阿部暁子 著『カフネ』を読了

この本のことは、つるひめさんのブログで知った。
すぐに図書館にリクエストをしたが順番待ちで5か月もかかった。
私のあとにも待っている人がいるという人気の本である。
一緒に生きよう。
あなたがいると、きっとおいしい。やさしくも、せつない。
この物語は、心にそっと寄り添ってくれる。法務局に勤める野宮薫子は、溺愛していた弟が急死して悲嘆にくれていた。弟が遺した遺言書から弟の元恋人・小野寺せつなに会い、やがて彼女が勤める家事代行サービス会社「カフネ」の活動を手伝うことに。 ...
BOOK HPから
主人公の薫子は、東京法務局 ( 八王子支局 ) に勤める41歳。溺愛していた12歳下の弟・春彦が突然死して茫然とする薫子は、弟が遺言書を残していたことを知る。そこには相続人として家族の他に弟の元恋人だった、小野寺せつなの名前があった。
遺言書のことでせつなを呼び出すが、せつなは相続を断乎拒否。物語はそんな薫子とせつながカフェで衝突するシーンから始まる。
不穏な仲の二人だったが、ひょんな流れで、薫子がせつなの仕事を手伝うようになる。
せつなが働いているのは「カフネ」という家事代行会社で、彼女はそこで料理を担当している。「カフネ」では万年、掃除や洗濯の担い手が足りていなかったため、せつなが薫子の掃除スキルに眼をとめて声をかけたのだ。
「カフネ」は有料の家事代行業とは別に、チケット制の「無料代行サービス」をやっている。
無料の対象者は《経済的に困窮している》というのが条件だったが、生前の春彦が代表のトキさんにこう言ったらしい。
「経済的な困難な人だけでなく、グレーな人も受け入れたらいいんじゃないか」
「そうすれば困っている人もグレーの中に溶け込んで、助けを求めやすくなる」
困っていると言い出せない人もいる。迷惑をかけたくないとつっぱらざるを得ない人もいる。困っていることを認めたくなかったり、困っているという自覚のない人もいる。そういう人たちがセーフティーネットからこぼれ落ちないようにするには、門戸を広くグレーにする方が良いというのが春彦の考えだった
薫子は、春彦が「カフネ」に関わっていたことも初めて知った。
せつなやトキさんを通して、春彦の知らない一面を知った薫子だが、物語の終盤では驚くような事実も明らかになってくる。
春彦はどうして亡くなったのか
突然死といっても春彦は若いし、病気だったわけでもない。
警察の調べも入ったが事件性なしと判断され、自死の可能性を示すものも見つからなかった。
遺言書を書いていたことから、本人が余命を察知していたと疑いたくもなるが、遺言書は遺書とは違う。春彦が遺言書を考えたのは法務局に勤める姉の影響らしい。
だが亡くなった後に届いた姉と元恋人へのプレゼントもあり、読者は春彦の死の理由に引きずられて物語を読み終えることになる。
薫子の家庭環境
息子を溺愛し、娘の薫子をおざなりにする両親。薫子は子ども心に親から愛されていないと感じ、努力して人生を切り開くすべを磨く。たがどんなに頑張っても「あんたは真面目すぎて息苦しい」と母親は冷たい。
そんな母娘の関係を幼い弟は見ていて、親から叱咤される姉に寄り添い、姉の頭をやさしく撫でてくれる。
春彦は太陽のように明るく、春風のように優しく、誰からも愛される子だった。
せつなの登場
そんな春彦が恋人として家の連れて来たのがせつなだった。
両親はせつなの態度にたちまち不機嫌になる。
お気に入りの息子なのだから無理もないとはいえ、せつなの態度もどうかと思われるものではあった。
その時のシーンが少し過剰気味の描写ではあるが、登場人物の人間性をよくつかんでいるので、かいつまんでみた。
「 ( 料理の仕事をしているなら ) おつまみ程度でいいのよ。お父さんも公隆さんも飲むでしょうから、何かお酒に合うものをお願いできる? 小野寺さん」
「かまいませんが、三千円いただきますよ」
この時の父と母の顔について、のちに春彦は「鳩が豆鉄砲食らうってああいう顔のことなんだね」とおかしそうに語った。
~中略~
「あなた、私たちからお金を取る気なの?」
「プロの料理が食べたいと、今お母さんがおっしゃったのでは」
「言ったわよ。でもそれとお金がどう関係あるの? 普通はこういう時にお金を取ろうなんて考える人はいないわよ。あなた、ちょっとおかしいんじゃないの?」
「どのへんがおかしいんでしょうか。対価をもらって、それに見合う仕事をするのがプロだと私は思いますが」
「そういうことじゃなくて・・・! あなたは私たちに春彦と付き合っていることを認めてもらいに来たんでしょう。だったら減らず口を叩かないで、少しは私たちに気に入られようとするべきなんじゃない! 本当ならこちらかに頼む前にあなたが自分で働かなきゃいけないのよ、それが常識ってもんでしょう!」
p.22
凄まじいラリーが繰り広げられるが、その場の空気を和ませるのは、薫子の夫・公隆だった。
そして。
とりあえず座が和んだやいなや、明るい笑い声をあげたのは弟・春彦だった。
「ねっ、 ( せつなさんって ) かっこいいでしょう?」
目尻に笑いじわを寄せた弟は、薫子と公隆に向かって小首を傾げてみせた。かっこいいって、あんたね。あきれ返る薫子の隣で、公隆は無言でにっこりと笑い、義両親にも義弟にも無難な対応をしていた。
薫子と夫の公隆とは、春彦の死後 離婚をした
離婚は夫からの申し出で、公隆は離婚のワケを「非があるのは僕だ」と繰り返すだけだった。
夫婦は子宝に恵まれず、薫子は不妊治療を続けていた。
「僕は子どもが欲しくて君と結婚したんじゃない」
「つらいなら治療をやめていいんだよ。薫子の体と心のほうが大事だ」と言っていた夫。
だが薫子の前のめりの態度が公隆には辛かったのかも知れない。
ここでも両親の反応は冷たい
母は離婚について、後にこんなことを言った。
「きちんとしているのはいいけれど、四角四面で肩が凝るっていうか、一緒にいると息がつまるのよね。公隆さんも、そういうところが疲れちゃったんじゃないかしらね。
~中略~
女らしい可愛げがあってもいいのにって母親としては思うのよ。ちゃんとそういう風に育ててあげられなくて悪かったと思うわ」p.55
父はこんな風に嘆いた。
「しょうがないな・・・子供を産めていれば違ったんだろうが」p.35
薫子とせつなの繋がりは深まっていく
夫との離婚、子供が出来なかったこと、愛する弟の死、両親からの辛い言葉が薫子をアルコール中毒へと向かわせた。薫子の家の冷蔵庫に大量の酎ハイの缶を見た せつなは、酒を全部捨ててしまう。
春彦を中心に出会った薫子とせつなの会話は、喧嘩をしているのかと思うほどヒートアップもするが、著者の描写はとてもうまいので、私はどんどん引き込まれた。
最も心にしみたのは、無料家事代行サービスの訪問先の人たちの話
母親と2人で暮らす小学生の鈴夏という少女が、ボランティア活動を馬鹿にした上で「うち貧乏家庭だし、わたしの未来もう終わってるじゃん」と言うが、それに対してのせつなの対応が見事でかっこいい。
鈴夏が好きだというプリンを作ったせつなの手際の良さに、薫子も母親も鈴夏も目を丸くする。
「なんで? どうやったの?」
「作ったの、卵溶いて、砂糖を溶かして⸻」
「そうじゃなくて! なんで?」
同じ質問を繰り返す気持ちは薫子にもわかる。ただでさえせつなは二時間の間に信じられない品数を作り上げている、プリンなんてものを、いったいいつの間に?
「まだ冷えてないから、もう少し冷蔵庫に入れといて。あとに時間くらいかな。おやつにお母さんと一緒に食べて。もし作り方が知りたかったら、今度会った時に教えるよ」
p.110
つっけんどんだが、これがせつなのやり方だ。
そして最後の言葉がたまらない。
「未来は暗いかもしれないけど、卵と牛乳と砂糖は、よっぽどのことがない限り世界から消えることはない。あなたは、あなたとお母さんのプリンを、自分の力でいつだって作れる」
Cafuné
因みに。
「カフネ」とはポルトガル語で「愛する人の髪にそっと指を通すしぐさ」という意味なのだそうだ。阿部さんはお友だちが誕生日プレゼントにくれた『翻訳できない世界のことば』という本の中に、その言葉があって、とても素敵だなと思っていたという。
本日の昼ごはん 2025年03月20日
MOURI 作 ちくわのチャーハン

