Garadanikki

日々のことつれづれ Marcoのがらくた日記

吉屋信子『私の見た人』

 

吉屋信子著『私の見た人』を読み始めている。

徳富蘇峰と徳冨愛子 が掲載されているので借りた本。

他の人たちのエピソードも興味深いので、図書館の貸し出し延長をしなければならないかも。

 

こんな人たちのことが紹介されています

田中正造、万龍・照葉、徳富蘇峰、三浦環、新渡戸稲造、小林一三、グラーツィア・デレッダ、大杉栄、九條武子、モルガンお雪、直木三十五、中村吉右衛門、宮城道雄、九條日浄尼、横綱玉錦、与謝野晶子、菊池寛、高橋箒庵、汪兆銘、張学良、七世宗十郎、坂田三吉、春日とよ、中谷宇吉郎、久米正雄、平出英夫、長勇、田村俊子、美濃部達吉夫妻、関屋敏子、高浜虚子、徳富愛子、及川道子、近松秋江、竹久夢二、湯川秀樹夫妻、古今亭志ん生、森律子、現・歌右衛門、井上正夫、羽仁もと子夫妻、徳田秋聲、大倉喜七郎、藤蔭静樹、小波と水蔭、菅原時保、市川猿翁

 

 

私は、この本で知った人も沢山いましたが、

明治から大正、昭和初期にかけての著名人を知る上でも貴重な本になりました。

この中に10人ほど知った顔があったらば、読んでみたら絶対に面白い一冊、是非おすすめします。

 

吉屋さんの人物描写は実に見事。

登場する人物は、通りいっぺんのすれ違っただけの人よりも、深く関わった人物の方が多く、それだけに知られざるエピソード満載。大正・昭和の人物像が浮き立って感じます。

特に田中正造さんや新渡戸稲造さんは、吉屋さんの幼少の頃の話なので印象深いです。

田中正造 - Wikipedia

田中正造さんは、日本発の公害事件と言われる足尾銅山事件の重鎮で、

吉屋さんの父と対峙する関係にあったらしい。

 

吉屋さんの父・雄一さんは、佐渡郡長、北蒲原郡長、芳賀郡長などを経て、栃木県の下都賀郡町を勤めたおり足尾銅山の事件で、住民立退きの強制執行に当たっていた人。

 

小学校低学年の信子さんは家にやってきた田中翁にいきなりおかっぱの頭をなでられたのだそうだ。

その人は箕を着て菅笠をかぶっていた。蓑をまとうとはそのころでももう古風な農村の雨具だったが、その蓑に驚いたのではない。その客の顔立ちから強い印象を受けたからだった。

 たくましい老顔のあごに一束のひけが白く払子 (はっす) のようにさがってぎょろっとした目のこわいおじいさんだった。私があわてて逃げ出そうとすると、いきなりおかっぱの頭をなでられた。『コワガランデイイ』という態度らしかったが、節くれだった太い指の手でなでるというより、つかまれた感触だった。

 

新渡戸稲造

吉屋さんは女学校一年生の時に学校の講堂で新渡戸博士の講演を聞いた。

博士は小さい生徒たちを見下ろすようにされて⸻「日本の女子教育は良妻賢母をつくるためといいますが、まだ少女のあなた方には良妻賢母とはどういうことかわからんと思うが……」

こう言出された時、私は思わず「はい」と声を出してしまった。さほど大声ではなかったが周囲には聞こえたのでクスクス笑い声が起きた。だが博士は笑わず「そうでしょう」と言われた。

あなた方は良妻賢母になる前に、一人のよい人間とならねば困る、教育とはまずよき人間になるために学ぶことです

そう言われた時、私は生まれてはじめて一つの真理を聞いた気がした。烈しい鮮烈な感動が少女の私の全身をゆすぶった。

「いかなる者になろうとも、何をしようとも、その前に一人のよい人間になって置くことがいちばん大切なのです」

私は天の神の声を聞くように恍惚とした。

だが⸻その翌日、生徒一同は講堂にまた集められて教頭から「昨日の新渡戸博士は外国婦人と結婚していられる人で日本の女子教育をよく知られない。本校はあくまで文部省の方針により良妻賢母を目的の教育を行うから、うんぬん」と注意かあった。つまり女性は人間になる必要はないが良妻賢母になれと言うことみたいだった。けれども生意気な少女の私は、その教頭よりはるかに新渡戸博士が人間として偉いと信じて昨日の観劇を少しもそこなわず持ち続けた。

 

そんでもって徳富さんの話

徳冨愛子

徳冨愛子さんと吉屋さんは、共通の知人である沖野牧師の紹介で会っている。

場所は世田谷の徳冨邸。つまり先日私が見学した恒春園の蘆花旧宅でのエピソードだった。

 

蘆花邸で聞いた愛子未亡人の話の中で特に興味深かったものがこちら

机の刀傷

書斎にある机の刀傷は、蘆花がつけたものだった。

「それは⸻私たちが外遊から帰っての『日本から日本へ』の売行きが徳冨の機嫌を悪くしましてね。刊行元の広告宣伝が至らぬからだ、出版所の主人を切りたいがそれが出来ぬから机をたたき切ると刀でここを……やっとの思いで止めました……」

 

二つのベッド

「徳冨がベッドに寝たいと言い出しまして、福永書店の主人が大雨の日に特別注文のこのベッドを一つトラックで運んでまいりましたら、徳冨が一台とはなにごとだ、妻の分をなぜそろえて持って来ぬ、失敬なやつだ。受け取るわけには行かんとたいへん起りまして……福永さんが平謝りにあやまって、あとでもう一台届けますからと言うのに、荷台そろえて運び込まぬ限りは受け取らぬと言い張ってまた雨のなかをスゴスゴ持って帰られて、ほんとにお気の毒でたまりませんでした……」

 

おぜんを投げる

「徳冨はここ( 庭 ) から遠く富士が見える空に夕陽が沈むのをながめて夕食をすると申しましてこの樹の下にテーブルと椅子を出すことがございましてね。ある日私の食事の支度が少し遅れて、夕陽が沈んでしまったとたいそう怒りまして、やっとととのえて運んだおぜんをいきなり庭に投げつけました……」

 

庭の大木の刀痕

「⸻徳富の父が長寿で生きている間は息子の自分が告白の小説が発表出来ぬ。それが腹が立つと怒りたけって切りつけたので……」

 

蘆花の癇癪もちは尋常ではない。《狂人》といって差し支えないレベルだ。

愛子さんも よくこんな男と添い遂げたものだと 不思議に思うが、

吉屋さんは、愛子さんの真情を見事に見ぬき、こう評している。

「いま客を迎えて、ありし日の良人の抑制心のない真情と激情の姿が亡きのちなつかしくならぬように、どうしても語らずにはいられないようすで、それを語るひととき良人が傍にあるように愉しいのではないかと⸻私には思えた。」

 

 この庭でテーブルをひっくり返したり、大木を切りつけたのか。



 

 

 

本日の昼ごはん

久々の釜玉うどん

塩こぶと揚げ玉と海苔をかけたらこんなんなりました

 

 

 

本日の夜ごはん

最近ビールは小さい缶で、ひとりこのサイズ

里芋は、出汁をとるのに使った真昆布とどんこも一緒に炊きました

最近多いかなスペアリブ。

骨付き肉にむしゃぶりついている間は、一心不乱にただ食らうのみ。

テレビのリモコンも、盃も、お箸も手がベタベタなので持てません。

 

 

参考文献

https://www.city.kamakura.kanagawa.jp/gakusyuc/documents/yosiyapanf270905.pdf