原田マハ 著『異邦人 ( いりびと ) 』を読了
この作品は先月視聴したドラマ『異邦人』WOWOWが面白かったので、読んでみたくなった一冊。
原田マハさんの本は初めてだった。
京都に、夜、到着したのはこれが初めてだった。春の宵の匂いがした。
湿った花の香りにも似た、心もとない青さ。そういう匂いだ。
冒頭のこの二行を読んで思った。
原田マハさんは、なんと綺麗な文章を書く人なのだろうと。
言葉が美しいだけではない。
物語の流れへの導き方がとてもうまく、自然に京都にいざなわれてしまった。
ずっと前から、銀座の老舗画廊の一輝を知っているような気分にもなったし、
無聊をかこつ菜穂と京都を歩いている気分にもなった。
絵画の美しさと、京都の奥深い生活を一気に味合わえ興奮した。
ドラマと原作の違い
ドラマの方は、菜穂 ( 高畑充希 ) を主軸に展開し、女性陣が卓越した才能を持ち、男性陣がその才能に嫉妬する描きようで父親や義父は凡庸な人物になっているので、物語とすれば主役の菜穂に感情移入ができてわかりやすい展開になっている。
だが原作は、東京で働く夫の一輝の視点と、京都に仮住まいする菜穂の視点とが交互に展開するので、菜穂の立場と、一輝や男性陣の立場がほぼ対等に描き進められている。
その為か、ドラマよりも一辺倒ではない分 物語全体に厚みが感じられた。
またドラマでは京都画壇の情報を、マキタスポーツさん演ずる美術評論家を登場させることにより説明しているが、原作に美術評論家は出てこない。
それなのに自然と流れるように画壇事情や人間関係が理解できるのは、やはり著者の筆力なのだろう。
物語を深くした事件
ドラマで、( これは私が見逃したのかも知れないが ) 身重の菜穂が京都のホテル住まいをする理由がわからなかったが、これにはハッキリ時代背景があった。
福島の原子力発電所事故である。
2011年3月11日の三陸沖の大地震により起こった原発事故の影響が、この作品には重要なのである。
原発の放射能が東京に及ぶのではと心配した一族が、妊婦の菜穂を放射能被害から避難させる為に京都に行かせたのだった。
今となっては遠い話のようだが、当時は東京では計画停電もあり、テレビはCMもなく、異様な世界だったことも、この作品で思い出した。
この事故のことが物語の背景にしっかりあるから、京都では東京では味わえない祭もあったり、一輝の家が営む画廊が『絵』どころではなく経営不振になったり、菜穂の実家の不動産業界も立ちいかなくなり、私設美術館も閉鎖しなければならなかったのだ。
ただただ男性陣がだらしがなかったわけではない。
そのあたりの事情が色濃くあった上での菜穂なのだから、浮世離れしたわがままお嬢様と一族 ( 実家と婚家 ) から呆れられても仕方がない。
だからこそ、菜穂の美を追求する信念がより際立ってくるのかも知れないし、恐ろしさも増す。
タイトルも素晴らしい
タイトル「異邦人 ( いりびと ) 」というように、通い慣れているといっても一輝も菜穂も京都の中では異邦人。閉鎖的な京文化の画壇の扉が開かれるには、後ろ盾になってくれている地元有力者が必要だというのもハッキリわからせてくれていて面白かった。
因みにこちらが文庫本の絵。ムンクの『月光』
文庫本の袖には、以下の記述があった。
カバー画《月光》エドヴァルド・ムンク 1893年
カンヴァスに油彩 オスロ国立美術館所蔵
月光に照らされ 蠱惑的なまなざしを投げかけて佇むヒロインは、古い因習にとらわれることなく自らの「性」を享受し、したたかに「生」を愉しむという女性が持つ二面性を表象している。喪服のような黒服・黒い影法師と月光に浮かび上がる白い柵・窓が強いコントラストを作り、彼女が内面に隠し持った秘密を暗示するかのようだ。 ( 原田マハ )
単行本の挿絵も震えるほど素晴らしいのでアップしておきたい
こちらは、高山辰雄さんの日本画 『いだく』
Embracing(1977) Takayama Tatsuo
本日のおやつ
本日の昼ごはん
味噌煮込みうどん
本日の軽食
ざるうどん
本日の夜食