今回のタイトル「好きだ!」は、吉田修一さんの短編エッセーのタイトルです。
ずっと読みたいと思いながら、ずっと後回しにしてしまっていた吉田作品の、
最初に手にしたのは「最後に手にしたいもの」というエッセー集でした。
いやあ、面白い。
四の五の言わない優しい文章で、サクサク読めてしまいます。
でも、その《サクサク》読めてしまうことに勿体なさも感じてしまいます。
だって奥深いんですもの。
この本は、ANAグループの機関誌『翼の王国』の2012年から2016年までの連載の一部を
加筆・修正して一冊にまとめたものだそうな。
とんと飛行機がご無沙汰の私にとって、機関誌といえばJR東日本『トランヴェール』の方が馴染が深い。
トランヴェールといえば、沢木耕太郎さんの「旅のつばくろ」も珠玉の連載ですが、
『翼の王国』の吉田さんのエッセーも好対照で素晴らしい。
どちらもかけがえのない旅のお供です。
実は、この本より先に、よんばばさんが紹介されていた「空の冒険」を読みたかったのですが、
図書館で借りられたのは、最新作の「最後に~」の方でした。
どちらも「翼の王国」に連載されていたもので、旅にまつわる話が多く、
機内で読むのだから、肩の凝らない話に仕立てられています。
とはいえ内容は決して浅くない。
お洒落なスルメのように噛めば噛むほど味わい深いのです。
よんばばさんが「ああ、文筆家の文章だ!と感動した」とおっしゃるのもうなづけました。
吉田修一さんの公式サイトを見ると、シリアスなものから軽快なものまで、まあなんと幅の広いこと。
公式サイトには、チャート図もあって、吉田修一全作品を系統別に分類してあります。
つらつらそれを見渡すだけでも、なんとまあ引き出しの多い作家さんなのか、と思います。
吉田修一 公式サイト | SHUICHI YOSHIDA OFFICIAL SITE | BOOK NAVIGATION
さて。
「最後に手にしたいもの」の中で特に釘付けになったのは「好きだ!」という作品でした。
吉田さんの2匹の愛猫、金ちゃんと銀ちゃんのことを書いたエッセーなんですが、これが笑えるんです。
目の前に金ちゃんと銀ちゃんがいるように生き生きと書かれています。
猫にはそれぞれ個性がありますが、金と銀と名付けられたこの2匹の対比が実にいい。
おっとりとしてフォトジェニックな銀ちゃんのことを、吉田さんは《コメディー映画》といい、金ちゃんのことを《アクション映画》といい、「どちらも見ていて飽きない」とのこと。
夜はボア毛布と格闘し、朝は風呂場に出勤するという金ちゃんの話には、腹を抱えて笑ってしまいました。
猫は本当に予想もつかぬことに興味を持ったり、こだわったり、思い込んだりしますから。
そういえば、吉田さんの金ちゃん・銀ちゃんは、NHKのネコメンタリーにも登場してました。
養老センセイの「まる」にすっかりはまってしまい、
初見の「吉田修一と金ちゃんと銀ちゃん」の印象は薄いのですが、
このエッセイを読んだら、もう一度キチンと堪能したくなりました。
印象的な話
猫のこともさることながら、吉田さんはこの作品の中でこんな印象的なことを書いています。
この文章を読んで、私はたちまた吉田さんのファンになってしまいました。
と、ここまで一気に書いてきて、やはりとても気分がいい。
実は、一度このエッセイ欄をうちの猫のことだけで埋めてみたいと思っていたが、まさかこんなに気分がいいとは思ってもいなかった。
自分が好きなものを、「好きだ! 好きだ! 好きだ!」と堂々と言えることの、なんと気分のいいことか。
中略
騙されたと思って、ぜひ読者の皆さんも一度どこかでやってみてほしい。
別にエッセイなんかを書く必要はない。もちろん誰かのことを犠牲にしないという大前提での話だが、ぜひ自分が好きなものを「好きだ!」と堂々と口にしてみて欲しい。
大切なものを「大切だ!」と叫んでみてほしい。新しい一年が始まる四月でもあることだし。
素敵でしょう?
輝いてると思いませんか、この文章。
人を楽しませる、気持ちを良くさせるのは、こういうことなんだと思いました。
好きなことを「好きだ!」といい、「ああ、気分がいい」といってる人を見て、
気分が悪い人はいません。
吉田さんの「好きだ!」は、読んでるこちらをも楽しい気分にさせてくれる作品でした。
本日の《私の好きだ!》は、ロミくん
まるちゃん、僕、ビクビクなんだ。
どうしたのロミ、瞳孔開いちゃってるよ。
だってね、コロナっていうやつのせいでね、遊び場のない子たちがいっぱい来るんだ。
ボール遊びするんで、僕 ビクビクなんだ。
大丈夫だよ、小さな子だって、みんな本当は優しい良い子たちなんだよ。
そうなの? 優しいの? じゃね、僕 もう少し我慢する。