小川洋子 著『猫を抱いて象と泳ぐ』を読了

この本を手に取るキッカケは、よんばばさんのブログだった。
よんばばさんの紹介文を読み、すぐさま図書館に走った。
あらすじは毎度のことながら、素晴らしいよんばばさんの説明を読んでいただきたいです。
hikikomoriobaba.hatenadiary.com
今まで読んだ数多くの中で、私はこの小説が一番好きだ
心が震えた。
チェスのことはひとつもわからないが、その魅力がよく伝わってきた。
障害を持って生まれた少年が、理解者に恵まれ、かけがえのない仲間に支えられ、
『リトル・アリョーヒン』という伝説のチェスプレイヤーになっていく話だ。
彼の短い人生が幸せだったか不幸だったのかはわからない。
11歳で身体の成長をとめた主人公と、祖母父、弟、マスター、ミイラ、老婆令嬢、総婦長さんとの静かだか温かい交流が、切なく悲しく描かれている。
今まで読んだ数多くの小説の中で、私はこの小説が一番好きだ。
名前のない物語
この本は、主人公がまだ親の名付けた名前しかもっていなかった頃の話から始まる。
実はこの《名前》というのがミソで、主人公はじめ全ての人に名前の表記がない。
みな「呼び名」だったり「役職名」で書かれている。
それにひきかえ動物には、インディラとポーンという名前があるのも面白い。
※ インディラは象の名前、ポーンは猫の名前。
インディラの話

インディラは、祖母に連れていってもらったデパートの屋上に、昔いたという象の名前。
屋上にはこんな立て札がある。
「本デパート開業記念として印度からやって来た象のインディラ、臨終の地。もともと子象の間だけ借り受け、しかる後、動物園へ引き渡す約束であったが、あまりの人気に適切な返却機関を逸し、大きくなりすぎて屋上から降りることができなくなった。そのため、三十七年間この屋上にて子供たちに愛嬌をふりまきながら、一生を終えた」
少年は、祖父母と弟と四人暮らし。
家は貧しいので、デパートに行っても何を買ってもらえるわけでもない。
弟と祖母がおもちゃ売り場やバッグ売り場を見物して歩く間、少年は屋上でインディラのありし日の姿を想像して過ごす。
デパートでは、買い物もせず、屋上で祖母が作ったサンドイッチを食べ、有料の遊具にはコインを入れず、ただまたがり体重をかけて自分で自分を揺らして遊ぶ。
少年は、上下の唇がくっついた状態で生まれた。医者は赤ん坊の口を切開し、脛の皮膚を移植した。そのため少年の唇にはいつも毛が生えていた。
その奇妙な唇をみて子供たちはからかい、少年は口数がすくなくなり、祖母は「神様はきっと他のところに特別手をかけて下さって、それで最後、唇を切り離すのが間に合わなくなったんだ」と言った。祖母は孫の賢さに誰よりも先に気づいていた。
ポーンの話

ポーンは、少年がひょんなことから知り合ったバスの元運転手の愛猫の名前。
元運転手は、バス会社の中庭にある廃車になったバスに住んでいた。
元々はバスの運転手だったが、太り過ぎで運転台に座れなくなりバス会社の寮の管理人になった。少年はその男を「マスター」と呼んで慕い、マスターからチェスを教わる。
マスターの住むバスは、いつも甘い香りで満ちている。マスターは無類の甘党で、毎日毎日お菓子を作って食べて、どんどん巨大な体になっていく。
マスターのチェスの教え方は丁寧で、真っ当だった。
少年が駒を間違えて動かすと、間違いを正すというより、残念だがチェスの世界ではこういう決まりになっているんだ、悪いな、とでもいうかの口調で正してくれた。
少年が急いで駒を動かそうとするとマスターは「慌てるな、坊や」と言った。
慌てるな、坊や
マスターのその言葉と声のトーンは、生涯を通して少年の警句となり灯台となり支柱となる運命にあった。
マスターはただの平凡なチェス指しだが、チェスは何かという本質的な心理を心で掴み取っているプレーヤーだった。キングを追い詰めるための最善の道筋をたどれる者が、同時にその道筋が描く軌道の美しさを、正しく味わっているとは限らない。駒の動きに隠された暗号から、バイオリンの音色を聞き取り、虹の配色を見出し、どんな天才にも言葉にできなかった哲学を読み取る能力は、ゲームに勝つための能力とはまた別物である。そういったチェスの本質と美しさを知っているマスターは、チェスをただ勝つことを目的のゲームではなく、相手と協調し会話し高め合っていくゲームであることを少年に教えた。
ミイラという少女

少年が住む祖父の家は、両隣に押し潰されそうなほど細長い三階建てで、隣との壁の隙間はようやく掌を差し込めるほどしかなく、昔何かの拍子にそこへ入り込んだ女の子が出られなくなり、大人たちが心配してあちこち探し回ったが結局見つけられず、女の子はそのまま人知れずミイラになって今も食い込んでいる、などという噂を口にする人もいた。
大人たちがミイラ、ミイラと言うのを耳にし、少年がそれを彼女の名前だと思い込んでいた。少年が眠るときには、壁の向うにいるミイラに話かけるのが日課だった。
やがて少年が、チェス人形を操る影のチェスプレーヤーとして、地下のチェス倶楽部で働くようになると、彼の助手として肩に鳩を乗せている女の子が紹介される。
彼女は子供の頃、壁の向こうに感じていたミイラの姿そのままだった。
「君のことを、ミイラと呼んでもいいだろうか」
「きっと、何かわけがあるのね」
しばらく考えてから彼女は言ったが、そのわけを尋ねようとはしなかった。
「うん、分かった。構わないわ」
「手品の助手時代、数え切れないくらいの呼び名を付けられたけど、ミイラ、っていうのはなかったわ。ちょっとユニークでいいじゃない。三千年の眠りから覚めた人みたい」
そうして彼と彼女のコンビが生まれた。
リトル・アリョーヒン
これは少年がチェス打ちになった時の呼び名だ。
少年にはチェスの打ち駒を考える時に、チェス台の下に潜る奇癖があった。
また少年にはトラウマがあった。
大好きなマスターが急死した際、太り過ぎてバスから出せないために、バスを切り刻み、遺体がクレーンで運ばれたのを見て、少年は大きなショックを受けた。
マスターの死は見世物にされた。インディラは屋上に閉じ込められた。ミイラは壁に埋もれた。何より大きくなってしまったら、テーブルチェス盤の下に身体を収めることができなくなってしまう。
《大きくなること、それは悲劇である》
そのあと彼は成長を止めた。11歳の身体のまま、それ以上大きくならなかった。精神やチェスがどんなに成長しようとも、身体はテーブルチェス盤の下に収まる大きさを保ち続けた。
彼の奇癖と体形が、からくり人形を操ってチェスを指すという仕事に活かされ、
彼はパシフィック・海底チェス倶楽部で“ リトル・アリョーヒン” として働くことになった。
盤上の詩人と謳われたグランドマスター、アレクサンドル・アリョーヒン

主人公は、マスターから教えてもらった名プレイヤー、アレクサンドル・アレクサンドロヴィチ・アリョーヒンを深く尊敬していた。
パシフィック・地底チェス倶楽部のからくり人形は、猫好きのアリョーヒンがチェスを打っている姿を人形に型取ったもので、

そのチェス人形を操る影のチェスプレーヤーが、リトル・アリョーヒンだったのである。
私はチェスのことは全くわからないが、この本はチェスの知識がなくてもよく分かった。
高級倶楽部でのチェス、地下倶楽部でのチェス、街角の賭けチェス、老人ホームでのチェスはそれぞれ打ち方が違い、楽しみ方も異なっていることが本からよくわかった。

色々な環境で行われるチェスの違いを、作者は見事に描き出しているのも素晴らしい。
私は、マスターや、祖母や、ミイラにも惹かれたけれど、
チェス倶楽部で対戦したスポンサーの老婆令嬢が、認知症になりホームにやってきた話に涙した。
あれほど素晴らしい打ち手であった彼女が、チェスのルールひとつわからなくなったのに、得意手のルークの駒を「これがいい、これにするわ。私はこれが一番好き」と手に取ったのに泣けた。
それから総婦長さんの話
彼女の太り過ぎを心配したリトル・アリョーヒンが、彼女の部屋に運ぶ夜食を、彼女にわからないように量を減らすのが可愛らしい。
そしてゴンドラの中央に立ち、重要な重しの役目を果たしながら、死んだリトル・アリョーヒンを両腕でしっかりと持ち上げていた、総婦長さんにたくましい姿にも涙した。
この物語は、沢山の大きなものと、小さきものが織りなす素晴らしいドラマだった。
下の写真はチェスのスコアシート

助手のミイラが美しい字でしたためた、リトル・アリョーヒンのスコアは、
来客の人気であったという文章があったが、たぶんこんな感じのものではないかと想像する。
本日の昼ごはん 2025年03月24日
金ちゃんラーメン

本日の夜ごはん 2025年03月24日

しめさばに、

シュウマイに、胡瓜の酢の物に、

鳥酢に、お赤飯、、、好きなものばかり
