garadanikki

日々のことつれづれ 駄目駄目さんのガラクタ日記

ずっと良い子だったのに~

本日の夕食は、この3品。

餃子とジュンサイとひじきです。

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我が家のひじきはクレソンと、、、今日は辛子明太子を入れてみました。

ひじきとか、キンピラとか、おイモの煮たのとか、お母さんの料理的なものは茶色が多いでしょう?

クレソンと辛子明太子のお陰で、イメージ一新ですのよ。

塩気は辛子明太子で、レモンもちょっとかけてあるのでひじきの煮物とは別物です。

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「美味しいねぇ」と食べていて、ふっと横目にぴ~が映りました。

何かピロピロしたのを咥えてる。

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「やりあがったな、ぴ~」

MOURI が追っかけて奪還しようとしても、とても敵いませぬ。

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あっちに飛び、こっちに逃げ、MOURI は遊ばれています。

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「へん、どうだい」

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「ぴ~、MAI先生んとこに通っている間は、いい子だったでしょう?」

「MAI先生? んっ」ちょっとひるんだみたい。

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でも、聞こえなかったふりをする。

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食べたいんじゃなく、遊び道具のつもりなのか。

仕方ないから、ひとピロあげました。

ひじきのピロピロは、結局ぴ~のアジトに持っていかれました。

 

『いてふの町』 著:永井龍男

f:id:garadanikki:20171204115058j:plain小石川から本郷台にかけてのある一角に古い公孫樹の木と共に、古い東京が残っている区画がある。

六階建ての病院の脇を抜け、寺の墓地を曲がると左右に街並みに、魚屋、八百屋、ブリキ屋があるかと思うと大きな門構えの家があったり、格子戸のついた仕舞屋があったりする。通りの左右、家数にして三十軒足らずが、戦災を免れたまま今日に及んでいる。その中央通りに、煙突が一本、昼前から煙りを吐き続けている。毎日三時過ぎから、客を入れ始める銭湯である。

 

上記は、本文をかいつまんだもので、場所を特定しようとして私が抜き出したものです。

こういう出だし読むと、必ずどの辺か実際の地図を見て調べたくなるのは、私の悪い癖ですの。

 
湯島あたりと見当つけました。

本郷で6階建ての病院となればやはり東大医学部かな。物語の最後にも東大の構内の話が出てきますし。

脇にある墓地つきの寺となれば「湯島あたりかな」と思うのですが、古地図で銭湯を探すも見つからず。

そうはうまくはいきませんわね。

 

 

場所のことはともあれ

「いてふの町」の本題から大きく外れてスタートしてしまいました。

この物語には、大きな筋はありません。

公孫樹の木がある東京下町にある「松の湯」という銭湯に集まる老人たちの様子を描写した作品です。

主人公はとりあえずA老人。

そのA老人が「松の湯」で知り合ったB老人とのやり取りが主軸となるのですが、

銭湯に集まるお年寄たちの描写が、ある意味この作品のテーマなのではないかと思います。

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ちょっとその部分を抜き出してみました。

天気の良い日には、二時半頃になると必ず二人三人、チョコレートの名の書いた、ペンキ塗りのベンチに腰かけている。

どのお婆さんも、湯道具を容れたプラスチックの洗面器を持ち、孫を連れているのが多かった。

またその湯道具を、順々に膝にのせ変えて、

「さあ、おかけなさいませ」

と、ベンチの端へ席を作ることもある。

 ~中略~

この近所には、他にも銭湯があるが、こういう老人達は好んで松の湯へ通ってくる。ここの薬湯が効くと云うけれども、ほんとうは旧式な設備に来易さを感じているのである。

それに顔馴染みが増えてくると、三十分も前からやってくることに、みんな張り合いをおぼえるようにもなる。

「ゆうべ、あたしの家の隣で、あぶなく火事を出すとこでね」

とか、

「世田谷の孫があんた、交通事故にあってさ」とかいう話題のある日は、なおのことであった。

入浴してからも、あれこれ世間話は尽きないものとみえて、この人達は一時間経たないと、ふたたび暖簾を出て来ない。中には、他人の孫達の世話を助けながら、二時間近くかかって上がってくるお婆さんもある。

みんなそれぞれ、余り早く家に帰ってはならぬことを知っているのだ。

あまり早く家に帰ってはならぬ、というのはお嫁さんや娘さんへの遠慮ということなんです。

何だか寂しい話。

それでも銭湯で気に合う人たちと話が出来れば幸せなことでしょう。

問題は、なかなか人と仲良くできない老人です。

A老人も、お婆さん連中からちょっと煙たがれている人物。

「そうだね、あのおとっつぁんは、いずれ市役所か、なんとか省辺りの小役人上がりといった処だろうよ」

かげで、そんな風に言われるくらい、A老人は多少相手を見下したような言葉遣いをするものだから、下町育ちの気に入らなかったのです。

 

そんなA老人が唯一、話相手として気に入っているのがB老人。

B老人は、一口に云えば世事に淡白な性質らしく、A老人の話のよい聞き手である代わり、自分の意見や主張を口にしない人でした。

そんな人だからA老人の話し相手が務まるわけです。

A老人は、毎朝新聞を精読していて、その新聞記事の話題をふり「君はどう思うかね」とやる。

だがB老人は「そうだねぇ、人はさまざまだから」と静かに答える。

たいがい終わり頃には、A老人がB老人をやり込める。

 

そんなシーンを読んでいて、父を思いだしてしまいました。

私の父は大正生まれで、大家族の長男として生れ、早くに一家の大黒柱になりました。

リウマチで40代で引退した父親の代わりに家計を支え、一本立ちして稼げるようになると

2人の弟を大学まで行かせ、未婚に終わった姉と妹と両親たちの面倒を見ながら、

母と結婚し私たちを育てた男です。

一体何人の生活が父の肩にかかっていたかを思うと、本当に偉かったと思います。

今考えれば40か50だった父、辛いことも沢山あったと思います。

早くに重荷を負った反面、長男として家長として一目おかれた立場にあった父には、

自分の意見をごり押しするような一面もありました。

特に政治の話などで意見が合わないものなら「それでも貴様はニッポンジンか」みたいなセリフになる。

 

そんな父やA老人は、昭和の典型的な男性に見えてしまいます。

人とのコミュニケーションを取るのが苦手で、本人は話をしているつもりでも、

それは議論ではなく説教だったりする、そんな男性が当時は沢山いらしたと思うんです。

なので何だか面白くて、A老人とB老人の会話を読んで、ふふふと懐かしくなりました。

 

思わぬ展開 物語の最後

A老人が、東大生をつかまえてジョサイヤ・コンドル博士のことを 講釈し「覚えておき給え」とやる。

これには笑ってしまいました。

でも笑うところではないのかも知れぬ。

もしかしたらA老人は「いずれ市役所か、なんとか省辺りの小役人上がりといった処」ではなく「東大に関係する大人物」なのかもという暗示なのか知ら。

何度も何度も来慣れた場所と書いてあったもの、どこかに。

ちょっと意味深な結末だけれど、ほんのりして、ちょっと寂しくて、昭和を感じさせてくれるお話でした。

 

BRASSERIE &CAFE D'ORIENT 再び

先日、南新宿のD'ORIENTに行って、美味しいケバブプレートを格安料金で楽しみました。

こちらは、色々な国の料理が楽しめるからランチの上から順番に食べていきたくなります。

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よかった、今日も16時という中途半端な時間なのにやってます

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先日は、入ってすぐの席でしたが「どうぞこちらへ」と案内されたのがグラスが眩しい奥のスペース。

 

広いんだ。

このお店はよく「本日は貸し切り」という札がかかっています。

ちょっとしたパーティーにはお洒落だし、その割にリーズナブルだしするから人気なのでしょう。

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じゃあね、今日はクロックムッシュ・・・・と思ったら、

本日は特製カレーがあるとのこと。

方針転換。

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サラダもまたたっぷり

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バターを少量まぶしてあるライスに、牛すじカレーですよ。

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スパイスが効いているのか、、、と思ったら、案外普通かな?

私にはちょっと塩が立ってるような、、、「辛い」よりも「ちょっとショッパイ」という感じ。

ルー少な目、ライス大目と思いましたが、このバランスが丁度よい。

 

食べ終わるちょっと前に、「すーみーません」とウェイターさんが何を運んできました。

熱々のコーンスープです。

ランチにはサラダ・スープ・飲み物付きだったのを忘れてたけど、お店の人も忘れてたんだ  (*´∀`*)

猫舌だもので、急いで飲もうと思ったのですが無理な熱さ。

凄く熱かったですけど、美味しいスープで、

これからにゃんこの集会場に行くのに、体がポカポカに温まって助かります。

さあ、とんとん、ミーシャ、さつま、グレさん、マダグロさん、

みんな待ってておくれよ、スープ飲んだら行くからね。

『青梅雨』 著:永井龍男

f:id:garadanikki:20171202123423j:plainこの作品は、

「藤沢在住の太田千三、その妻-ひで、千三ひで夫婦の養女-春枝、ひでの実姉-ゆきが自宅で一家心中」という新聞記事から始まり、結末も新聞記事で締めくくられています。

 

読み手は既に主人公がこの世の者ではないところを知り、物語を読み始めます。

 

本文は、服毒自殺を決意した4人の中年男女が静かに死を迎える一日が描かれているのですが、その静けさがなんとも印象的でした。 

夫と妻、妻と姉、養女と義母の会話が優しくて切なくて健気で心にしみました。

事業の失敗、生活苦、病苦など家族が抱える山ほどの苦悩は今はなく、

最後の日は、穏やかな語らいや思いやりのある言葉に満ちています。

家族のそんな様子を見せられれば見せられるほど、身につまされる思いになりました。

 

「話の展開をテレコにする」

永井さんは度々こういった手法で読み手を翻弄します。

術中にまんまとはまった読者は、ドキドキさせられたり、しんみり読ませられたりと、作者の意のままの形に「読まされて」しまうのです。

 

舞台は大好きな鎌倉

いえ正確には違いました、藤沢駅から2駅の「柳小路」が舞台。

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青梅雨は、梅雨の異称の一つ

青梅雨というのは、

梅雨前にたっぷりと陽を浴びはつらつとした樹木が、梅雨を迎え葉の色を濃くし、

その葉に降る雨を指す言葉だそうです。

天から降る雨と、木の葉の上で一呼吸分溜まった雨粒があるということを気づかせてくれる言葉なんだとか。

※ 参考資料 【青梅雨】(あおつゆ) 

 

なるほど。

鎌倉に住む永井さんは、鎌倉の谷 ( やつ ) を見て、青梅雨を使っていたのでしょうか。

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本文の雨の描写が見事でした

青葉若葉の茂みに、処々外灯が点っている。そういう細い道を幾間借りかして、千三は一番奥の家へ戻った。

闇と雨気を存分に吸い込んだ重さで、門の脇のくぐり戸まできしんでいるような住居 ( すまい ) だった。それに、もうずいぶん長く、植木屋も入っていない。

くぐり戸のねじ鍵を締めながら、千三は外灯を見上げて、しばらくぬか雨に顔を濡らした。今年伸びた竹の細枝が、千三の行く手を半分さえぎって垂れていた。

 

最後にこんな文章がありました。

マスコミに対する苦言を呈したものなのか。。。

長年、本の作り手をしていた作者らしい一節に、クスリとしてしまいました。 

検死に立ち会った ( 第一発見者で親戚の ) 梅本貞吉は、

「親類といっても、直接血のつながりはありません。私の父親が、十年ばかり前にこの家を世話しました。春枝という養女は、ここの小母が肺を患って、東京の病院へ入院した時の看護婦で、それが縁で養女にしたそうです。

睡眠薬は春枝が集めたものでしょうが、ここの主人と肉体的な関係があったかどうか、その辺のことは私は知りません」と、語っている。

肉体的関係云々の個所は、新聞記者側の質問に応じて云ったものであろう。

質問と応答を一連にして記事にするのは、このごろの新聞の悪い習慣である。

 

新宿 鼎 ( かなえ )

f:id:garadanikki:20171203003237j:plain10年ほど使ったビルトインコンロが壊れました。

修理を繰り返し、だましだまし使ってきたものの今回ばかりはダメみたいで。

修理の人曰く「直すより買う方が安いです」

ありますでしょう、10年超えるとこう言われること。

 

一週間ほど右側の大きいコンロと奥の小さいコンロだけで煮炊きをしていましたが、おせちを作る前に買い換えることにしました。

料理をしていて、いかに三つのコンロを駆使していたことを実感しました。

新宿にコンロを買いに行き、いい感じのコンロがあったので即決。さあ帰ろうという段にMOURI が言いました。

 

「遅くなったから飯食っていこうか」

(*・ω・)(*-ω-)(*・ω・)(*-ω-)ウンウン♪ 断るものですか。

 

f:id:garadanikki:20171203003231j:plain「鼎」は新宿三丁目にある名店です。

名前は聞いていましたが、私は初め入る店。

お酒も多種多様、料理も美味しい居酒屋だそうです。

期待を膨らませ階段を下ります。

 

口明けの店内。

しばらくすると満席になるんですって。

壁には日本中の選りすぐりの銘酒と、冬のおススメ料理が貼りだされています。

さあ、なんにしよっ。

 

ふぐと芽葱の柚子味噌

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これはウマイ!!!

MOURI も私もふぐの刺身が美味しいというのがわからない人間です。

好物の人が言うでしょう?

「大皿のふぐ刺しを一枚一枚じゃなくて、いつか箸でずずずすーーっと4~5枚すくって食べてみたい」

わかるようなわからぬようなでしたが、もしかしてこういうことじゃない?

皿の絵柄が透けて見えるほど薄く切るふぐ刺しよりも、少し厚めに切った方が美味しいんじゃないかと。

違うかしら。

ふぐ刺しはともかく。この料理の食感は最高です。

天にも昇るほどの食感。

こればかりは家で食べられるものではなし、真似して芽葱を包むなら鯛でしょうか。

とにかく。

芽葱を噛むと口の中でちょっとズレる感じが、刺身の食感と合わさって面白いのです。

「絶対にもう一度食べたい」 そう思える最高の一品でした。

 

 

特選 馬刺し ( 赤身ロースとヒレ ) 

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こんなに新鮮な馬肉はそうはない。本当に美味しい馬肉です。

 

地方に行って、その土地土地の名物を食べます。例えば馬肉。

でも一番美味しいところは東京に行ってしまうとよく聞きます。

ここでこうして食べられる馬肉もそういうことなのかと驚きました。

 

 

京芋の蟹あんかけ

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京芋の上に蟹のあんかけがとろりとかかっていて、海苔と小葱と粉ガツオがトッピング。

あんかけは上品な鰹出汁。

実は最初、粉ガツオはお洒落じゃないなと ( 密かに ) 感じたんです。

ところが間違いでした。

あんかけの鰹出汁に粉ガツオが、追いがつおの効果を出している。

こういうやり方もあるのかと、とても勉強になりました。

 

お酒は島根の李白。

京芋のちょっとゴリっとしたところもまた良し。

李白は何と合わせても美味しいお酒です。

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生蛸アンチョビ炒め

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生というだけあって、クニャッと弾力もあります。

でもとても柔らかくて、炒めた蛸よりアンチョビには合うことがわかりました。

これも目から鱗の大発見。

 

最後に頼んだカキフライは写真を撮りそびれました。

うわー! 全部美味しかった。

東京に居ながらにして、各地の料理と地酒を堪能できて、何だか旅行に来たみたいです。

本当に幸せな週末でした。

鼎 (かなえ)
〒:新宿区新宿3-12-12
TEL:050-3467-1376
定休日:無休
営業時間:月~土 17:00~24:00
日・祝日 16:30~23:00

以下はメニューです⤵

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『杉林そのほか』 著:永井龍男

f:id:garadanikki:20171202123421j:plain「杉林そのほか」は短編小説ではなく、

永井さんご自身の身の回りのことを書いた随筆と思われます。

 

永井さんの住んでいらした鎌倉のお宅のご様子や、

2人のお嬢さん (朝子さんと頼子さん) が結婚された時のこと。

娘たちが嫁いで奥様 (悦子さん)と二人になった頃のこと。

そして、同年輩の新聞社に勤めていた友人の死に際し、

永井さんがおくった弔辞が最後につづられているのですが、

そのひとつひとつがとても温かく胸をうつものでした。

特に最後の弔辞には涙が止まらないほど感動しました。

 

下の写真は、鎌倉在住の養老センセイのお宅と愛猫まるちゃんです。

「杉林そのほか」を読んで、こんな鎌倉の風景を連想してしまいました。

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娘さんがお嫁に行く最後の晩の言葉がすてきでした。

「長い間、ほんとにありがとうございました」

と、上の娘は型通りな言葉に、懸命に、気持ちを籠めようとするので、

「どうも、なんのおかまいも致しませんで」

と、私は、とぼけた応答をした。

上の娘の眼がしらは光っているようだったが、それでみんな笑った。

 

 

長女が嫁いで、淋しそうな奥さまを察して、、、

妻は (中略) ぼんやりどこかを見詰めていた。

そんな横顔を、私に何度も見られていることすら、妻は気づかずに過ごす。

ある日私が、冗談めかして、しかし思い切って云ってみた。

「大阪へ行きたいな?」

すると妻は、とたんに涙をこぼした。

とても大粒の涙を、こしらえ物のようにつづけざままに落とし、それから、

「・・・へへ」

と、辛うじて笑いを声に出した。

 

これは、どうしても直接手に取って読んでみてもらいたいので割愛したのが、お友達への弔辞です。

本当に何度読んでも泣いてしまいました。

こんな温かい弔辞をいただいたご家族はたまらなかっただろうと思います。

永井さんは「剃刀のようだった」とか「怖い人だった」というお話がありますが、

道理の通らないことや、自分のセンスから大きく外れる物事以外には、

案外優しかったのではないかと、この作品を読んで感じました。

丁度、怒りん坊で知られる志賀直哉さんと同じような温かい眼差しを持った。 

 

 

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