ちくま日本文学全集で、内田百閒を読んで、特に面白かったのが初期の作品で。
中でも「件」と「豹」が愉快でした。
『件』
件 ( くだん ) というのは字の通り、顔が人間で体が牛という日本古来から伝わる物の怪。
物語は一頭の「件」の独白調なんですが、この件、何故自分が件として生まれたのかもわからず、
黄色い大きな月がかかる広い原の真中にぼんやり立っているのです。
彼は、自分が生まれて三日目に死に、その間に人間の言葉で、未来の凶福を予言するものだという風にわかっているらしい。そんな件の周りに、人間たちか集まってきます。
今こそ喋るぞ、おやそっぽを向いた、などと人間たちにかこまれて一挙一動を見守られている、件の様子が静かに描かれていきます。
この「件」の心境がとてもいいのです。
「こんなものに生まれて、いつまで生きていても仕方がないから、三日で死ぬのは構わないけれども、
予言をするのは困ると思った。」
達観しているといって良いのか、それともぼんやりしているからそう思っているのか、とにかく人間に囲まれて窮地におちいる様子が可笑しくて可笑しくて、「ふふふ」と笑ってしまいます。
『豹』
一方「豹」も痛快。
坂の途中に一軒の小鳥屋がある。
その前を通ると、もとは目白やカナリヤなどがかわいらしく鳴き交わしていたのに、
次に通りがかるとそんなものはおらず、鷹が雛を育てている。
その次に通りがかると、鷹は鷲に変っていて、鷲の隣の檻には豹がいて、じっと鷲の雛を狙っている。
得体の知れない人間が十五、六人その様子を見ていると、豹の檻の格子が一本抜けていた。
檻から飛び出した豹は、次々と人を襲い始める。
逃げ惑う人間たち。
主人公の男は、あちらこちら逃げる回るが、どうやら豹は自分を狙っているのだと気づく。
ある家に逃げ込み、戸をしめるが、この家にも豹は入ってきて。。。。。
男が襲われ、女が食われる、そんな描写がとても怖ろしいのです。
しかし人々の発想や、主人公の思いがどうもヘンテコなんです。
「豹が鷹をねらっているのは策略なんだね」と云った者がある。黙って居ないと大変なことになるのにと私は思った。
「洒落なんだよ」と外の1人が駄目を押すように云った。(中略)私はあわてて、なんにも知らないんだからと云おうと思ったけれども、みんなが笑って計りいるから、兎に角涙を拭いて待っていたら、そのうちに私も何だか少し可笑しくなって来た。
ラストは人を食う豹の描写が恐ろしかっただけに、主人公じゃないですが、何だか可笑しくなってヘラヘラと笑ってしまいました。
読んで欲しい、この二つの短編。
この二つの短編は、「もし自分がそこにいたら怖いだろうなぁ」と思うとゾッとする話。「これは夢だ、いや夢に違いない。と思うだろうなぁ」と思うほど空想が広がり、百閒さんの世界に引き込まれます。
前回「百閒さんの作品にはよく『土手』が出てくる」と書きましたが、今回の2作には「思い出せないが、どこかで見た顔」という表現も出てきます。
「土手」も「どこかで見た顔」も百閒さんの深層心理なのかも知れませんが、何だか自分も同化してしまうから不思議。読んでいるウチに「あの顔、さあて誰だっけ」と妄想が広がっていくのが楽しいです。
文庫本にして5~10ページ程の短編ですが、奇奇怪怪とした世界を楽しめるので、
機会があったら是非、読んでみてください。
読んでから、見て欲しい一冊
『件』は、ちくま日本文学全集以外にも、長崎出版「冥土」の中にもおさめられいて、
件の姿は、その本の表紙にもなっています。
画は金井田英津子さんが手がけていて、この本は小説本というよりもむしろ、金井田さんの絵本の趣きが強いです。
ですから、この本を読むなら、先に作品を読んでからにした方がいいように思います。
とにもかくにも大変インパクトが強いので、件のイメージが、金井田さんの描く姿に限定されてしまうから。。。。
もうひとつ。
私が好きな「件」のイラストがあります。
YOUCHANというイラストレーターがお描きになったイラストです。
個人的には、金井田さんのイラストより、YOUCHANさんの件の方が好きです。
YOUCHANさんの「件」は、間の抜けた表情の中に、困った感がコミカルに表現されているからです。
この絵も、ここで紹介したい気持ちをぐぐっと押さえました。
できたら、ホントに読んでから見ていただきたいから。
詳しくは、YOUCHANさんのサイトを。
クリックしたらすぐ表示されちゃいますから。そのおつもりで見てみてください。
是非とも読んでから(笑)