原田宗則 著『スメル男』を読了
図書館から借りて来た初版発行 ( 1989年4月20日 ) で読んだ。
1989年というと平成元年、35年も前の本で、著者が30歳の時に書いた作品。
小口の部分が薄茶けてきていて、古書の趣を感じさせる本。
背表紙の底も擦り切れている。
いったい何人の人が手にとって本なのだろう。。。
原田宗則さんの本を読もうと思ったのは、妹のマハさんの本を読み始めたのがキッカケで、
最初に手に取ったのが「スバラ式世界」だった。
肌に合わないかも
原田宗則さんのエッセイは正直いうと肌に合わなかった。
多くの書評に「軽妙な文体のエッセイに爆笑」とあるが、青年期の赤っ恥ネタを披露されても、そのノリについていけなかった。MOURI に「30代で書いたものだからさ。その歳の男なんてガキんちょだから、そこんところヨロシクで勘弁してあげてよ」と言われた。
確かに
ただ単純に、私の今の年齢でついていけなかっただけの話、私の順応性に問題があった。
ひとりの作家を最低三冊は読む
一冊読んで合わなければ普通はやめるだろうが、私は最低三冊は読むと決めている。
最初に読んだ本がダメでも、皆が面白いというなら絶対に魅力がある、三冊読んで合わなければそれでよしと思っている。
ということで、二冊目に読んだのが ( エッセーではなく ) 小説『スメル男』だった。
スメル男
岡山から上京して東京の大学に通うぼく・武井武留は、母親を亡くした喪失感のためか、無嗅覚症になっていた。東大で作物の研究をしている親友・六川が、ぼくのために「臭い」の研究もしてくれるが研究所で事故死する。悲嘆にくれていると六川の恋人だったというマリノレイコが現れ、六川からぼく宛の荷物だと言ってシャーレを持ってきてくれる。
マリノレイコによるとチーズの匂いがするというシャーベット状の中身に触ったときからぼくの身に異変が起こり始める。最初は犬が騒ぎ出し、次にはぼくの臭いを嗅いだ人がみんな嘔吐。住んでいるマンションに警察が調べに来たり、ついには東京都内を巻き込む異臭騒ぎにまでなってしまう。
解決の糸口が見つからないまま、こんどは謎の組織に狙われることになり、なぜか味方になってくれた天才少年たちやマリノレイコといっしょの逃亡劇に!
実に面白い! 一冊でやめなくて良かったと思った。
キャラクターがたっているところがいい。
特に亡くなった親友の恋人だったというマリノレイコとの出会いの部分が良い。
彼女はとびっきりの美人だが、話のまわりくどさが半端なくて、亡くなった六川が自分の部屋に忘れていったというシャーレの説明に、ぼくは辟易する。
ぼくは二人の会話がかみ合わないことに苛々し始めた。六川の奴、よくこんな回りくどい女と長く付き合ったな。もっともあいつには何人も彼女がいたから、こういう風変わりなのが一人くらい混じっていても面白いと思ったのかも知れないけど。インテリの好みというのは、まったく理解に苦しむな。
そんなふうに僕が考えている間も、マリノレイコは延々と喋り続けている。どこか話が途切れたところでシャーレの件を切り出そうと待ち構えているのだが、全然きっかけがつかめない。仕方なく耳を傾けてみると、どうやら彼女は六川とのなれそめを語っているらしい、大学一年の春に、彼女の通う短大と六川の東大が合コンを催してその時に云々・・・という内容だ。六川の思い出を聞くのはぼくにとって嬉しいことなのだが、なにしろ「朝起きて顔を洗って歯を磨いて」から話のだから始末に負えない。
p.42
「びっくりしてしまいましたわ。私って方向オンチでしょう。だからよく部屋とか間違えてしまうんですのよ」
マリノレイコの口調は、吉田修一さんの『横道世之介』に出てくる祥子ちゃんを思い出させる。
昨日観た『無能の鷹』の、すっとぼけキャラクター を演じる菜々緒さんも頭に浮かぶ。
マリノレイコという女性と、嗅覚を亡くした男の青春物語かと思っていたが、
物語は途中から思いがけない方向に展開する。
死んだ六川が勤めていた研究所が、なにやら悪いことをしていたようで、主人公のぼくは、そこの人間から付け狙われる。
ぼくが、シャーレに入っている菌のようなものを触ったことから、東京中に悪臭をもたらす体になってしまい、研究所 ( 秘密結社 ) は、被験者として拉致しようとする。
そこに「日本天才アカデミー」の ふたりの天才少年が現れて、窮地を救う。
物語は、ふたりの少年が登場したあたりから盛り上がっていく。
私はこの荒唐無稽なエンタメ劇の、天才少年のひとり「マキジャク」にくぎづけになってしまった。
マキジャクという少年の話
主人公のぼくが、ナルヒトという天才少年から、マキジャクを紹介されるシーンで、
私は不思議な気分に陥った。まさにデジャブー。
その部分、読んでみていただけないでしょうか。
「マキジャク、挨拶しろよ」
ナルヒトがそう言うと、マキジャクと呼ばれた火星人風少年は無言のまま近づいてきた。
疑い深そうな目でぼくを見上げ、ポケットからステンレス製の巻き尺を取り出す。
そして人間業とは思えない仕草でぼくのウエストやバスト、脚の長さなどを測り始めた。まるでビデオの早回しを見ているような具合だ。
マキジャクはぼくの身体のあらゆるサイズを一瞬の内に測り終えると、何事か呟きながらキーボードに向かった。そして何かに憑かれたようにインプットし始めた。部屋の入口に茫然とたちつくしたままナルヒトの方を見ると、
「これがマキジャクの挨拶なんだよ」
彼は愉快そうに言い、折り畳み式の椅子を出してきてぼくに勧めた。
「さて。君がこれから質問すると予想される事柄について、あらかじめ答えようかな」
「そそそそ・・・」
「まず“ここは一体何だ? お前らは誰だ?”という質問からだな。」
~中略~
OK、じゃあついでだから先にマキジャクの話をしようか。
彼の頭の良さは回転の速さや応用力もさることながら、桁外れの記憶力に負うところが大きい。普通人間の脳というものは、全能力の一部分しか使われていないと言うだろう。しかしマキジャクはそれを百パーセント使っているんだと思う。
~中略~
一度記憶したことは絶対に忘れない。記憶した時点とまったく同じ状態で反芻できるらしいんだ。分かるかい?ようするに目をつぶって思い出せば、体験した時そのままの状態で、脳裏に甦ってくるんだよ。
君はそうやって感心するけど、よく考えてみてくれ。これは恐ろしい能力だと思わないか?
~中略~
マキジャクは忘れられないんだ。すべてを記憶してしまう。そしてちょっとでも気を抜けば、もう一度体験しているかのような鮮明さで思い出してしまう。これはもう拷問に等しいよ。特に彼の場合、まだ若いのに辛い思い出ばかりらしくてね。そう、ロクなことがなかったんだ。
~中略~
あいつさ、まだ幼稚園の時分に母親に殺されかけたんだよ。どうやら無理心中だったらしいな。母親の方は睡眠薬を二百錠もバリバリ食ってさ、それからマキジャクの首を絞め始めたんだよ。おっかねえよなあ。マキジャクは必死で抵抗してさ、
~中略~
ほら、あいつの首筋のところを見てみなよ。両側に五つずつ、小さな痣があるだろう。母親の爪が食い込んだ時にできた傷の痕さ。なう、そういう思いでっていうのは、忘れなきゃいけないことだろう?忘れなきゃ生きていけないよな。
ところがあいつは記憶しているんだ。ちょっとでも気を抜くと、自分の首を絞める母親の形相やその時味わった恐怖感が、ものすごい鮮明さで甦っってくるらしいんだな。
だからあいつはああやって、いつも巻き尺を持ち歩いてさ、そこらじゅうにある物のサイズを測っては記憶しているんだよ。ようするに頭の中を意味のない数字でいっぱいにしておかないと、嫌な思い出が過去から襲い掛かってくるのさ。
p.152
この話、どこかで読んだことがある。
私はこの「マキジャク」の話を、昔、漫画で読んだ記憶があった。
随分前、小学生の頃だと思うので、誰の、何という作品だかどうしても思い出せない。
しかし、しっかりとその絵が脳に焼き付いているのだ。
マキジャクのような子供がぶつぶつ言いながら、その漫画の主人公に近づき、
メジャーを取り出して主人公のサイズを測りだす。
そんなことをした理由も、まさにこの本に書かれた通りだった。
《記憶力が良い》といえば誰もが羨ましく思うことだけれど、
漫画には、その記憶力が良いことの悲劇が描かれていた。
夢なのかも知れない。
風邪っぴきでうつらうつらとしながら読んでいたからかも知れない。
だが、子どもの頃にそんな漫画を読んだ記憶があり、鮮明にその絵が思い出されたのだ。
手塚治虫さんか、もしくは石ノ森章太郎さんか、そのあたりの漫画家の作品。
もしかしたらサイボーグ009かも知れない。
※ 皆さまの中で、サイボーグ009に詳しい方がいらしたら、
こんなエピソードがあったりしたら、教えていただけないでしょうか。
夢かうつつかわかりません
仮にそんなシーンがあるとしたら、作者の「マキジャク少年」はオマージュかも知れないし、無ければ私の夢物語。
とにかく不思議な気分のまま、この作品にのめりこみ堪能した次第です。
本日の昼ごはん
ピラフが食べたい! と目覚めた朝で、にんじん・たまねぎ・ピーマン・グリーンピース・ウィンナーを細かく切って、炒めて、ひたひたの顆粒スープで煮て、ご飯を投入して出来たのがコチラ。
バターとコンソメ風味の強い、ちょっとシットリめのピラフになりました。
本日の夜ごはん
風邪っぽいので『スメル男』を読みながら日中はウトウト。
夜はありあわせでこんな感じのご飯
一昨日、購入して冷蔵庫にあった焼き鳥