Garadanikki

日々のことつれづれ Marcoのがらくた日記

寄生木の主人公

徳冨蘆花の「寄生木」を何年もかけて読んでいます。

行きつ戻りつ、一度読んで 最初から読み直したりしています。

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本は岩波文庫で、1984年11月 第4版のもの

 

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この本は、旧字体なので 骨が折れます。

※「寄生木」は忘れられたヒット作のようで、新字体の刊行はありません。

 

旧字体は本当にやっかいです。

慣れない内は頭にスッと入らず、読めない漢字をいい加減に読んだり、

飛ばしたりすると意味がわからなくなる。

 

例えばこの文章→→→「情義の重量(おもみ)(たふ)れた」

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重量に「おもみ」、斃れたに「たふ」とルビがふってある。

だいたいの意味はわかりますが、一応キチンと調べてすすみます。

たふれた?

「たふれる」で、PC検索しても勿論 何も出てこない。

そこで役にたつのがスマホのアプリ「Write Hanja」です。

 

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初期画面に手書きでこの字を書きこむと、下に候補が出て来る。

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候補の中からコレだと思うものを選び、検索ボタンを押すと weblioという辞書が立ち上がり、

訓読みが「たお-れる」「たお-す」と判明。

 

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「斃れる」が、「倒れる」に近しい意味とわかるまで時間がかかります。

この手順を省くと、あとあと意味がわからなくなったりします。

面倒な作業ですが、漢字の意味を知ることは、古い小説を味わうためにも大切です。

 

古い小説を、新版 ( 新かな&当用漢字 ) で読めるのは有難いです。

でも、簡単に読める代わりに、旧字が持つ深いニュアンスが失われてしまうという欠点もある。

例えばこの「斃れる」を「倒れる」に置き変えると、バタンと倒れるという意味合いだけになり、本来「斃れる」が持つところの「死ぬ」という意味合いが無くなります。

 

戦前の小説を読む上で、私が古書を好むのは、

著者が漢字に込めたなニュアンスも漏らさず味わいたいからです。

時間はかかるけれど、そこにも愉しみがあるのです。

 

 

それにしても。

昔の人は本当に沢山の字を知り、使い分けていたのだなぁと驚きます。

そして。

古書で 難しい漢字に触れるたび、私は、昔の日本人の識字率の高さに感心し、

アメリカ人の単純さ、無能さ、横暴さに憤りを感じます。

当用漢字化が、戦後GHQの占領政策のひとつだったからです。

 

当用漢字の流れはGHQによるものだった

日本国内においても戦前から、漢字廃止論者、漢字制限主義者はいて、

「漢字は数が多く学習に困難であるから制限または廃止するべきであると主張」する動きはありました。

しかし民間や文学者、日本語学者からの反対意見も強く、改革は行われないできました。

それが、戦争に負け占領軍が乗り込んできた時、GHQ内部に「日本語は漢字が多いために覚えるのが難しく、識字率が上がりにくいために民主化を遅らせている」という偏見を持つものが多くいて、漢字廃止の動きが烈しくなりました。

こうした動きから日本は「当面 ( 漢字を廃止するまで ) の間用いる」という意味で、当用漢字が選定されたのです。

※ 後に調べたら日本人の識字率はGHQが思うよりはるかに高かった。

 

26文字の ABCで言葉を構築するアメリカ人には、中国や日本の漢字の多さが理解できないでしょう。

しかし「漢字の数が民主化を遅らせる」という単純愚鈍な論理を押し付け、ひとさまの大事な文化を壊しにかかった行為に、私は激しく憤りを感じるのです。

 

 

あっ、すみません。当用漢字の話になるとスイッチが入ってしまいますの。

話が大きくそれてしまいました、寄生木にもどします。

 

寄生木は誰の文章か

私は徳冨蘆花の文章とリズムが好きです。

でもこの「寄生木」は、他のと違う。

何故なら、徳冨蘆花が一から書いたものじゃないからです。

 

ことの発端は、明治36年。

徳冨蘆花の原宿の家に1人の若者が訪ねてきます。

士官学校の生徒で、小笠原善平という男でした。

善平は蘆花に「自分の恩人のために著作をして欲しい」と頼みます。

恩人とは乃木希典のこと。

善平は乃木将軍を頼って書生となり、士官学校までの学費一切の世話になったといいます。

蘆花は善平の経歴を聞き、彼のことも「頗る可愛い男」と思いました。

善平には「とにかく書いたものを寄こしてみろ」と言い、

善平が書いた何十冊ものノートを元に 書き上げたのが「寄生木」でした。

蘆花は、なるたけ加筆をせず世に出す方法を選びました。

 

ですからこの小説は、蘆花の文章ではないのです。

いわくつきの小説ですが、発表当初は凄い人気だったらしい。

 

小説の序文は蘆花のものです。まずはその部分を読んでみてください。

※ 読みやすいように新字体に書き直しました。

※ 本の中では、乃木希典は「大木」、小笠原善平は「篠原良平」です。

 正当にいえば、寄生木の著者は自分ではない。

 真の著者は、明治41年の9月に死んだ。陸中の人で、篠原良平という。

 明治36年の4月頃だったと覚えている、著者が青山原宿に住んでいた頃、ある日軍服の一壯漢 (そうかん) ( =元気盛んな男 ) が玄関に訪れた。どこの軍曹かと思ったら、士官学校生徒で、少しお願いがあると言う。率直の男らしく見えた。客間に請じて来意を問うと、恩人のために著作をして欲しいと言う。恩人というのは誰だと聞けば「大木 ( =乃木希典 ) 閣下であります」と真四角に答える。大木の書生として陸軍中央幼年学校から士官学校に入るまで世話になっているそうな。(しか)して幼年学校入学の際は、優等第三席で入ったが、出る時はビリっこけでした、と吐き出すように言った。で、何とかして大木閣下のの自身に対する恩義について世にも知らせ、また自身の恥辱を(すすぎ)ぎたく、それについて何か回想録のようなものを書くから、それを基礎として一篇の小説を書いてくれ、と言う。とにかく書いたものを寄こしてみよ、大木さんは僕も好きだ、ゴルドン将軍型の人だと思う、と言って自著「ゴルドン将軍伝」を一冊やった。

「寄生木」⒈  徳冨蘆花著 岩波文庫  1984/11..第4版    p.3~

 

この本は、文庫で3冊に分かれています。

今、二冊目を読了したところ。

5年ほど前、一度全巻読了したのですが、いい加減な読み方だったので再読です。

 

 

この小説は、とにかく長い。

じゃ、彼の半生が面白く、物語性が高いかというとそうではない。

第一巻は、乃木さんに出会うまでの家庭内の話が延々と続きます。

良平は陸中宮古の出で、父親は山口村の村長をしていたが、烈しい性格ゆえ村の大家と衝突し、官費横領の誣告(ぶこく) ( =濡れ衣をきせられること。虚偽の進行で人を貶めることを古くは誣告といった。 ) を受け、6年間未決監にいれられる。

家長の留守宅は悲惨なもので、祖母や祖祖母は、どんどん人に騙されお金を取られる。

村人から嫌がらせを受け、村八分になる。長兄が能無しで酒浸り、良平が進学したいと言ってもとりあってくれない。

誰も頼りに出来ないと、父が収監されている仙台に行き、たまたま駐留していた乃木邸の門を叩き、書生にしてもらう。家族には可愛がられるが、女中や車夫、書生の先輩からはいびられる。

と、こんな話が続きます。とにかく八方ふさがりです。

主人公の良平が真っすぐでいい奴かというとそうでもない。

自分が学校に行きたい!という信念だけで、他 ( 家庭の事情 ) を顧みないばかりか、

親戚縁者を頼って援助してもらっても、感謝の念が足りない。

「子どもだから仕方がない」といえばその通りだけれど、手前勝手な困った奴なのです。

 

第二巻でも、良平の礼儀知らずは続きます。

優秀な成績で幼年学校に入学するも「一番でなければビリも同じ」と怠けだす。

成績はどんどん落ちていき、落第寸前になる。

世話人の大佐に見込まれて「娘をお前にやる」と言われるが、成績が落ちたから婚約破棄になる。

怠けだ自分がいけないんです。どう考えても自分のせいなんですが、良平は大佐を恨みます。

「成績が良いから娘をやる、悪くなったから破約をするというのはあんまりだ」と憤り、ノートに書き連ねます。

美人の婚約者の面影は消えず、自暴自棄になり余計に成績が落ちる。

結局、最下位で幼年学校を卒業し、旭川の ( 北の果 ) 士官学校にやられて、そこで病気になる。

父や兄に、東京の良い病院に行きたいと訴えても「乃木閣下か篠原大佐に金を出してもらえ」と言われ、嫌なら地元で静養しろとなる。軍の病院に入院できるようになっても、大佐が見舞いに来ないと文句を言い、退院して旭川に帰校しても、病気を言い訳にして演習はやすむ始末。

とにかくクズ男なのです。

 

そんなクズ男なのに、なぜか乃木将軍や、徳冨蘆花の受けはいい。

どうして可愛がられるのか、さっぱりわかりません。

本文からは ( 自分が書いているのですが )、どう読んでも良いところなし。

自分で自分の恥を書いているのに反省も何もない。

本人が書いた「寄生木序」でもこんな風に書いています。

書くまいと思った。書けばわが恥、また人の悪口も書かねばならぬ。しかしながらどうしても書かずには済まされない。

 良平には恩人がある。この恩人の顔に良平は泥を塗った。どうしてもこの泥は拭わなければならなぬ。

 また、今から5年前、良平は陸軍中央幼年学校生徒として、遊泳演習に鎌倉に行って、光明寺に宿ったことがある。一週日の滞留に、朝夕とこらを歩いては苔むす累々の墳墓に親しんだ。湿っぽい木陰に黙然と立ち並ぶ墓の石の表に名はありながら、骨と共にその人の生涯は朽ちて、その歴史の一片だに残らないものばから。その時良平は超然として言った。「我 墓木を風雨に朽ちしめよ、吾歴史をしてその一端をだに世に残さしめよ」すなわち良平は自己の歴史を綴らんと念うことすでに久しいのである。

自身でも自分のやってきたことを恥じていて、人の悪口を言っていると認めている。

それでも世に発表したいというのは、自己主張なんじゃないかな。

「自分の恩人のために著述をして欲しい」と蘆花に言ってはいますが、

本当は自分自身を遺したいということなのではないのでしょうか。

 

第三巻では、師範学校を卒業した良平が旅順に渡るところから始まります。

でもその前に、もう少しこの 《篠原良平》というキャラクターを整理しておきたくなりました。

 

篠原良平という人物は、どんなに怠けても、ずるくても、どこか憎めない男なのかも知れません。

乃木将軍の覚えめでたく、徳冨蘆花をして「頗る可愛い男」といわせしむ。

 

小説内の良平には、同感も同情もありませんが、大人の男からみると案外こういう奴が「可愛い」と思われるのかも知れません。

篠原良平 ( 小笠原善平 ) はどんな男だったのか

実は今、「こんな人物じゃなかったのかな」というキャラクターが頭に浮んでいますが、

長くなりそうなので、その話はまた明日ということに。

 

 

朝ごはん

ここのところずっと、の釜玉うどん

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色々浮気をしましたが、常備の半田そうめんに落ち着きました。

具は揚げ玉が外せなくなりました。

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夜ごはん

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MOURI が買ってきた金目鯛 あれば必ず買うパターン

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食べる所は少ないが、美味しく煮付けられました。

 

うな次郎という商品を買ってみました。

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美味しくない。

ひとえに調理方法のミスと思います。

 

手羽先とたもぎ茸ときゅうりの甘酢煮

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味はちょっと複雑、オイスターソース、砂糖、酢、唐辛子の酸っぱ甘。

普通の鶏肉ではなく、手羽先を二つに切って骨のずいを出したのがポイント。

出汁が濃くなったけれど、骨があって食べにくいと言われてしまいました。