garadanikki

日々のことつれづれ 駄目駄目さんのガラクタ日記

三浦一族について

 

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図書館から借りてきて読んでいたのは、三浦一族に関する本です。
昨年暮、荒崎に行った時に見た看板が気になって、“荒崎の居城は誰が住んでいたのか”を、ずっと調べていたの。別段どうってことない話なのに、気になり始めると駄目でねぇ。

 

だから思いっきし備忘録

三浦一族は、頼朝が鎌倉幕府を作る時に、その中心になって活躍した人たちなんだけど、これが一人一人個性的で面白い。

f:id:garadanikki:20150120112847j:plain三浦一族の総帥で89歳の義明じいちゃんは、平家側の畠山一族の軍勢に城攻めに遭うんだけど、もう駄目だという時に「犬死にするな、逃げろ」と言う。でも自分だけは残ると息子たちを困らせる。息子たちは父親の言いつけをきいて、泣く泣く逃げるんだけど、義明じいちゃんは城に残って自害する。だけど。実はこの城攻めは、孫の和田義茂の勘違いが原因なんです。義茂は一族と別行動で杉本城を守ってました。

そもそも畠山重忠と三浦一族は姻戚の仲。立場上は敵ながら、適当に話し合いがついていたらしく、しいて鉾先を交えずに三浦は本拠に戻り、畠山はそれを追尾する形で、一応帰国を見届けて去る、ということになっていた。


ところが、杉本城で監視していた義茂の目にはそうは見えなかった。
――三浦一族は、畠山に追われて逃げてきた。
と思い込み、
――これは一族の一大事!
とばかり、事情も確かめず、由比ヶ浜まで重忠勢めがめて、わっ、とばかり突撃する。
不意をうたれた重忠側は手負いを多数出して逆上した。
――さては三浦め、謀ったな!
永井路子著『相模のもののふたち』より抜粋


これがキッカケで、衝突しないハズだった三浦勢と畠山勢が衝突。
孫の早飲み込みでのせいで、じいちゃんが討ち死にしてしまう。
当時の武士団は本当にワイルドなんだよね。調べていくと、こういう話はいくらでもある。大体、争ってるAとBは親戚だったりのはよくある話。

しかしやっかいなのが、人の名前。
例えば三浦一族は、じいちゃんが三浦義明で、跡継ぎは三浦義澄なんだけど、それ以外の庶子は全部名前が違う。さっきの孫は和田だし、義明じいちゃんの息子たちも、跡継ぎ義澄以外は、大多和・多々良・長井・杜・佐原と全部が違う姓。これは三浦半島の各地を子供たちに統治させる際、その地名を姓にしているからです。最初は、資料を何回も読み直して、頭にたたきこまないと飲み込めないことや、見過ごしてしまうことばかりでした。

あの人も面白い、この人も魅力的と、範囲が広がりがちのところを、ぐっと我慢しておかないと、収集がつかなくなることもある。

「系図を作っていかないとわからなくなるぞ」と思って、 源義朝の系図(妻と子) を作ってみたりして…。

「うん、よく出来た。今度は、義明じいちゃんとその家族の系図を作ろう」と、ペイントで作っていたんだけど、慣れないソフトだったので、3時間作ったものを最後の操作ミスで無に帰してしまいました。
今日は、もう立ち直れない。
そろそろ、MOURIが帰ってくる時間だし今日はおしまい。
鍋でも作って、一杯飲んで、はよ寝ます。