最初に読んだのが『河豚』。
《実川延童という歌舞伎役者が河豚にあたって死んでしまう》という短篇なんだけど、とても心地よい文章だった。ストーリーは「河豚 食べて死ぬ」という単純なものなんだけど、臨終に駈けつけた人々の描写が素晴らしいんだなこれが。
例えばこんなひとコマ。
「当時の名優海老十郎が見舞に来た頃にはもう大分に夜も更けていた。案内して来た男は途中ではたの人にせわしなく呼びかけられて、「どうぞあちらへ」と云いおいたまゝ、床の敷いてある部屋のふすま襖のところから小走りに引き返して行って了った。 ~(中略)~ ひとり酒井国手は、人影の静かに揺らぐ石灯籠のそばまで身を退って、両手を前で握り合わせてじッと立っていた。その容子には、能を有ちながらその処を得なかったものの奥ゆかしい控えめな慎みが現れていた。人々の注意のそとになったこの二人は自然と近よって、低い声で挨拶を交した。」
主が臨終の時を向えた邸で、関係者がワサワサしている臨場感が伝わってして、自分もその場にいるような気分になったわ。里見弴って、人間描写がホントに上手だなと思う。
あ、それから。
ちょっと解らない描写があったので調べてみたの。
先の文章の中略の部分に、
「丁度延童の体が縁先の土に埋められた時だった。華美なくく纈り枕を支った首だけが、幾つもの色の違った灯に照り出されて、クッキリときわだって見えた。その、安々と眠っているとしか見えぬ美しい顔に何か少しでも変りが起こって来るのを、四五人の極く近しい男たちばかりで見守っていた。湿っぽい土の匂いは冷々とした夜気にこもって、人々のあたまのなかまでも浸み込んで行くようだった。」
という一節があるのね。
「縁先に首まで埋められた主人公?」って、もう死んでしまったのかと思ったんだけど、読み返してみたら、まだ息を引き取ったわけじゃない。一体これはどういうことかと思って、《昔・河豚中毒》とネットで検索かけたら判明した。
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