今、一番のマイブームは《同潤会》のこと。
全部購入していたらとんでもないことになります。
家も狭いし、お金もないし。。。
同時に読み進んでいますが、
今、一番面白いと思うのが『同潤会アパート生活史 「江戸川アパート新聞」より』です。
大塚女子アパートも奥深いけれど、江戸川アパートは凄すぎます。
『同潤会アパート生活史 「江戸川アパート新聞」より』は、このアパートの居住者が作成したガリ版の新聞を活字にしたものです。
編集委員や投稿者の顔ぶれをみて驚きました。
江戸川アパートが文化アパートと言われた所以が明確になりました。
板倉勝正さん…中央大学の名誉教授、古代オリエント史の重鎮。
松山藩主で徳川幕府最後の老中首席を務めた板倉勝静の家系。
南和夫さん…早稲田大学理工学部建築学科で教鞭をとる。
関根吉郎さん…早稲田大学理工学部化学科の教授。
坪内士行さん…早稲田大学で教鞭をとる傍ら宝塚歌劇団の養成にもあたる。
坪内逍遥の甥として生まれ、後に養子となる。
娘は坪内ミキ子、妻-操さんは宝塚の男役のトップスター。
溝淵忠雄さん…医学博士。
横山大学さん…東京帝国大学卒、日本銀行建築部技師として構造設計監理に従事。
東京オリンピック施設の設計監理にあたる。
橋本文夫さん…東京帝国大学卒、清水組、設計部、常務理事など歴任。
田中幸利さん…共同通信、読売テレビなどに勤務。
スポーツジャーナリストの草分け。
三輪福松さん…西洋美術史学者。
三宅徳嘉さん…フランス言語学者。
鈴木東民さん…読売新聞の論説委員、編集局長。
木村登さん…朝日新聞 記者。娘はピアニストの木村かおりさんと、ハープ奏者の木村まりさん。
西村孝次さん…明治大学教授、日本ペンクラブ理事。翻訳者。
山崎清さん…パリ医学大学卒、日本歯科大学教授を経て、鶴見大学の創設筆頭者。
谷田正躬さん…東京大学卒後外務省に入省、ギリシャ大使を歴任。
川島外治さん…日本銀行を経て、アジア会館理事、上智大学役員などを歴任。
金澤誠さん…歴史学者。妻はソプラノ歌手。
上記は、居住者のほんの一部でしょう。
こんなインテリさんたちが無報酬で編集していた昭和22年から25年まで新聞は凄いです。
アパートで催されたお絵描会の子供の絵を批評をするのが著名な西洋美術史学者だったり、
同じくアパートの催しの踊りの会で、日舞の師匠が踊られていたり、
庭の造作をああしようこうしようと、専門家の建築士たちが意見し合ったり、
普通ではありえない世界が、江戸川アパートで繰り広げられていました。
新聞には、忌憚のない意見交換や時には批判も掲載されています。
風紀や清掃の協力をあおぐ声も寄せられていたり、
庭をどう活用するかでは、「菜園にしたい」や「子供の遊び場にしたい」と衝突したことも書かれています。
共用部分の使いについては、様々な考え方がありますし、
政治的にも思想的にも人それぞれの価値観があるのだから、ぶつかりあうのは当然です。
同じアパートの住民たちの意識や息遣いが生々しく伝わってくる資料なんて、そうはないでしょう。
そういった資料的価値の意味でもこの本はとても興味深いものでした。
私が大塚女子アパートの本の次に、これをまず読みたくなったのにはワケがありました。
川島外治さんのことが知りたかったからです。
先に読んだ『大塚女子アパートメント物語』にこんな風に書かれていた方でした。
1946年、同潤会アパートはいったん東京都に引き継がれ、都営住宅になり、1951年に住民に払い下げられることになった。
詩人の堀口大学や演劇評論家の坪内士行などが住んで文化人アパートと呼ばれた江戸川アパートは、当初からの住人の一人であり、自治会の理事長を務めた川島外治が三億円で買い取り、住人に無償領布した。川島外治は日本銀行に勤務し、退職後はアジア会館の理事や上智大学の役員などを務めた人物だという。
川口明子著『大塚女子アパートメント物語 オールドミスの館へようこそ』p.146より
個人の財産で江戸川アパートを買い取り、住民に無償頒布?
これには驚きました。
この経緯や結果がどのようになったのか、川島外治という方がどんな人物なのか知りたかったのです。
流石に本紙では、その辺の経緯は明確には書かれていませんでした。
もしかしたら川口さんの話がちょっと違うのか、
それとも江戸川アパートの住民にとっては触れられたくないことなのかも知れません。
読み進むうちに、解説欄に以下のようなことが記されていました。
なんとなく濁していますが、複雑な事情があったことだけはわかります。
川島外治
1901年生まれ。故人。竣工後すぐに127号に入居された。日本銀行に勤務され、退職後はアジア会館理事、上智大学役員などを歴任し、終生青少年の育成に尽力した。
江戸川アパートでは住民のまとめ役として中心的な存在であり、自治会の理事長を長く務めた。
熱心なクリスチャンであった氏の奉仕の精神にのっとった精力的な活動は、住民の心の支えとなった反面、時に誤解を招き、氏には不快な思いを強いられたことが一度ならずあったと聞く。
失意のうちにアパートを去り、生涯二度と再び当地を訪れることを拒否したという。しかし、戦後の混乱期におけるしの果たしたアパートでの役割はいささかも揺らぐことはなく、最大の功労者として忘れてはならない人物である。
『同潤会アパート生活史 「江戸川アパート新聞」から』p.86より
本紙は同潤会江戸川アパートメント研究会が編集しています。
メンバーは伊藤直明氏を代表者とし、委員は長年このアパートの生活実態調査をされた小川信子氏、そしてアパートで幼年より過ごした丸山欣也、橋本文隆を中心に若手研究者を加え構成された と書かれているので、
この解説文がどなたの手によるものなのかはわかりません。
利益を同じとする運命共同体のような住民たちにも、それぞれの感情はあるでしょう。
各々プライドがあり、考え方価値観の違いや、誤解、偏見、失意、、、さまざまな感情が入り乱れるのが社会生活です。
川島外治さんが「失意のうちにアパートを去り、生涯二度と当地を訪れることを拒否」とは、私にとってもショッキングな話でした。
しかし、このことだけで十分。
これ以上触れてはいけないデリケートな部分がお互いにあるのだと判ったからです。
有名人が多いとはいえ、一般人も多く居住する集合住宅の会報誌が、
一冊の本になるというのは並大抵なことではないでしょう。
個人情報の問題で今なら完全アウト、絶対に不可能な企画でしょう。
読み進むうちに、他人の生活をミーハーな好奇心でのぞき見するような、
ちょっと気がひける気分にもなりましたが、
やはり江戸川アパートへの好奇心が勝ちました。
最後にこの本の中の、何人かの婦人の投稿に心を撃たれたことに触れておきます。
今よりももっと男性社会だった頃の、
しかも文化人のお歴々が勢ぞろいして書かれた新聞の中に、
他人を批判するでもなく、真摯に自分と自身の生活を見つめ直し投稿している
婦人方の清々しい文章に、心を打たれました。
彼女たちの文章には、勢力争いや派閥や政治がありませんでした。
特に「1号館ABC女投書」というご婦人の文章 (p.49) には、
文化人の殿方とひけを取らないインテリジェンスと品格を感じました。
なかなかどうして、とっつきにくい部分もある本でしたが、
貴重な建物の様子に加え、そこで生活する素敵な女性たちの姿も知ることが出来、
本当に良かったと思います。