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日々のことつれづれ 駄目駄目さんのガラクタ日記

夏旅Vol.3 長浜の街並みと、YESなんとか

ホテルに入るまで、まだ時間があるので、今日行く居酒屋さんの界隈を下見します。

長浜は古い建物が沢山あるなあ。 

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川べりも美しく、趣きがあります。

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ところどころ階段で下に降りられるようになってます。

水深も浅め、川幅を考えると運河というより用水路かな。

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群青の欄干が美しい。

 

長浜御坊参道通り

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目当ての店はこの先らしい。

 

「秀吉四十九町の由来」という看板がありました。

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十軒と書いて「じっけん」と読むんですね。( 現大宮町 )

天正年間~明治12年までの町名。

豊臣秀吉公の城下町造営より成立、戸数が10軒あったことに由来する。

江戸期は宮村領年貢地。元禄8年の家数10。人口49。

明治12年 金屋町、金屋新町と合併し錦町となる。

秀吉四十九町の由来か、あとの四十八あるのを見つけたくなる。

私ひとりなら一日かけてうろついてしまうだろうな。

 

ここのようです。

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良さげなお店じゃないですか。

針屋橋という橋のたもとでロケーションも良し。

 

予約が必要か聞いたら、全然大丈夫だそうです。

「この席、とっときますね」と明るく請け負ってくれました。

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正面の門が気になります。

もう閉まっているけど、何なのかしら。

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お寺さんのようです。

長浜別院 大通寺

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明朝、来てみよう。

 

長浜のここがメイン通り。

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真ん中にあるのは何か。

MOURI の予想「参道が混んできたら、真ん中からポールが出て往復の境にする」

私の予想「雪とか溶かす用の水が出る」

 

町家を改造したホテルのようです。

外国人が好きそうですね。

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なになに? 一棟貸し 5名までで ( 1棟 21,600円~ )

一棟貸しは最大10名まで利用可能だって。

他にワンルームタイプもある。 (2名まで 10,800円~ )

朝食は別途 1,080円。

こういうのもいいかも。でも予約は混んでいるんだろうな。

一応メモメモ。

まちやの宿 いろは
〒:長浜市元浜町14-21
TEL:0749-53-3321
定休日:無休
営業時間:フロント受付10:00~19:00

 

Cafe&Pub LONDON     この店もちょっと気になる。

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帰りに一杯飲むのもいいかも知れない・・・・と思ったら

営業時間が10:00~17:00までですって。

パブって書いてあるのに・・・・

 

 

長浜の街道沿いには、港町の風情を残す町並み。

舟板塀や、紅殻格子だっていうけど、

この板張りは、ちょっと新しめの板に焼き目をつけたものに見えます。

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長浜の郷土のうまいもんは、何なのだろう。

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鮒ずし、ビワマスと、やっぱり琵琶湖ですからね。

鯖そうめん。これは福井の方から、あの熊川宿の人たちが運んできたという名残のものかしら。

お肉はやっぱり近江牛。

明日の昼は、近江牛を食べたい。うん絶対に食べる。

 

駐車場の隣に「豊国神社」がありましたので、ちょっと参拝。

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豊国神社 長浜市南呉服町

由緒

 天正元年 ( 1573 ) 信長の進攻により小谷城の浅井長政が滅亡し、湖北が秀吉公の知行地になると翌年長浜城と城下町の造営に着手し それ以降楽市楽座の制度と地租税三百石免除の恩典で、江戸時代を通じて長浜の商家は大いに繁栄しました。

 慶長三年 ( 1598 ) 秀吉公が逝去されると、町民は太閤さんの恩徳を慕って豊国神社を建立しましたが、江戸時代になり太閤さんを神格化することが禁じられて取り壊され、秀吉公の御神像は町役人の家々で守り継がれた時代が続きましたが、寛政五年 ( 1793 ) 「えびす宮」の建築許可をうけ、奥に御神像を安置して密かにお祀りしていました。現在の神社名は、明治維新後に晴れて復帰した名称です。

 

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今回、何故長浜に興味を持ったかというと「秀吉が初めて城持ち大名になった地」だったからです。

初めてお城を作った場所、というのを一度見てみたかった。

現在のお城は鉄筋コンクリートで作られた、博物館ですが。。。

 

歴史にはあまり詳しくはないですが、秀吉とこの地にまつわる話をザックリと。

 

浅井長政が小谷城で滅亡して、長政の妻であり信長の妹だったお市の方と、その三人の娘たちを秀吉が小谷城から信長の元に連れ戻った。

その時に見たお市の方に秀吉が一目ぼれしたが「猿ごときが」と撃沈。

秀吉はお市の方そっくりの娘の茶々を晩年、手に入れる。

 

秀吉は信長から小谷城を拝領したが、小谷城から現在の長浜城に城と城下町を移した。

「折角くれてやったに」と信長の逆鱗に触れると困るので、小谷から今浜へのお引越しの際、

「今浜」の地名を「信長の長」にちなんで「長浜」に変えた。

 

長浜には、楽市楽座を置いたので商人たちは喜んだ。

賤ヶ岳の戦いにはせ参じた民への褒美として年貢を三百石免除してあげた。

長浜は繁栄、恩義に感じた長浜の人たちは秀吉の死に際して、

豊国神社 ( 秀吉を神格化して造られた京都の神社 ) を長浜にも作って「太閤さん」を祀った。

徳川家康に、秀吉を神格化しちゃダメと叱られて、神社は壊された。

民らはエビスさんを祀るとしてその奥で内緒で太閤さんを祀った。

明治期になって、やっとほとぼりがさめて、豊国神社という名称にしてもいいということになった。

 

ざっとこんなところかしら。

神社の由緒板も、太閤殿下への愛が溢れた文章でした。

 

死んだら神として祀られたい。

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秀吉もやはりそう思う人だったんですな。

 

出世稲荷 

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本殿

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町も神社も今日は人が少ないです。

観光地が混みあうというのも嫌だけど、あまりにも閑散としているのも寂しい。

長浜、人気がない街ではないはずなんだけど。 

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⤴ こういうド根性的な植物を見るとワクワクします。

 

ホテルに到着。

今夜の宿は、YESなんだっけ。

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そうそう、グリーンホテル YES長浜みなと館です。

JR北陸本線の長浜駅の西側で、先ほど歩いた旧市街は駅の反対側。

歩いて15分程度なので、散歩には丁度良い距離になります。

 

あれ? どこかで聞いたな「堅ボーロ」だって。

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ホテルの廊下、正面からチラッと琵琶湖が見えます。 

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可もなく不可もなく、快適空間。 

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大きなダブルベッドは、我が家のベッドと同じ寸法だとのこと。

 

さて。

飲みに ご飯を食べに行く前に、大浴場でひとっぶろ浴びましょう。

このホテルに決めたのは、大浴場完備ということもあり。

但し、残念ながら大浴場は平日24時までで、朝入浴は出来ないそうです。

朝もう一回、入りたいMOURI は「ええっ?」と、ちょっとヽ(`Д´)ノプンプンでした。

公式ホームページ|グリーンホテルYes長浜みなと館