2012-04-20 里見 弴 著『俄あれ』 本を読む 題 名 : 俄あれ niwaka are 著 者 : 里見 弴 satomi ton 初 版 : 文章世界 1916年(大正5年)07月 底 本 : 講談社文芸文庫『初舞台/彼岸花 里見弴作品選』 2003年05月10日 読了日 : 西原図書館蔵書 2012年04月20日 まるこ 里見弴 第二弾。『俄あれ』を読みました。 前回 読んだ河豚の時、 「里見 弴って人物描写が上手」と言ったけど、あれは間違いだった。 もうり えっ? まるこ 人物描写が上手な “だけ” じゃなく、情景描写 “も” 上手だとわかった。 「俄あれ」は、男が友人宅を訪問する時、にわか嵐に巻き込まれるところから始まる話で、男が友人宅に行くと、あいにく友人は留守。暴風雨になってきて、友人の細君の手伝いで雨戸を閉めて回っている内に、気がつくと暗い部屋に友人の細君と二人きりになる。次第に男は落ち着かない気分になっていく。そして男女の微妙な駆け引きがはじまる。みたいな内容。 男の心理描写も滅茶苦茶ウマいけど、嵐の描写が素晴らしかった。 もうり 「男女七歳にして席を同じゅうせず-礼記」じゃないが、 そんな教育を受けた時代の男女が、密室に二人きり、となると特別な状況だな。 ちょっと脱線しちゃうけど。俺らの親父(70代後半)の若い頃ってさ、女の人をジロジロ見るなんて憚られた時代だろ。実はそんな世代の人で絵画が趣味っていう人結構多いらしい。周囲の女性たちにモデルになってもらってさ、女性を凝視するなんて“ デッサンの為 ” っていう名目がないとなかなか出来ないからね。 まるこ なるほど、“名目”とか“大儀名分” は、大事よね。 今の男の子は、そんな回りくどいこと理解できないだろうな。 でも大正や昭和初期の時代の人はウブかと思うと、今よりエロチックな面も持ち合わせている気がする。 谷崎潤一郎の世界なんて凄いよね。 もうり 『鍵』とかね。 江戸川乱歩の『屋根裏の散歩者』なんかもそうだな。 まるこ そうそう。 この作品の男も女も、暗闇でただモジモジしているわけじゃないのよね。沈黙を武器にしたり、もったいぶった言葉で相手を翻弄させたり、駆け引きして楽しんでる。 もう嵐の描写から、人物描写まで凄いんだって、わかってもらえる? 一番感動した部分はこんな部分。 「はげしい陽光に飽満して、熱のために震えている蒼穹は、見渡す限りの赤土の表面を直(じ)べたに顔を向き合わせているうちに、お互いの強情に腹を立てて、不穏な渋面に膨れ返って了った。そよとの風もない……。仲裁するものがなければ今になぐ撲り合いを始めるだろう。……小禽(ことり)はもとより大鳥すら、敢えてその空を横切らなかった。却って昆虫の身である蝉が、大衆を恃(たの)んで、周囲の森の深い葉陰から、癇癪やみの陽炎や、瘧(おこり)を患っている草いきれの唄を、単調に永く引ッ張って、やゝ嘲笑う意味で唄っている。」 嵐の直前の運動場の様子なんだけど、ジリジリと太陽が照りつける夏の風景を表現するのに、空と大地を擬人化して「お互いの強情」とか「殴り合いを始める」とか書いちゃうの。 こんな発想、凄いと思わない? 情景描写だけで、ここまでグイグイ引っ張ってってくれて、魅了される小説なんて、そうないと思う。 里見弴作品、これからもどんどん読んでいきたいと思います。