garadanikki

日々のことつれづれ 駄目駄目さんのガラクタ日記

「中野のおとうさん」を読了

 

先日「よんばば つれづれ」のよんばばさんが紹介されていて、

『ビブリア古書堂』シリーズもそうだけれど、本を取り巻く界隈を舞台にした物語は、もうそれだけでも本好きにとっては心が弾む。

というコメントにぐぐぐっ心がわし掴みにされて読みたくなりました。

 

 

中野のおとうさん

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出版会社に勤める田川美希と、彼女のお父さんのお話です。

タイトルは、主人公―美希の実家が中野にあるという意味でした。

美希は両親が住む中野の実家を出て一人暮らしをしているんだけれど、

本や出版について疑問や謎を抱えるとお父さんに相談するために帰宅するんです。

お父さんの手にかかると、謎だったものがスルスルと解けていく。

 

お父さんが解決した謎は全部で8つ。

「夢の風車」「幻の追伸」「鏡の世界」「闇の吉原」「冬の走者」「謎の献本」「茶の痕跡」「数の魔術」と面白いお話が展開していきます。

 

ミステリーですから、いつものようにあらすじ書いたり、引用しすぎたら、とんでもないことになる。

だから寸止め。

これでも駄目かなあ。やっぱり怒られる?

念のため、これから読もうと思っている方は、この下のピース君から次のピース君までの間は読まないで貰った方が。。。いい。。かも。。。

どのみち、私の備忘録的内容だからです。

 

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【夢の風車】

美希の勤める「文宝出版」では文宝推理新人賞の選考会が行われていました。

美希は、予選を通過した「夢の風車」という作品の担当となったのですが、

最終選考に残った旨を作者に連絡したところ、思いもよらぬ返事が返ってきた。

「―応募していませんよ、わたしは」

 

【幻の追伸】

f:id:garadanikki:20160318111202j:plain美希が次に配属された「小説文宝」編集部では、「作家の手紙お値段番付」という企画を考えた。歴史ある古書店主に聞いて、市場で動いた手紙の中で、どういうものが話題になり、高価だったかをまとめる。というものだった。
取材の為に訪問した古書店の店主に、作家の奇妙な遺品についての話を聞く。
「蜂川光起の遺品の中に《これは、どうしたものか》と思うものがあったんです」

若森瑠璃子なら、蜂川が可愛がっていた作家である、書簡のやりとりをしていたことも知られている。そんな手紙の一枚があっても不思議はない。ところが。
「若森瑠璃子からの手紙なんですが、これが原稿用紙に書かれていて、ちょっと変わっているんです」

ここで美希が言うんですよ、こんなことを。。。
「あの、おかしなこと、いい出すとお思いでしょうけど―わたしには、父がいるんです。
 定年間際のお腹の出たおじさんで、家にいるのを見ると、そりゃあもう、パンダみたいにごろごろしている、ただの《オヤジ》なんですけど―
 謎をレンジに入れてボタンを押したら、たちまち答えが出たみたいで、本当にびっくりしたんです。
 お願いです。このこと―父にだけ、話してみてもいいでしょうか。」 

【鏡の世界】

ニューヨークでの取材、しばらく仕事から遠ざかっていたハリウッド女優のインタビューをすることになった。取材はいい感じで終わったのだが、撮影された写真を見た女優からNGが出た。

そんな中、カメラマンのとった秘策とは。。。

 

加賀山京介という作家は、亡くなって十年以上も経つのに、まだ熱心な読者のいる作家。小説やエッセーだけでなく、軽井沢の植物をスケッチした画集も数冊出していた。その加賀山の、未発表な画帳が出て来た。

文宝出版では、グラビアで発表することになり、美希とカメラマンが加賀山の遺族の元に向かう。撮影は快調に終わるのだが、デジタルデータを見たお父さんは「この写真、何だかおかしいぞ」と言うのです。

 

【闇の吉原】

「文宝小説」で「歌う落語家に聞く」という企画がたてられた。

落語好きのミステリ作家小池先生と、歌謡曲好きの若手落語家の対談を担当することになった美希。

対談は無事終了、雑談に入ると「文七元結」の中に出て来る「闇の夜は吉原ばかり月夜かな」という句の解釈についての興味深い話が出た。

この句は、切り方の違いでふた通りの解釈になるのだという。

「昔から、よくいうでしょう。例えば《シンダイシャ、タノム》と《シンダ、イシャ、タノム》」

「どこで切るかで意味が変わる。電車の《寝台車、頼む》と、びっくり仰天《死んだ、医者、頼む》」

 

【冬の走者】

作家の塩谷一刀先生は、現在マラソンに夢中。

編集長と美希たちは先生と一緒に市民マラソンに参加することになった。

マラソンが行われるのは、編集長の実家があるF市で、今は編集長の姉夫婦が暮らしている。美希はそこに一泊させていただくことになったのだが、、、

編集長と姪っ子のサンタさんはいるか論争に、美希はどんなリアクションをしていいか、ちょっとタジタジ。

 

【謎の献本】 

「田岡先生からのサイン本、ないんですよ。大切なものは引き出しにしまってあるんでそこにある筈なんです。」

「あらら」

「ただの本じゃない。署名があって、わたしの名前が書いてある。なくすわけにはいきませんよ」

「誰かが借りて、どこかに紛れて、古本屋にでも出たら大変だわね。《文宝出版の田川は、担当する先生のサイン本をウリに出したぞ》という」

 

【茶の痕跡】

美希の会社でも雑誌の定期購読があって、そういう方々からお便りも届く。開けて読むのは美希の役目。その中に手描きのお便りがあり、とびぬけていたのは大正の生まれの方がいた。購読を50年も続けていらっしゃるそうだ。しかもその方は戦前に配達員として本を村々に届けていたという。

編集長は美希にその老人の取材をいいつけた。

亀山太四郎というその老人は茨城に住んでいた。

彼は昭和ひとけたの、配達員として定期購読の雑誌を届けていた頃の話をしてくれた。「まあ、そんなわけで、わたしは殺人事件の現場にも行き合わせることになったわけです」

美希は、思わず飲みかけたお茶にむせそうになった。

 

【数の魔術】

美希の後輩トラちゃんが面白い話を記事にした。

宝くじおばさん。

地元の人気売り場に並んでいたおばさんと話してみたら、もう三十年も、そこで買い続けているという。トラちゃんは、それをうまくまとめた。

学生時代から始めて、就職してからはずっと三十枚ずつ買っているという。

勿論、五十枚だって買う人は買う。しかし、おばさんの場合はキャリアが違う。継続は力なり。統計では大変な量になる。紙面が絵として面白くなったのは、最初から、ひとつのデザインにつき一枚ずつ、取ってあったこと。それだけ続けば、人生の節目節目の、色々な出来事と宝くじが繋がり、内容のある記事になる。個人史であり世相史でもある。

ところが雑誌が発売してしばらくして、《宝くじおばさんが襲われる》という事件になった。《おばさん》のところに行けば、当たりくじがある。宝の山―と錯覚した間抜けな泥棒がいたものだ。

美希はその話を父親にする。

「―それだ」

「え」

「空くじが宝くじだ」

 

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以上、どれもスラスラ読めてしまえるお話しでした。

ミステリーとしては、じっくりと謎解きをするという程、手の込んだ深いものではありません。

むしろこの本の愉しさは、

美希と編集部の人間が交わす会話にある《雑誌の世界のあるある的な話》だったり、お父さんや作家の会話にある《本にまつわるトリビア的な話》だったりします。

 

例えば。

≪円本について≫

最初に改造社が始めた円本という全集で、最初に予約金を一円改造社に送る。第一回の本が送られて来たら、一円送る。第二回が来たらまた―という風に繋がっていくから、最後まで続けないと損だということになる。

一円は現在の2,000円から3,000円にあたる。当時の本は普通それより高かった。何円も出すのはつらい。難しい。しかし、昔の人は文化に対する欲求があった。そこに一冊一円で、各作家の代表産が揃う―となれば。。。企画は見事大当たり。五十万人が申し込んだ大ヒットとなった。

 

まるさん所有 春陽堂の円本、明治大正文學全集

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改造社の円本と競走するくらい売れたもの。

所蔵は花袋。

函の印刷が曲がっていますね。それはご愛嬌。

本自体は大変美品で、字ずらも美しく、読みやすい。持った感じもよくて、大好きな一冊です。

 

≪作家の書簡≫

大好きな作家の書簡を手に入れたいという気持ちも解らなくはない。

だが、書簡というのはもともとは私信です。それが出回ることに対して私は複雑な思いがします。

本書も、そのことに触れています。こんな風に。。。

書簡というのはもともと私信。その値をあれこれいうのははしたない。。

店主はいいます。

「手紙は受取人のところにあります。中には、貴重な時代の証言となるものもある。全集が出る時などに、持主が資料提供してくれるといいのです。さもないと埋もれてしまう。―生前に処分される例もあるが、一番危ないのは、持っている方がお亡くなりになった時です。ご遺族に理解がないと、ゴミ扱いです。ごそっと捨てられてします」

「値打ちの分かる古書店に預けてくれるといいわけですね」

「そうですねえ。まあ、我々の儲けにもなるわけですが、・・・文化遺産が消えるのは残念です。焼かれたりしたら、取り返しがつかない。手紙の切れ端から、意外な作品理解のヒントが得られたりもする・・・」

  

 ≪編集者の異動≫

編集社は社内の異動も頻繁なようです。ファッション雑誌の編集部から、文芸担当になることもあったり、異動の歳は、荷物を段ボール箱につめて運ぶんだそうで、ほらアメリカ映画にも出て来ますねぇ、段ボールに私物をつめて、かかえてるシーン。(笑)

 机は社内共通のスチール製、億劫がりの人間が必ず考えることがある。

―同じ机なんだ。引き出しは抜いてそのまま、新しいところに入れればオッケーじゃないか?

 

 ところがどっこい、引き出しにも微妙に個性がある。0.何ミリなのかも知れないが、食い違う。わずかの差が、線よりも面、面よりも立体では、より問題になる。

 ひょっとしたら、使われる間に生じたゆがみかも知れない。長年連れ添った夫婦のように、引き出しは机と離れると《何だか変》と首をかしげる。

 誰かか無理を通すと、玉突きのように他に波及する。そこで毎年、―自分の引き出しを、はずして運ばないこと。

というお触れが出る。

 

≪ドラえもんのポケット?≫

お父さんの知識というのがこれがまた凄いんです。

美希が持ちかける相談事や謎に対して、

エラリークイーンが出てきたり、絵が得意な作家だったら武者小路実篤が出てきたりする。斉藤茂吉と露伴の対談内容も出てきたりする。

お父さんの書斎は、まさにドラえもんもポケット。

「ちょっと待っていなさい」と言ったかと思うと、トルストイが作曲したというワルツのCDとか、山野一郎「連続時代」を録ったカセットテープとかまで引っ張りだされてくる。

 

こんなお父さん、欲しい。

でも私が一番好きなのは、美希のお父さんが自分の知識を披露するのを楽しんでいるんじゃないの。あくまでも娘との会話が楽しくて仕方がない様子なんです。

「それで、ミコはどう思うんだ」

お父さんの中で既に答えは出ていることでも、娘がどう考えていて、どこまで気づいているかを楽しんでいるんですね。

 

この本を読んで、ただひとつ、ちょっと厳しいなぁと感じたことがあります。

美希が一人暮らしを始める理由です。

はじめて配属された部署が女性誌で、美希はそれまで体育系で地味だったんですが、郷にいれば郷に従えで、ファッションもメイクもそれなりに派手になった。

おまけに締め切りの頃は連日、朝帰り。

実家に帰ると通勤のおじさん、お兄さんにすれ違う。

母親は近所のおばさんにさりげなく言われたんだそうな

「・・・お嬢さん、もうお勤め?」

「後ろ暗いこともないけれど、こりゃあ実家を出た方が無難かな」

 

かくして都市のマンションを借り独り暮らしを始めたものの、中野といえば、近いし、何かと便利なので、こそ泥みたいに深夜忍び込むように帰ることもある。

とのこと。

煮詰まると緊急避難する実家。メンテナンスが完了するとマンションに戻る。

でも。。。

既に女性誌から文芸に異動もしたことだし、、、だったら実家に戻ったら良さそうなものじゃない?

実家なら、お母さんの美味しいご飯も食べられるし、大好きなお父さんと本の話が出来る。

何故美希は一人暮らしを続けるのかしら。

 

あはは。そんなことを言ったらこの本のタイトルの根幹にも関わってしまうか。

「中野のおとうさん」

いい題名だもの、ここはひとつ。

《実家に帰れば問題》には触れないでおくことにします。