銀座の老舗和菓子屋《空也》が、まだ上野の黒門町にあった頃のことを調べていたら、
三代目店主 - 山口彦一郎さんの若かりし頃のエピソードが書かれた本を見つけました。
作者は福島慶子さん。
代表作は、旦那さまである美術収集家の繁太郎さんのことを書いた「うちの宿六」ですが、
「日曜日の食卓にて」には、パリで交流のあったジャポネーたちが沢山登場します。
その中のひとりが空也の三代目、山口彦一郎さん。
多くのジャポネーが画家として、医者としてパリに勉強にやってきました。
でも山口さんはちょっと違う。
老舗のお坊ちゃまの遊学渡仏は、洋菓子の学校に通ったかと思えば、今度は洋裁学校。
スポーツカーを購入して町を走り回ったり、
ルノワールの小品をはじめとした絵画を買いまくったり、やりたい放題 ( ´艸`) の巴里生活。その様子が福島慶子さんによって14ページにも渡り、暴露 ( 爆w ) されています。
原文はこちら⤵
福島慶子さんという人
慶子さんがパリにいたのは、大正12年から昭和9年でした。
1925(大正14)年は、1ドルが2.451円とパリの物価がまだ安かった頃、
若き画家はこぞってパリに渡り青春を謳歌。
そんな若者たちを、優しくサポート ( 、、、といっても慶子さん自身も20代前半のレディー ) したのが福島夫妻だったようで、一緒に食事をしたり遊んだり、とにかく福島夫婦の交友関係は凄いのです。
マチスやルオーといった画家をはじめ、細谷省吾、名倉英二、宮田重雄、益田義信、伊原宇三郎、小寺健吉、大森啓助、伊藤簾、遠山陽子などなど今ではウィキに記される日本の名画伯やお医者さんたち。
久米正雄・艶子夫妻とも交友があったようです。
( なんだろう、私の調べるところには必ず久米さんがいる w )
そんな福島夫妻の友達の輪は、日本に帰ってきてからも更に広がっていきます。
友達とその家族、全部集まると三十人を超すという人たちでモーレツに遊ぶのが楽しみだったという慶子さん。
お借りした冒頭の写真でもわかるように、人をそらさない魅力的な人だったんでしょうね。
慶子さんの文章は、正直言って、美文とはいえません。
明治生まれですから、今では差別用語になっている言葉もポンポン出てきます。
( でもそれが当時の世相でしょうし、慶子さんの環境のせいもある )
歯に衣着せぬものいいでも彼女が語ると、人を貶めるところがひとつもなく、
乱暴な言い方でも微笑ましく受け止められるのは、彼女の器量のなせる業?
当時の日本人は、大正・昭和初期のヨーロッパを知る機会はありませんから、
慶子さんのエッセーは貴重な存在だったでしょうし、私もあと数冊は目を通してみたいと思いました。
慶子さんの経歴をみて驚いた
福島慶子さん
1900 ( 明治33 ) -1983 ( 昭和58年 ) 昭和時代の随筆家。
明治33年5月11日生まれ。荘清次郎の4女。福島繁太郎と結婚。パリにすみ,美術品を収集。画家のルオーらとの交遊が知られる。昭和9年帰国。戦後,画廊経営のかたわらパリの生活や美術に関する本をかいた。昭和58年9月7日死去。83歳。兵庫県出身。九段精華高女卒。作品に「うちの宿六」「巴里と東京」など。
荘 清次郎
1862-1926 明治-大正時代の実業家。 文久2年1月20日生まれ。荘清彦,福島慶子の父。岩崎久弥の家庭教師となり,渡米に同行。三菱社にはいり,明治26年三菱合資を設立して社長となった久弥の信任を得,大正5年専務理事兼管事となる。三菱製紙所,東京倉庫などの役員も兼務した。昭和元年12月25日死去。65歳。肥前大村(長崎県)出身。東京大学卒。
福島繁太郎
明治28年生まれ。大正10年に東京帝国大学法学部政治学科を卒業して英国留学。大正12年にパリに移り、1929年パリで「FORMES」という美術雑誌を刊行。
お父上が、あの、鎌倉の、3大洋館のひとつを建てた方だったのです。
父君、荘清次郎さんは岩崎家の信任厚く、岩崎弥太郎の長男-久弥の家庭教師としてアメリカに同行しています。その後三菱に入社し三菱銀行重役までのぼりつめた荘さんが、鎌倉に別荘を建てたのは大正5年 ( 1916 ) 年。
慶子さんが16歳の時でした。
上野鈴本、伊豆栄から始り、
上野界隈の気になる所をめぐっていく内、空也が上野にあったことを知り、
空也の店主の交友関係から福島慶子という女性を知り、
彼女が、私の大好きな鎌倉の、あの洋館のお嬢様だったとわかった時のワクワク感。
興味を抱いたものが、こんな風につながっていくのが《私の知の輪の醍醐味》なのです。
因みに。
2013年に訪ねた旧荘清次郎-現古我邸は、今では結婚式場とフレンチレストランとして
使われているそうです。
5年前は、古我未亡人が一人で住んでいた館で非公開でした。
当時は、門の所からため息をついて眺めていた館でしたが、
レストランの予約をすれば、邸内に入れるんだもの、凄いことです。