Garadanikki

日々のことつれづれ Marcoのがらくた日記

川端康成 『山の音』

近所の古書店で偶然見つけた本です。

川端康成選集9巻『山の音』105円也。

本屋の店主は、ビジュアル系のインテリア雑誌やデザインの本が好きなようで、

文学書は戸外の書棚に追いやられています。

私は専らそこをゴソゴソ漁るんですが、結構掘り出し物があるんですよ。

『山の音』もそういう一冊。

 

 

函の装幀といい、小6B版の持ち心地といい、小躍りするように本なのに。。。

全集の1巻だけだから、店主はここに価値を見出さなかったのでしょう。

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まず目を引いたのが「山の音」の字でした。

装幀は、町春草さんという女流書家で、この方は銘菓ひよ子の題字を手掛けられた方です。

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川端康成選集の全10巻の題字はこんな感じ。

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ふふふ。後日、入手してしまいました⤴

 

 

 

 

装幀の話はこのくらいにして、

「山の音」は、初老の男とその家族の話で、淡々とした中に静かな感動がにじみ出る物語です。

川端さんのそれは美しい日本語と、歯切れのあるテンポに魅せられて一気に読了。

鎌倉の谷戸に住む、家族の人間関係が実に見事に描かれています。

片思いの美女と結ばれなかった主人公が、息子の嫁にその面影を見出してしまうという内容で、

家長として決して口に出したり態度に表わせない想いが伝わってきました。

人の美醜についても、考えさせられました。

主人公が自分のボケの徴候をみて、おののく場面が印象的で、心に刺さりました。

 

【あらすじ】

舞台は鎌倉。

尾形信吾は、妻の保子と息子夫婦と暮らしている。

妻の保子は、年上のあまり美人とはいえない女。

実は、信吾は保子の姉を恋心をいだいていた。

しかし、美人の姉の方は嫁いだ先で死に、信吾は不器量な妹の方と結婚。

 

息子の修一は信吾と同じ会社 ( 東京 ) に勤めているが、信吾と一緒に帰宅することは少なかった。

理由は浮気。

夫に愛人がいることは、菊子も薄々感づいているが、舅の信吾は腫れものに触る感じで暮らしている。

菊子は美人なうえ、気働きのきく女で、この嫁を信吾夫婦は愛おしんでいる。

そんな中、娘の房子が子供連れで出戻ってくる。

房子は母親に似て器量が悪い。

良く出来た嫁と、 薄幸な娘。

信吾・保子・修一・菊子・房子とその子供たちの生活は、危なっかしいバランスを保ちながら、

鎌倉の谷戸でひっそりと営まれていく。

 

 

この本には、鎌倉の花や虫や動物、四季折々の様子が沢山書かれています。

殆どが、舅の信吾と嫁の菊子との会話の中なんですけれど、これがいいのです。

「梅が咲きましたね」

「菊子はぼうっとしているから、今日まで気がつかなかったんだね」

「あら、お父様ったら」みたいな感じで。

 

特に好きなのは「烏の家」 (p.199~) の章の(とんび)の話です。

信吾が、今年初めて鳶の声を聞いたという話を、台所にいる菊子に告げにいく場面です。

今朝はもう五月の半ば過ぎで、信吾は朝の鐘につづいて、鳶の聲を聞いた。

「ああ、やつぱりゐるんだな。」とつぶやくと、枕の上で聞き耳を立てた。

鳶は家の上を大きくまはつて、海の方へ出てゆくらしかつた。

信吾は起きた。

歯をみがきながら空をさがしたが、鳶はみつからなかつた。

しかし、幼げに甘い聲は、信吾の家の上をやわらかく澄ませて行つたやうだつた。

「菊子、うつの鳶が鳴いてゐたね。」と信吾は臺所へ呼びかけた。

菊子は湯気の立つ飯を櫃に移してゐた。

「うつかりしてゐて、聞きませんでしたわ。」

     ~中略~

「あの鳶がゐるとすると、うちの頬白もゐるわけだらうな。」

「はあ、烏もをりますわ。」

「烏 ( からす )  ・・・?」

信吾は笑つた。

鳶が「うちの鳶」なら、烏も「うちの烏」のはずだ。

「この屋敷には、人間だけが住んでゐるやうに思つてるが、いろんな鳥も住みついてゐるわけだね。」と信吾は言つた。

川端康成著『山の音』烏の家 p.199より 

 

「菊子、うちの鳶が鳴いてゐたね」ですって。

うちのですよ、うちの w

鎌倉に行くと、頭上で「ぴりょょょょょ~」と鳶の聲が、よく聞こえます。

鳶イコール鎌倉という感じは共通認識かも知れぬ。

物語の中には、息子の浮気や娘の出戻りといった事件もあるけれど、

色々なことが起こっても、これからもこの家族には淡々と生活が続いていくんだろうな、

と想像させてくれる終わり方が好きです。

 

近所の犬 ( テル ) が軒下で仔犬を産んだ話、鳶の聲を聞いた話、ひまわりが咲いた話、

勝手口で青大将に遭遇した話などなど、鎌倉の住民の日常がよく現れているような気がします。

その部分だけでも何度も読み返してみたくなります。

私にとって「この世界に浸っていたい」と思わせる素敵な一冊でした。