Garadanikki

日々のことつれづれ Marcoのがらくた日記

食い物の話は難しい

 

嵐山光三郎 著『文人悪食』読了

年末にMOURI が、私の為にと取寄せてた本

「明治・大正・昭和の文豪37人の食生活を集めた本だから、ツボかなと思って」

確かにスゴいラインナップ、里見弴が入っていないのがちと寂しいが。

 

この本は、嵐山光三郎さんが実際に会った作家に加えて、過去の作家についても作品・関連資料などを調べ上げ、文豪のエピソード37人分紹介しているもの。

 

例えば

泉鏡花は、潔癖症で大根おろしでさえ煮て食べたとか、

三島由紀夫は、カステラの砂糖がジャリジャリしているところが好きだったとか、

萩原朔太郎は、ボロボロこぼすので、母親が前掛け作り朔太郎はそれを付けて食事してたとか、

森鴎外の好物は饅頭茶漬けで、ごはんの上にアンコ入りの饅頭を割って乗せ、煎茶をかけて食べていたとか、そんな教科書に載るような文豪たちの意外な食生活が紹介されている。

 

この辺の話は「案外カワイイ人だったんだな」と笑えるからいい。

ところが中には、ゲンナリする内容も沢山あった。

ここでいうゲンナリとは、紹介された人物に対して《ゲンナリ》ではなく、

作者のエピソードの使い方に、彼の好みや主張が垣間見られることが《ゲンナリ》なのである。

 

嵐山光三郎さんは人の好き嫌いがハッキリしている。

《食べる》という行為を通して作家を語るという趣旨に魅かれて読みだした本だが、

読んでいる内に「嵐山さんはこの作家嫌いなんだろうな」と如実にわかる書きぶりなのだ。

人の食べ方についての《ぴちゃぴちゃ音を立てて食う》とか《がつがつと食い意地が張っている》とか、私はそういう話を聞くのが辛い。

私は、実際にそういう食べ方をしている様子を見るよりも、「あの人はこんな食べ方なのよ」と評する人の方の品格を疑いたくなる。

 

例えばこの本の中でも、

二十一歳で夏目漱石を訪れ、漱石門下となった。そこで鈴木三重吉、森田草平、芥川龍之介と知り合うが、そのころから食い意地が張っていた。漱石夫人の回想記を読むと、やたらとガツガツ食事をたかる百閒の評判はよろしくない。

p.307

とあるが、私はこのよう書かれた百閒よりも、回想記を書いた夏目鏡子の人間性の方を問いたくなるし、そんな話を紹介する作者も同様、人間性を問われるギリギリのラインに感じる。

 

一番 嫌な気分になったのは正岡子規の章だった。

冒頭「正岡子規はもともと食い意地がはった男であった」で始まり、

病床の子規が食事を貪る様子が延々と続く。

三食の食事と間食と服薬とカリエス患部包帯の交換の繰り返しの中で、子規は食い過ぎて吐き、大食のため腹が痛むのに苦悶し、歯ぐきの膿を出してまた食い、、、

作者は

「子規の躰をむしばんだ結核は、食べて栄養を補給することが重要な養生法であったという実情があるものの」としながらも、その食べっぷりが「あさましいほど」と書いている。

更に「母や妹律がおどろくほどの粗食で耐えていることなどは ( 彼には ) 問題でない」というのには驚愕。母親や妹が身をけずって看病をしている気持ちも作者は判らないのだろうか。子規が家族に対して「問題ではない」と本当に思っていたのかどうか知る由もないのに作者はなぜ断定できるのだろう。

 

作者のこのような書きっぷりは《思いやりに欠ける》ものだと思う。

人が人を思いやり、それに感謝しているであろうことを、全く解さず。

登場した文士たちの数人を「感謝もせず好き放題している」と言及。

 

子規と家族の間にだって、相手を思う気持ちがあったハズだと私は思うし、

金を貸したり迷惑を被った同僚作家だって、その後もずっと その迷惑な友人作家を見捨てずに付き合っていたのには、訳があるハズだ。

それを解さずに、こんな食い意地の張った作家がいたといったエピソードとして使うだけでは関連資料が実に勿体ない。

 

迷惑をかけられた相手に対しても、「馬鹿な奴だが、いい奴なんだよな」というような何かしら可愛げだとかチャーミングな一面があるから付き合っているのだろうと私は思うので、嵐山さんには《そういう迷惑なエピソードを沢山持った人物だが、こんな良いところもあるから友情が続いたのだろう》といった裏話を拾い出して紹介して欲しかった。

 

下の二つのエピソード、こういうことではないんだよ⤵

啄木の借金は、生活苦というよりも、詩人としての高い矜持と負けず嫌いで見栄っ張りの浪費の結果で、金を借りるためには見え透いた嘘をつく。そのくせケチで、人に金を貸すときは大げさに嘆いてみせる。啄木に、金をよこせと言ったのは啄木の母である。「予の心は母の手紙を読んだときから、もうさやわかではなかった」とある。「予にはこの重い責任を果たすあてがない。・・・むしろ早く絶望してしまいたい」とある。

たった一円で大げさすぎる。寺山修司は、啄木の歌、

たはむれに母を背負いて、そのあまりの軽ろきに泣きて 三歩あゆまず

に対して「これは母を背負ひて捨てにゆく歌だ」と解釈した。

p.234

金田一京助の『啄木との交友』によると、二人で本郷のやぶそばや天ぷら屋へ行き、また別の店ではトンカツ、ビフテキを食べ、ビールを飲んで気勢をあげたことが出てくる。京助はおごってやったとは書いていないが、京助が払ったのに決まっている。

p.231

 

 

もうひとつ気になったのは、女流作家の容姿をあげつらった話だった。

岡本かの子については、

恋人-堀越茂雄と恋愛して同居させ三角関係の共同生活までさせた妻を許していた岡本一平にも言及しこう書いている。

よくもまあ、こんな女に「あなたは美しい。観音さまだ」とかしずけるものだが、かの子の暴君的なサディスティックなふるまいは、醜女嗜好で被虐癖の男にはたまらない陶酔を与えたのかもしれない。

p.293

 

一方、林芙美子に対してはこう記し、

こういう性格の人は、食に関しても貪欲で、食べたいと思うと自制がきかずに飽食する。戦争中は、さすがにやせた芙美子だったが、四十歳を過ぎたあたりからまた太りだした。

p.417

更には亡くなった直後の「文藝」の特集から「林芙美子の文学をどう評価するか」というアンケートから、悪評だけを拾い出して書いている。

「興味なし」 ( 正宗白鳥 )、「好きな作品はない」 ( 白井浩司 )、「作家と思っていない」 ( 秋田雨雀 )、「いやな文学だ」 ( 杉浦明平 )、「知性に乏しい」 ( 岡本潤 )、「貧乏や放浪を売り物にしているようでいや」 ( 小野十三郎 ) という否定論がかなりある。

     p.419

わざわざ悪い評価のものだけを抜粋しているのには、さすがに悪意を感じる。
確かに女史は、評判よろしくない人物だったかも知れない。

だが、葬儀委員長をつとめた川端康成さんの挨拶の方がほのかな情愛を感じるではないか。まあこれもどうかと思うけれども (;^_^A

「故人は自分の文学的生命を保つため、他に対して、時にはひどいことをしたのでありますが、あと二、三時間もすれば、故人は灰になってしまいます。死は一切の罪悪を消滅させますから、どうか個人をゆるしてもらいたいと思います

 

年をまたぎ、新年いっぱつめの感想文がこれなのも困ったものだが、

食い物の話は本当に難しいと思った次第。

書かれる人間のみならず、書く方も、読む方も、人間性を問われる話だと思った。

 

 

 

2026年01月02日 朝ごはん

いやはや

今日の雑煮は、お餅が焦げて おつゆが濁った

 

 

 

2026年01月02日 夜ごはん

サッポロ黒ラベルのEXTRAっちゅうお高いらしいのが届いた。

乾杯!

イカは去年美味しかったので再購入したもの。

二枚セットだったが、冷凍したのがくっついてどうしても取れなかったので

二枚焼いてやったぜい 

 

なんか足らんと、焼きうどんを作りました。MOURI は呆れながら食べてました。