青山美智子『鎌倉うずまき案内所』『木曜日にはココアを』の図書館の順番予約がまだなので、
その前に『お探し物は図書室まで』を読んだ。
この本は、既によんばばさんも、つるひめさんも読まれていて、
とうの昔に書評をアップされている。
そんなわけで《いまさら》だし、おふたりに敵うべくもないのは《もちろん》で《いつものこと》だが、
心の残ったことを書いてみたいと思う。
これから読もうと思われる方には、ネタバレもあります、ごめんなさい。
物語は、5つの話から構成されている。
- 朋香 20歳 婦人服販売員
- 諒 35歳 家具メーカー経理部
- 夏美 40歳 元雑誌編集者
- 浩哉 30歳 ニート
- 正雄 65歳 定年退職者
各章の主人公たちは、ひょんなことから地域のコミュニティハウスにやってきて、
施設内の図書室で司書の小町さゆりさんと出会い、各人が抱えていた悩みから解消されるという内容。
「なにをお探し?」
小町さんは主人公たちにそう声をかける。
小町さんは彼らとの会話から、参考になる本をレファレンスする。
リストアップされた本の最後には、どうみても関連なさそうな一冊が含まれている。
リストと一緒に手渡されるのは、小町さんお手製の羊毛フェルトの小物。
小町さんは「本の付録。本に付録ついてると楽しいでしょう?」と言う。
「本の付録」の小物たち
朋香 フライパン
諒 キジトラ猫
夏美 地球儀
浩哉 飛行機
正雄 蟹
主人公は、小町さんとの会話や、本や、「本の付録」をヒントに自らの力で一歩踏み出していく。
著者-青山美智子さんは、5人の登場人物を見事に描き分けていて綿密に構成している。
著者の織りなす展開やロジックには、独自な発想がありながらも、妙に人を納得させる力がある。
特にどんなことに琴線に触れたかというと、大きくいうとふたつ。
《気づきは自分で見つける》
《感覚や印象は、その人その人全部違う》
《気づきは自分で見つける》
小町さんは本やフェルトの小物でヒントを与えるだけで、ごり押しはしない。
答えを導き出しているのは、あくまでも本人。
例えば朋香の場合、
「ありがとうございました。『ぐりとぐら』もフライパンも。
・・・大事なこと、教えていただきました」
朋香が言うと、小町さんはすました顔で首を傾ける。
「私は何も。あなたが自分で必要なものを受け取っただけ」
《感覚や印象は、その人その人全部違う》
小町さんの風貌に対する印象は 5人5様
47歳の小町さゆりさんは、名前に似つかぬ巨体。
初めて彼女を見た主人公は、それぞれの世代感を通して印象を語る。
20歳 朋香さんは「穴で冬ごもりしている白熊」
35歳の諒さんは、「ゴーストバスターズ」に出てくるマシュマロマン
40歳の夏美さんは、ディズニーアニメの「ベイマックス」
30歳の浩哉くんは、「らんま1/2」の早乙女玄馬のパンダ
65歳の正雄さんは「正月に神社で飾られる巨大な鏡餅」
「何をお探し?」に対する反応も違っていて面白い。
朋香 抑揚のない言い方なのに、くるむような温かみ
諒 思いがけず、優しい声。ちっとも笑ってないのに、いつくしみに満ちていた。
夏美 ふわん、と体を包まれたような気がした。不思議な声だった。
親切でもなく明るくもない、フラットな低温。
なのに、身も心もゆだねたくなるような、懐の深さを感じられるひとことだった。
浩哉 しゃべった。
なんの不思議もないけど、パンダになった早乙女玄馬はしゃべれないのでハッとした。
正雄 その声は思いがけず穏やかで凛としていて、体の奥まで響いてきた。
小町さんのタイピングも著者はこう書き分け、楽しませる
朋香 そして、パソコンでしゅたたたたたっとものすごいスピードでキーを打った。
目にも留まらぬ速さで、私は腰を抜かしそうになった。
諒 キーボードの上で一秒手を止め、次の瞬間、指が見えないくらいのハイスピードで
キーを打っていく。意表を突かれて、僕はあんぐりと口を開けてしまった。
夏美 すっと姿勢を正し、キーボードの上に両手を置いた。
そしてぱぱぱぱぱぱぱぱぱっとものすごい速さでキーを打った。
指だけが機械みたいだった。
浩哉 そして、突然、たたたたたたたたっとハイスピードでキーボードを打ち始めた。
その姿を見て俺は、条件反射的に「ケンシロウかよ!」とツッコミを入れてしまった。
~中略~
「おまえは今、生きている」
小町さんはドスの利いた声でつぶやいた。真顔なのでちょっとこわかった。
正雄 ずだだだだだだだだだだだだたあっと、小町さんは驚異的な速さでキーを打った。
むくむくした指がどうしてそんなにスピーディーに動くのか不思議だった。
小町さんの魅力は無限大
小町さんは本当にスゴイ!
有能な司書とは《本や情報に対して膨大な知識を有している人》だと思っていたが、
それだけではないと気づかされる。
小町さんは本当によく人の話を聞いている。
その人その人に寄りそうための感覚が研ぎ澄まされていて、その人が何を見れば「ピン」とくるかの引出しを無限に持っている。この人には、この本が必要だと思っても、それを押し付けるのではない。
「あくまで参考に」
「ここからあとは、あなたが読みといて」
その姿勢が鮮やかだった。
5人の登場人物に対する、小町さんの言葉遣いや接し方が全部違うのも面白い。
65歳の正雄さんが勤めていた会社が、小町さんお気に入りの菓子ハニードームのメーカーだと知ると、
小町さんは突然、細い眼をカッと開き、フゴォーと音をさせながら息を吸った。そして何かに憑依されたかのような笑顔になり、焦点の定まらない目で歌いだす。
🎵 どうどう どうどう
どうですか あなたも わたしも どうですか
🎵 どうどう どうどう ハニードーム
呉宮堂ーーぉの ハニードームぅーーー!
漫画の知識が豊富な浩哉くんに、『進化の記録』をリストアップしたときには、
「え。なんですか、これ。こういう漫画?」と聞かれこう答えている。
「あなたにレファレンスできる漫画は、私にはないと見た。
子ども時代に読んだ漫画という財宝を、越えられそうにないからね」
もうひとつ目から鱗だったのが、小町さんの《視点》だった。
第3話の主人公、夏美は仕事と子育てを両立させるために、雑誌の編集部から資料部に異動となり悶々としている。
そんな夏美と小町さんの出産についての会話に、私は舌を巻いた。
「子どものツボって、私はよくわからなくて」
「まあ、育児っていうのは、実際にやってみないとわからないことばっかりだからね。イメージしてたのと違うことがいっぱいある」
「そうそう、そうなんですよ」
私はこくこくと何度もうなずいた。理解者が現れた気がして、思わず本音を漏らしたくなる。
「くまのプーさんを可愛いと思うのと、実際に熊と暮らすのとではぜんぜん違う、というくらいに違いました」
「わはははは!」
小町さんが突然、豪快に笑ったのでびっくりした。こんなふうに大声を出すとは思わなかった。冗談をいったつもりはないのに。
でも安心もした。こういうことを話ししてもいいのだ。愚痴がするりと口からこぼれる。
「・・・私、子どもが生まれてから行きづまってばかりで。やりたいことがやれないもどかしたに、こんなはずじゃなかったって。娘のこと大事なのは本当なんですけど、育児、理想以上にてごわかったです」
笑いやんだ小町さんが、また淡々と言った。
「子どもは、ほのぼのと生まれてくるわけじゃないものね。お産って大イベントだったでしょう」
「ええ。世の中のお母さんたちってスゴイと思いました」
「そうだね」
小町さんはちょっとだけうなずき、私の目をのぞきこむようにして顔をまっすぐこちらに向けた。
「でも私、思うんだよ。お母さんも大変だったろうけど、私だって 生まれてくるときに相当な苦しみを耐え抜いて、持ちうる力を尽くしたんじゃないかって。
十月十日、お母さんのおなかで誰からも教わることなく人間の形に育って、まったく環境の違う世界に飛び出してきたんだから。この世界の空気に触れたとき、さぞびっくりしただろうね。なんだ、ここはって。忘れちゃってるけどね。だから、嬉しいとか幸せとか感じるたびに、ああ、私、がんばって生まれてきたかいがあったって、噛みしめてる」
胸を突かれて、私は黙る。小町さんはパソコンのほうに体を向けた。
「 あなたもそうだよ。たぶん、人生で一番がんばったのは生まれたとき。そのあとのことは、きっとあのときほどつらくない。あんなすごいことに耐えたんだから、ちゃんと乗り越えられる」
p.138より
出産で母親が大変だったという発想は誰もが思うことだが、
小町さんは、赤ん坊の視点にたって物事をとらえている。
こんな風に作品の中には、小町さん ( 作者の ) の意表を突く柔軟な視点や発想が散りばめられている。
小町さんの《豊富な視点》、これこそが本のリファレンスに大事な能力なのだと思った。
そしてそれは、司書だけではなく、人として大切な能力なのかも知れない。
本日の夜ごはん
〆に坦々麺
ザクザクコリコリ