Garadanikki

日々のことつれづれ Marcoのがらくた日記

幸田露伴『野道』でみる、野山の楽しみ方

 

幸田露伴の『野道』という短編を堪能し、40年前のことを思い出しました。

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確か、場所は埼玉県秩父の正丸峠だったと思います。

ハッキリ特定できないのには古い話であるとともに、

こういうことをするのが日常茶飯事だったからです。

 

写真手前は、若かりし頃の私。

座り込んで野草を摘んでいるのが、おはな小母さん。

多分、野蒜を取ってくれてるんだと思います。

 

f:id:garadanikki:20150810102941j:plain右写真、下がおはな小母さん、上が母。

『野道』は、主人公 ( 露伴 ) が、三人の先輩に誘われて瓢酒野蔬で春郊漫歩の半日を楽しむ様子が書かれた短編です。

 

瓢酒野蔬(ひょうしゅやそ)というのは、「瓢箪に入れた酒持って、山菜・野の花狩りを楽しむ」とでも言えればいいのかしら。

 


主人公は先輩に「ご同行あるなら かの物 二三枚お忘れないように」と言われます。

して、かの物とは。。。
杉の良い香の滝割りの片木を二三枚、近所の知合いの大工さんのところに老婢をやり、うまく祈り出して調達。

その板に味噌を1~1.5㎝厚に塗りつける。この辺の記述がカッコいいので原文を。。。

妻と婢とは黙って笑って見ていた。今度からは汝達(おまえたち)にしてもらう、おぼえておけ、と云いながら、自分は味噌の方を火に向けて片木(へぎ) を火鉢の上に翳した。なるほどなるほど、味噌は巧く板に馴染んでいるから剥落もせず、よい工合に少し焦げて、人の饞意(さんい) (-食欲) を催させる香気を発する。同じようなのが二枚出来たところで、味噌の方を腹合わせにしてちょっと紙に包んで、それでもう事は了した。
ちくま日本文学全集 幸田露伴『野道』p.398

 


味噌を春郊漫歩で、どうするか。野蒜やぺんぺん草、スイカズラやタンポポを採ってきて、味噌付けて食べるんです。そして、瓢の酒をぐいっと飲む。
いやあ、こんな大人の楽しみ方があったなんて。春草は大抵苦いから味噌と共に食らえば、酒客好みのものになるということらしい。酒だって、たんと飲むわけじゃない。銘々に気に入りの瓢にせいぜい1合か2合持ち合わせてきている。


妻や老婢、或いは娘に対しては、厳格に躾をする露伴ですが、三人の先輩というのは、“いずれも自分の親としてよい年輩の人々” で、教えられることばかりらしい。片木に塗った焼き味噌も先輩に教わったし、野の花の食べられる食べられないも先輩に教わって、毒草を摘んできて先輩に叱られてたりする。
こんな風に視野を広げ、素養を伝授してくれる先達に恵まれているのは、一番の財産だと思う。

 

 

この下閉じた分は、『野道』の中で、特に好きな場面を抜き出したもの。

退屈だと思います、だって個人の備忘録ですもの。

郵便脚夫にも燕や蝶に春の来ると同じく春は来たのであろう。郵便という声も陽気に軽やかに、幾個かの郵便物を投込んで、そしてひらりと燕がえしに身を翻して去った。
~(中略)~
見るとその三四の郵便物の中の一番上になっている一封の文字は、先輩の某氏の筆であることは明らかであった。そして名宛の左側の、親展とか侍曹とか至急とか書くべきところに、閑事という二字が記されてあった。閑事と表記してあるのは、急を要する用事でも何でも無いから、忙しくなかったら披いて読め、他に心の惹かれる事でもあったら後廻しにしてよい、という注意書きである。ところがその閑事としてあったのが嬉しくて、他の郵便よりまず第一にそれを手にして開読した、さも大至急とでも注記してあったものを受け取ったように。
ちくま日本文学全集 幸田露伴『野道』p.396
菜の花畠、麦の畠、そらまめの花、田境の田境の榛の木を籠 (こめ) る遠霞、村の児の小鮒を逐廻している溝川、竹籬、薮椿の落ちはららいでいる、小禽のちらつく、何ということも無い田舎路ではあるが、ある点を見出しては、いいネエ、と先輩がいう。なるほど指摘してきされて見ると、呉春の小品でも見る位には思えるちょっとした美がある。小さな稲荷のよろけ鳥居が薮げやきのもじゃもじゃの傍に見えるのをほめる。ほめられて見ると、なるほどちょっとおもしろくその丹にぬりの色の古ぼけ加減が思われる。土橋から少し離れて馬頭観音が有り無しの陽炎の中に立っている、里の子のわざくれだろう、蓮華草の小束がそこに抛り出されている。いいという。なるはど悪くはない。今はじまったことでは無いが、自分は先輩のいかにも先輩だけあるのに感服させられて、ハイなるほどそうですネ、ハイなるほどそうですネ、と云っていると、東坡巾の先生はてい然として笑出して、君そんなに感服ばかりしていると、今に馬糞の道傍に盛上っているのまで春の景色だなぞと褒めさせられるよ、と戯れたので一同みんな哄然どっと笑声を挙げた。
ちくま日本文学全集 幸田露伴『野道』p.399