気まぐれバス (The Wayward Bus) を読了。
もちろん古書です。105円也。
5月に神保町に行った時に、古本屋さんの店頭ラックに置かれていたもの。
ジョン・スタインベックは『怒りの葡萄』とか『エデンの東』を書いた人ですが、読んだことはありませんでした。数多の本の中からこの本が呼びかけてくれたのだから “ ご縁 ” でしょう。
良い手触りの本だけど、読んでいる内に のど の部分がちぎれてきてバラバラになってきた。なんたって105円ですから。
本に手を入れるのは好きじゃないけど、泣く泣く製本テープで貼りました。
カリフォルニアの片田舎-反逆者の辻 ( レベル・コーナーズ ) に住むチーコイ夫妻は、雑貨店、レストラン、給油所を経営しながら、レベル・コーナーズ~サン・ファン・デラクルス間の営業車の利権も入手し、個人バスも走らせている。
登場人物は、ファン・チーコイ と妻アリスに従業員 ( ノーマとカースン )、そしてバスに乗り合わせた乗客たち。一癖も二癖もある人々が、豪雨に見舞われた車中でパニックを起こすといった内容。
物語は、バスの故障で足止めをくらったところから始まるんだけど、客を寝かせる為、チーコイ夫妻もノーマたちも自分のベッドを提供するのね。睡眠不足でヒステリー状態になっているのは、泊める方も泊められた方も同じ。
やっとのこと出発できたのに、今度は大雨で橋が壊れ立ち往生。狭いバスの中で、繰り広げられる人間同士のやりとりが絶妙。人種・性別・職業の違いがわかって面白い作品でした。
ファン・チーコイ… | 恰幅の良い、実直な人間で、メキシコ人とアイルランド人の血が混り、澄んだ黒い瞳に、ふさふさした髪の浅黒い端麗な顔の男。女の酔っ払いを嫌いで、妻が酒を飲むと近寄らない。争い事が好きではなく妻とも離婚までは至らない。妻の豆料理が美味しいと思っている。 |
アリス・チーコイ… | 夫のファンをこよなく愛しているが、同時に恐れている。 新入の女性従業員や女客に夫がなびかないかを非常に気にする。 店内に蝿が入ることを異常に嫌い、ドアの開け閉めにうるさい。 普段飲まないが、実はかなりの酒好き。 |
ノーマ… | アリスが経営するレストランの新人ウェートレス。 クラークゲーブルのファンで、彼が自分を迎えにくるような妄想を抱きながら暮らしている。 彼女の部屋はチーコイ夫妻の部屋を通らなければ外には出られず、アリスにトランクの中身をチェックされていることも知っている。ストレス度、かなりマックス。 |
キット・カースン… | ファンがバスの運転手として出かけている間のガレージ仕事を任されている見習い助手。 好物は、甘いもの。アリスから「にきびが治らないのは甘いものの食べ過ぎ」と言われている。彼の給料は、殆どパイの為の前借金で無くなっているらしい。 にきび面の為、夫妻から「にきび」と呼ばれている。 |
エリオット・プリチャード… | 身なりの良い実業家。妻と娘を連れメキシコ旅行へ向う途中に足止めをくらっている。貞淑な妻と賢い娘との生活に満足しながら、いかがわしい場所に行くこともある。金髪美人とは、その店の客とストリッパーの関係だが、彼は気づいていない。 |
バーニス・プリチャード… | エリオットの妻。彼女の結婚生活は申し分なく快適で彼女は夫を愛している。 いわゆる「おしとやか」と呼ばれるもののお蔭で、結婚生活の性的興奮を味わうことがはしたないことだと思っている。 |
ミルドレット・プリチャード… | プリチャード夫妻の一人娘。精神的には母より大人の女学生。 既に性体験があり、ファン・チーコイの容姿行動に魅了される。 |
アーネスト・ホートン… | 発明品を中心に品物を売り歩くセールスマン。 |
老人 ( ヴァン・ブランド ) … | 驚くほどこの辺りの地理に詳しく、何かといえばファンの行動に口出しをする。 常に人にちゃちを入れる性格だが、実は病気を抱え悩んでいる。 |
金髪美人… | 彼女の容姿に、男たちの目は釘づけになる。 彼女の本名は定かではないが、旅のあいだはカミーユ・オークスという名で通している。 実はストリッパー。 |
1947年に書かれた作品だもん、旧仮名遣いで読む方がいい。
カリフォーニア(笑)いいじゃない?
六興出版社の本は、いかにも洋書のペーパーバックみたいで面白い。
神経衰弱ギリギリになる人々の気持ちがよく分かる展開で、サクサク読めるけど、
流石に70年近くも昔の話じゃない? ファッションとか生活習慣だとか、
今ひとつイメージしにくい部分も確かにありました。
ところがサイトで映画化されていることがわかり、画像を入手出来ました。
下は、映画のカット。
物語の舞台、チーコイ夫妻が経営するガソリンスタンド。
左の “ SweetHeart ” と書かれたチッコい方がチーコイさん所有のバス。
ファン・チーコイとにきび ( キット ) とノーマ かな?
原作のファンは50がらみだけど映画は若い設定なのね。
雨の中、バスは出発します。
金髪美人が気になってしょうがない様子。
これがサン・ファン・デラクルスに向かう国道。雨、凄いです。
左からプリチャード夫人、ブランド老人、プリチャード氏、プリチャード娘、にきび、セールスマン、ファン、金髪、ノーマ。。。かな?
こんな雨だもの、橋は渡れないね。
祈っているファンの頭上にぶら下がっているのは「グアダルーペの聖母」の象。
よおし、行くど~。
これじゃ、動かない。
ヘリコプターで助けにくる妻
…って、原作に、こんな展開はないのよ。
流石。アメリカ映画だ。
残念ながら日本でレンタル出来るほどの話題作ではなく、日本語字幕のDVDはない模様。
アメリカ版を買ってまで見るほどでもないかなあ。(笑)
本国のサイトで見たこれらの写真のお蔭で、イメージを深めることは出来ました。
でも本と映画は違うもの。
原作の方では、登場人物の異性に魅かれる様子とか、仕事への野心とか、おごりとか偏見とか、色んな感情がとてもよくわかるように書かれていました。
特に興味深かったのが、アリスが飲んだくれるシーンの情景描写。
睡眠不足の中、ヒステリー状態になっていたアリスが、旦那を送り出してから酒をあおるシーンが、16ページにもわたって書かれてるの。
彼女はまず「臨時休業」の看板をドアにかけ、網戸を締め、内側のドアも全部しめ鍵をした。窓には簾をおろし、外から見られないようにした。片付けものをすまし店内を掃除する。
「今日は自分の日だ!」
彼女は、子供っぽい、うきうきした気持ちになった。
「かまうもんか!」
と彼女は大声で言ってみた。
「ほかに楽しみがないんだもの。持っといでよ」
と彼女は言った。
「ウィスキーをダブルにして、大急ぎだよ」
誰と喋ってるかって?
全部、独り言。彼女はその後も、「こんなに手が荒れちゃって可愛そうに」とか何とか、自分で自分を労わるような独り言をいいながらボトルを空けていくの。
ウィスキーを飲み、ウィスキーとビールをチャンポンにして空瓶にし、まだポートワインがあったはずだと、ふらふらしながらワインを出してきて…。膝をしたたか打ったりして。
夫は酔っ払った私の顔は醜悪だと言ってたなと思いだすと、顔を洗ったり、口紅をひいたり、髪をアップにしてみたり、香水をかけて、ダンスを踊ったりと。それ全部酔っ払ってやっているんだから、想像できると思うけど、もうシッチャカメッチャカ。
かなりいい機嫌でペロンペロンになってると、カウンターに止まった一匹の蝿に、彼女は気づく。
そして、その蝿をしとめようと濡れたタオルを振り回すのよね。
本文、読んでみて。
(中略)
蝿が飛び立つ前に、彼女は全身の力をこめてふり下ろした。濡れ布巾はボール箱のみらみっどを、その余勢ですさまじく叩いた。ボール箱や並んだグラスやオレンジの鉢が、カウンターの背後の床にくずれ落ち、その上にアリスは倒れた。
部屋じゅうが赤と青の光にかわって、彼女におそいかかった。彼女の頬の下で、潰された箱からコーンフレークスがこぼでだしていた。彼女はいったん、頭をあげたが、渦巻く暗闇に覆われて、また頭を下げた。
食堂はほの暗く、静寂につつまれていた。白いテーブルにこぼれた葡萄酒の、乾きかけた端に、蝿は寄っていった。危険に備えるように、蝿はしばらくあたりの気配をうかがっていたが、やがて悠々と、そのひらたい吻を、甘い、粘った、葡萄酒の中に漬けた。
このシーンが好きだというと、「え~どうして?」と思うかも知れないけど、
鬱屈した人間の描写が見事だと、ワタシは思うのよね。
ひとり暮らしをはじめて、貧乏で、たそがれて、やるせなく過ごした若き頃の1日を思い出しました。
ここまでの酔っ払いではないにせよ。。。。(笑)
- 作者: ジョン・スタインベック,大門一男
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1965
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