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日々のことつれづれ 駄目駄目さんのガラクタ日記

古山高麗雄 著『二十三の戦争短篇小説』

 

今、こんな本を読んでいる。

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この本を知ったキッカケは、先日読んだ伊坂幸太郎著『AXアックス』に、

本書収載の『プレオー8の夜明け』が参考文献になっていたことだった。

『AXアックス』のスパイの話と、この戦争の話との共通点は何なのか、

伊坂さんが参考にする真意を知りたかった。

 

 

しかしこの本の厚さは尋常ではない。

文庫本でこの厚さだ。

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古山さんの従軍体験が23も詰まっているのだから。

やっと1/3くらいまで読み進めたところだが、実に興味深く考えさせられられる作品群、

心に染みわたっていく話が続いている。

 

古山高麗雄ふるやまこまおさんについて】

古山高麗雄さんは、インテリである。

1942年召集され南方を転戦しラオスで終戦。

BC級戦犯容疑で収監後、復員。1950年河出書房入社。

有能な編集者として、見識も高く広く評価されていた人物だった。

元々作家志望はなく、編集者として一生を送るつもりだったのが、円地文子が原稿を落とした際に、江藤淳に勧められて発表した『墓地にて』が評価され、寺田博の依頼により『文藝』に発表した2作目の作品『プレオー8の夜明け』が芥川賞を受賞。

編集者と作家の二足のわらじとなったが、主軸はあくまで編集者だった。

そんな古山さんが、従軍や捕虜、収監の経験を小説にしたのは、22年経った48歳の時だった。

 

22歳で徴兵された古山さんは幹部候補生要員に編入されたが、軍人勅諭の暗唱を拒んだことから落第、

そのまま終戦まで兵卒として転戦することとなる。

戦地では体力がないので上官から「お荷物」と言われ、軍医からは「お得意様」と言われた人物だった。

 

 

『プレオー8の夜明け』について

芥川賞受賞作『プレオー8の夜明け』は、古山さんが戦犯容疑でサイゴン刑務所に抑留された時の話。

 

上官や下士官もなく一緒くたの獄中で、ある者は死刑を覚悟し、ある者は釈放を願いながら鬱屈した日々を送っている様子がユーモアを交えて描かれている。

 

収容人数が多すぎて息苦しい空間で、鉄の扉の覗き穴から鼻を突き出し空気を吸うために、行列をつくる。というエピソードがこれだ。

「アン・ドゥ・トロア・キャ ⵈⵈ 」

誰も頼みもしないのに、増田上等兵が扉の傍に立って、フランス語で数えるのだった。

増田は福島訛りを隠すためと、ひとつには剽軽なやつだと思われたいので、やたらとフランス語を使うのだ。ケスクセ ( それは何だ ) だとか、アッタンデ ( 待て ) だとか、デペッシェヴー ( 急げ ) だとか。そして増田は、「アロー、ムッシュウ、それ、ケスクセ、ボンかパボンか、パボンかボンか、ボンならデペッシェヴーの」などと、自分では珍妙なせりふを考案したつもりで、得意になって道化師ザンニを演じるのだ。ちっとも受けてやしないのに。

 

「 ⵈⵈ ヌフ、ディス。はい、フィニィ ( 終わり ) だよ。ムッシュウ。はい、次ね」

増田が、ディス ( 十 ) と言えば、交替なのだ。なんとなくそういう習慣ができていた。

十呼吸以上に外気を吸いたいなら、もう一度行列に従かねばならないのだった。

『プレオー8の夜明け』p.40より

 

地獄のような状況下の話も古山さんの手にかかると重くなったり、辛気臭くなったりしない。

22年も経って浄化されてしまったからなのだろうか。

 

それもあるだろう、が、それだけではなく古山さんの人間性もあると思う。

そして実際に男たちの気分も変わってきていたのではないだろうか。

魔が差したような心境だった男たちが、戦争が終わり正常な精神状態に戻った姿がそこにあったのではないだろうか。

古山さんは、そんな日本兵たちの様子を、冷静に温かく、ちょっと引いた視点でみている。

だから侘しさがあり、ペーソスとユーモアがまじりあった世界感のある作品なのだと思う。

 

 

プレオー8の男たちは、ふんぞり返っていた上官も部下との隔てがなくなり、日本人もベトナム人もカンボジア人も、敵味方もない同じ人間であると自覚できているように私には見えた。

 

男たちはつまらない冗談を言ったり、寸劇を楽しんだり、上官だった金井中尉が女言葉 ( カミングアウト ) になったりする。

そうそう、もうひとりトヨちゃんという男が出てくるのだが、皆が取り合うような美しい男の子だったりするようなことも書かれていた。

もしかして戦争小説で、ゲイを扱った作品なんて初めてではなかろうかと思いながら読了した。

 

編集者をずっとしてきた古山さんが、たのまれて書いた二作目『プレオー8の夜明け』で、いきなり芥川賞をとってしまった理由が、読んでみて、なるほどとわかった。

 

【その他の作品】

『墓地で』は、戦地でバラバラになって長助という相棒と二人になってしまった主人公が、サイゴンを目指して歩いている話。

『白い田圃』は、ビルマ ( 現ミャンマー ) を移動していく時の話。

『蟻の自由』は、空想で妹の祐子に手紙を書いている話。

 

どれも、古山さんの人に対する愛の深さと、戦争に対しての考え方がひしひしと伝わる作品だ。

地元人、捕虜、慰安婦に対して古山さんは優しい。

軍隊や戦争対しては、否定的であるが、強くはない。

本当はとても強い信念を持っているのだろうが、古山さんの態度は柳のようで、状況をしなやかに打開する。

 

「スパイが逃げたつかまえろ」と上官がさわげば、その様子を「マラソン大会が始まった」と例える。

スパイが逃げ込んだとされる村に向って砲撃を命じる上官の談になると、一気にシリアスになった。

藪の間から、重機の銃口を覗かせて、弾倉をさし込んで、重機の後ろに小原上等兵が腹這いになっていた。一触即発の構えだ。

「ばてれんめ、一巻の終わりだ」と小原は言った。

包囲殲滅せんめつと聞いたが、これで包囲していることになるのだろうか。

    ~中略~

私たちと反対の方向から歩兵砲の援護射撃が始まった。林から、煙が立ち上った。包囲とはこういうことだったのか。

「それ、始まった」歩兵砲の、最初の一発が鳴ると、尾形大尉が言った。

「村から逃げ出すやつは、撃て」

何発か歩兵砲弾が撃ち込まれると、そのうちカレン人が、まず最初は男が、ロンジーを翻しながら飛び出した。ずっと右手に、その村から数百メートル離れて、小さな林があった。その林に向かって走って行く。

九二式重機が、タタタと火を噴いた。いったん倒れた男は、すぐ起き上がって再び駆けだした。また重機が鳴り、男は倒れたまま動かなかった。

続いて、幾人かが飛び出したが、右手の林に辿り着いた者はいなかった。二百メートルから三百メートルというのは、重機の命中率が最も高い距離だという。そのうちに、緑色のロンジーの女が、背丈から判断して、十ぐらいの女の子の手をひいて飛び出した。女の子は、ピンクのロンジーをつけていた。

「あれも撃ちますか」一瞬、小原が逡巡した。

「撃て、射撃練習じゃ」尾形は言った。

「今度は、自分に撃たせてください」

とっさに私は、重機にしがみついた。小原は私に、おめえ撃つか、と言ってゆずってくれた。私は、目標の三メートルほど後方を狙って撃った。緑とピンクのロンジーは、ときどき転びながら、右手の林に向かって駆けて行った。

大沢が、私の尻を蹴った。

「なんじゃ、おまえ、当たらねえでねえか、この、でこすけ」

大沢は、私の腹の下に靴を入れて、私を重機から引き離した。

「わかんね、おめえじゃ。交替!」

    ~中略~

だがとにかく昨日までは、彼らは、歩兵砲弾をぶち込まれて、機関銃を撃たれるなどとは思わなかっただろう。突如、災禍がやって来た。弾のなかを、子供の手をひいて走る母の気持は、どんなものだろう? と私は思った。幾人かが死んだが、殺されたカレン人の肉親の気持は、どんなものなのだろう?

古山高麗雄 著『二十三の戦争短篇小説』文春文庫版 所収『白い田圃』p.122より

 

 

古山さんは、他にもこんな行動をとった。

スパイの一味と疑われた三人の女たちの、後ろ手に縛られた縄を、上官がよそ見をしているスキに緩めてやったり。

裸で木につるされ、明日処刑されてしまうという男を、抱いてさすって温めてやったりする。

 

 

慰安婦についての古山さんの視点にも、考えさせられるものがあった。

慰安所は、三叉路から街道を東に一丁ほど行った竹藪の中にあって、兵隊たちは外出のたびに、そこに行くのだった。外出が終わって点呼のとき、班長が二、三名に、お前いくつやったと訊く。それから敵娼の名を訊く。訊かれた者は、一つだの、二つだの、ラン子だの、みどりだのと答える。私も一度訊かれたことがある。「吉永、おまえ、いくつやった」私は、「はい、三つであります」と出鱈目を言って殴られた。班長は、私が慰安所に足を踏み入れないことを知っていて、わざと訊いたのだ。

 

そんなことがあった後、私は、古年次兵に引き立てられるように慰安所に行った。兵隊らすくね。慰安所の部屋の配置は、この監獄に似ている。中庭があって、まわりを部屋が囲んでいた。そこへ春江が来た。春江は顔立ちは悪くないのだが、なにせあまりにも大き過ぎるので、繁盛していないのだ。

     ~中略~

春江は体が大きいだけでなく、心も大らかな女だった。

「徴用たと言うんたよ。うち慶尚南道で田んぼにいたんたよ。そしたら徴用たと言て、連れて行くんたよ。汽車に乗て、船に乗たよ。うち、慰安婦になること知らなかたよ」

悠揚迫らぬ、とはあのことだな。春江には、暗い陰がなかった。愉快そうに笑いながら彼女は続けた。

運たよ。慰安婦になるのも運た。兵隊さん、弾に当たるのも運た。みんな運た

『プレオー8の夜明け』p.55より

 

深い話であるが、複雑な想いでもある話だ。

慰安婦については『蟻の自由』にもこういったくだりがある。

 

僕は散々遊んで来たからではなくて、たぶん、自分も死ぬと決めているからでしょう、慰安所に行く気にはなれません。そんなふうになった僕を、祐子は想像できますか? 出征前、僕が三業地から帰って来ると、祐子から「穢いわ、兄さん」と言われたことを思い出します。

 

でもね、祐子、兵隊が慰安所に行くのは、「穢さ」もないぐらい、虫的なんだよ。

よく兵隊は、自分たちを虫けらみたいだと自嘲します。それはそうだと思う、僕も。ただ兵隊が自分たちのことを虫けらみたいだと言うとき、兵隊たちは、愚弄されながら死んでしまうのだという気持ちを自嘲するわけです僕は、兵隊は、小さくて、軽くて、すぐ突拍子もなく遠い所に連れて行かれてしまって、帰ろうにも帰れなくなってしまう感じから虫けらみたいだと思います。

 

少年のころ僕は、家の庭を這っていた蟻を一匹つかまえて、目薬の瓶に入れて、学校に持って行って放したことがあるのです。そして僕は、蟻の、おそらく蟻にとっては気が遠くなるほどの長い旅を空想しました。

 

今の僕は、あの蟻に似ているような気がするのです。

兵隊と慰安婦の出合いなど、蟻と蟻との出合いほどにしか感じられないのだ。また、僕と小峰との結びつきにしても、たまたま同じ目薬の瓶に封じ込まれた二匹の蟻のようなものでありませんか。

『蟻の自由』p.144より

 

 

《軍人勅諭の暗唱を拒んだ》とあることからも、古山さんは戦争反対論者だったと思う。

しかし今と違って「戦争反対」などと誰が言えよう。

思っていても口にすることはご法度、そんな世の中だった。

 

古山さんがもし、もっともっと強い人間なら反戦運動をしていたかも知れないが、

彼が出来たのは、上官の気を少しそらすといったことだった。

だが、これらの小説を残してくれたことは、当時戦争に抵抗することと同じくらい、

偉業であると私は思う。

 

 

・・・今。

ロシア軍がクロアチアに侵攻して、世界中が「戦争反対」と叫んでいる。

そんなタイミングで、ふと手に取った古山さんのこの本は、私に一言ではいえない複雑な思いを与えるものだったし、どう書いたらよいかわからず、推敲というか、書いたり消し書いたり消ししながらの三日間であった。

更新が滞ったのはそんなワケ。思うことが深すぎて難産でした。

 

 

 

本日の昼ごはん

久しぶりの喫茶店風 ナポリタン

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本日の夜ごはん

つまみ三品盛りの左は、( ´艸`)作り過ぎましたナポリタン

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こんなところからスタート

さつまいものレモン煮、くらげきゅうり酢と、、

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これなるものはエリンギ。

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わざと丸太のように切り、断面に縦横の切れ目を入れ、

叩いたアンチョビを摺り込んで、フライパンで炒めた。

これは美味しいです! 

アンチョビの塩味とエリンギの旨み、香ばしさが癖になりそな一品です。

 

さつまいものレモン煮は、彼の好物なので一つしか残らなかった。

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くらげの酢の物もいい感じだ。今日は色々な味があって偉いと思う。

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スープと肉を追加。

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豚バラ、ちくわ、えのきのスープ。

鶏ベースの出汁に、成城石井のキムチの残りのスープを足したもの。

口内炎で辛いものが食べられない中のMOURI の為に、ほんの少し色がついた程度のもの。

辛くはなくて旨味だけというところがミソ。

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ジンギスカンを少しだけ。

・・というか、肉とタレがしみた生の春菊が食べたかった。

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春菊が絶品でした。

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下は、生前の古山さんのインタビュー記事です⤵

www1.e-hon.ne.jp