋でアルバイトをしていた。
幼い時に両親を亡くした僕は、ばあさんと一緒に住んでいた。
そんなばあさんも、幸之介と僕の合同結婚式に参列した後にあっけなく死んだ。
田舎で毎日 重い墓石を運んでいれば、時にはふわっと浮かんでみたい気にもなる。
そう思って上京したものの、東京で始めたのは飲料水の配送。
墓石に比べれば楽な仕事だが、助手としてトラックに乗りこみ、同じコースを回る代り映えのない日々である。
ある日、鞠子と連れ立って元旦の家に遊びに行くことになった。
元旦の部屋の床の間に、ショウブの花が生けてあるのを見て、鞠子が言った。
「生け花?」
「そう俺が生ける。我流だよ」
「珍しいですね。でもうちのも、こう見えて結構、花には詳しいんですよ」
「石田も生けるのか?」
「いや、田舎で一緒に暮らしてたばあさんが、よく生けてたんで」
その後何度か、元旦の家で生け花をした。
元旦と僕と、主任の永井さんの男三人の生け花は奇妙な光景である。
配送中のトラックの中であるとき元旦にこんなことを言った。
「毎日毎日同じルートを廻っていると、ふっと外へ飛ばされるような気がしないか?」
地球を回っている人工衛星が、ふっと力を抜き、「いち抜けたぁ」なんて言いながら、地球の引力から外れ宇宙の彼方へ飛んでいく⸻そんなイメージなのかも知れない。
元旦は永井さんの妻と不倫をしていた。
永井さんは会社で、社長の二代目・慎二から執拗なパワハラを受けている。
永井さんと慎二は中学から同級生なのだそうだが、永井の妻は慎二とも関係を持っている。
慎二に永井の妻を紹介したのは元旦なのだという。
永井のことも、慎二のことも陰で悪く言いながら、調子よく付き合える元旦に呆れると、元旦は言った。
「オレは嫌いな奴とでもうまく付き合えるんだよ。
・・・というか、嫌いな奴のことが、そんなに嫌いじゃないんだな」
そんな元旦が会社を辞めたのは、シャワー室の出来事のあと。
シャワー室に怒鳴り込んできた慎二が、永井さんに「土下座して謝れ」というと、
永井さんは、はじめてそれを拒絶した。
それを見た元旦が「あなたが謝らないと僕ら帰れない。一緒に謝りますよ」と土下座をしてみせた。
一世一代の永井さんの反抗に対する元旦の態度に怒りを覚えた僕は、土下座をする元旦を蹴りつけた。
それを契機に周りにいた同僚たちも元旦を踏みつけた。
その時僕は、裂けた天井から花びらが降ってくるのが見えた。
元旦に対するあふれ出る激情がそれを見せたのだろう。
元旦が会社を辞めたあとも僕は結局ルーティンを守るように生きている。
自由な鞠子とは真逆な生き方だが、元旦の一件で、自分の中に強い感情が眠っていることを知る。
僕はそれを知りながらルーティンに戻るのだった。
作品には《僕》が身を置く会社の、どうしようもない人間たちとの様子に、
ばあさんと暮らした日々の回想シーンや、鞠子との生活が交錯して描かれている。
日々同じことの繰り返しの僕の生活に、2人の女性が彩を与えているのが印象的な本だった。
鞠子とホテル
「ねえ、月に一度だけ、ホテルに泊まることにしない?」
自分の給料と鞠子のバイト代をあわせれば、生活にゆとりがある。
「賢い妻は、そういう金を貯金するんだろ?」
「貯金なんかしてどうするのよ。私は女優になりたいのよ」
「コメディ女優だろう。それに女優は貯金しないのか?」
「するわけなんでしょ。ゴージャスに使うだけよ」
鞠子といると、ときどきふっと力が抜ける。他の誰といても味わえない不思議な感じで、軌道を離れた人工衛星の、やり気のない後ろ姿が目に浮かぶ。
ばあさんと花
「床の間ってのは、その家のゆとりたい。」
「ゆとり?オレには無駄に見える」
「ゆとりってのは、無駄なことさ。」
p.60
「この世にある花の数だけ、人には感情がある。」
これもばあさんから聞いた言葉だが、なんとなく、そんなもんかなと思うこともある。
p.67
本日の夜ごはん
新しいわさび、これ美味しい!
ちょっとつけると甘くなるから面白い