Garadanikki

日々のことつれづれ Marcoのがらくた日記

「メリイクリスマス」 を読む

 

太宰治の「メリイクリスマス」を昭和28年5月号の「文藝」で読みました。

この雑誌は、里見弴さんの短編「夜櫻」が読みたくて入手したもの。

f:id:garadanikki:20160228113757j:plain

昭和28年5月号「文藝」

f:id:garadanikki:20160228113756j:plain

特集が「東京」の小説

東京にまつわる作家の作品を集めた巻でした。

 

各々の作品の上に、赤坂とか、下谷とか、その作品の舞台となった場所が書かれています。

川端康成の「寝顔」は浅草。

浅草紅団でも有名なように、川端さんと踊子が登場する作品でした。

f:id:garadanikki:20160228113758j:plain

 

太宰治の ( 東京郊外 ) 「メリイクリスマス」に大変惹かれました。

人間の哀しさと、ほのかな愛情がただよう話で、心に浸み込んでいきました。

こういうお洒落なものを書くんですね、太宰治さんは。私、詳しくないの。

 

物語は、戦災で青森の実家に帰っていた主人公が1年3ヵ月ぶりに妻子を連れ、

東京に舞い戻った所から始まります。

久し振りの東京は、よくも無いし、悪くも無いし、この都会の性格は何も変わっておりません。

主人公 -笠井 ( 太宰 ) の目に東京はこう映りました。

実際の太宰が落着いたのは三鷹、でしたっけ?

落ち着き先の東京郊外のある映画館、とありますから、恐らくは三鷹あたりのことでしょうけれども、

映画を観たあとにぶらっと入った本屋で、ある女の人に遭遇します。

緑色の帽子をかぶり、帽子の紐を顎で結び、真赤なレインコートを着ている。見る見るそのひとは若くなって、まるで十二、三の少女になり、私の思い出の中の或る影像とぴったり重なって来た。

「シズエ子ちゃん。」

 

シズエ子ちゃんは、昔世話になった女性の娘です。

シズエ子ちゃんの母親は、大金持ちの夫と別れた後、娘と2人アパート暮らしをしていたんですが、

笠井はその女性 ( 母親 ) のもとに訪ねては、遅くまで酒を飲んで大いに語ったのだそうです。

シズエ子ちゃんに笠井が聞きます。

「お母さんに変りはないかね。」

「ええ。」

笠井は、シズエ子ちゃんのアパートに行き、母親を引っ張り出して、どこかその辺の料理屋で大いに飲もうと誘います。シズエ子ちゃんが次第に元気がなくなるように見えました。

私は自惚れた。

母に嫉妬するという事も、あるに違いない。

母親の話をするとシズエ子ちゃんがふさぎ込む。これは自分のことを恋しているからなのかもしれない。笠井はそんな風に思いました。

笠井はシズエ子ちゃんの案内に任せて、彼女たちのアパートに向かいますが。。。

 

・・・と、この辺にしておきましょうか。

「メリイクリスマス」は、シズエ子ちゃんと連れだってアパートに向かう道すがらの様子をつづった短編です。主人公の心の変化が大変丁寧に読み取れ、静かな感動が味わえました。

 

「メリイクリスマス」で一番好きな文章がこれかしら。

その人は、私が遊びに行くと、いつでもその時の私の身の上にぴったり合った話をした。

主人公にとって、シズエ子ちゃんの母親はプラトニックな人なんですね。

彼はその人のことを「唯一のひと」と言います。

  1. 綺麗好きな事である。外出から帰ると必ず玄関で手と足とを洗う。落ちぶれたといっても、さすがに、きちんとした二部屋のアパートにいたが、いつも隅々まで拭き掃除が行きとどき、殊にも台所の器具は清潔であった。
  2. そのひとは少しも私に惚れていない事であった。そうして私もまた、少しもそのひとに惚れていないのである。(中略) 私がみたところでは、そのひとは、やはり別れた夫を愛していっていた。
  3. そのひとが私の身の上に敏感な事であった。私がこの世の事がすべてつまらなくて、たまらなくなっていた時に、ころ頃おさかんのようですね、などといわれるのは味気ないものである。そのひとは、私が遊びに行くと、いつでもその時の私の身の上にぴったり合った話をした。
  4. そのひとのアパートには、いつも酒が豊富にあった事である。私は別に自分を吝嗇だとも思っていないが、しかし、どこの酒場にも借金が溜まって憂鬱な時には、いきおいただで飲ませるところへ足が向くのである。戦争が永くつづいて、日本にだんだん酒が乏しくなっても、そのひとのアパートを訪ねると、必ず何か飲み物があった。私はそのひとのお嬢さんにつまらぬ物をお土産として持って行って、そうして、泥酔するまで飲んで来るのである。

 

なるほど、唯一のひととなりえる4つの事柄、いいじゃないですか。

特に3つ目の「いつでもその時の私の身の上にぴったり合った話をする」は、素敵なことじゃないですか「相手の様子を敏感にキャッチする」こんな風になれたらいいと思います。以上4つ、私も心掛けるようにしよう。

 

この作品を読んで、急に「ジェニーの肖像」をまた読みたくなりました。

「ジェニーの肖像」は、主人公の現在の鬱屈した状況が、ふと出会った少女とのふれあい内にどんどん開けてくる話なんですが、逢うたびに少女がどんどん大人になっていくというファンタジーなんです。

「メリイクリスマス」と「ジェニーの肖像」を結びつけるのも違うでしょうね、

ただ私の中で勝手に関連づけただけです。

男性が少女の成長をまぶしく思う気持ちってところが共通点かしら。

女性にはそういう発想ってあまりないんじゃないかと思うんです。

小さい時を知ってる少年が次第に大きくなっていくのを見て、眩しく思い恋に変るって心境。

だから、疑似体験ですかな。「ジェニーの肖像」のようなお話しは。

 

あっ、だからといって「下を読んで下さい」というワケではありませぬ。

先日マクルーバの記事をご覧いただいた  とにほさんが「『マクルーバって何ぞや?』と検索したら、結局このGARADANIKKIに舞い戻ってしまった」というお話だったので、そういうこともあったら申し訳ないと、とりあえず、添付したまで (笑) す。

 

それよりもコチラ。

もしお時間があったら「メリイクリスマス」読んでみてください。

↓ ↓ ↓ 青空文庫に掲載されています。

太宰治 メリイクリスマス