Garadanikki

日々のことつれづれ Marcoのがらくた日記

豪徳寺の招き猫は誰に福をもたらしたのか

 

平日の豪徳寺に行って驚いたのは、外国人がとても多いことだった。

ひところは中国の旅行者が多かったが、最近はアメリカや中南米の方が多い。

京都や浅草ではなく、世田谷のこんなお寺さんをどこで知るのだろう。

Instagram?

 

豪徳寺のことを書き始めた時に、たまうきさんから、

「YOUは何しに日本へ」でドイツ人女子高生が(母国のおばあさんのために招き猫をもとめて)豪徳寺にお参りするのを観ました。

というお話をいただいた。

なるほど、インスタ映えするもするし、お土産にも丁度良い。

本当に大勢さんいらしてる。

 

まあ、ほんとにきれいに並んでいるもの

 

豪徳寺の招き猫は、その昔この場所に鷹狩り帰りに通りがかった井伊直孝が、お寺の前にいた猫に手招きされて立ち寄ると、突然雷が鳴り始めた。

猫のおかげで雷雨を避けることができた井伊直孝はその幸運に感動したという逸話。

招福猫児まねきねこの由来
東京世田谷区豪徳寺二丁目所在の豪徳寺は幕末の大老 井伊掃部頭 直弼の墓所として世に名高く寺域広く老樹爵蒼して堂宇荘厳を極め寶者日に多く誠に東京西部の名刹なり、されど昔時は至って貧寺にして二三の霊水修行して漸く暮らしを立つる計りなりき、時の和尚殊に猫を愛しよく飼いならし自分の食を削て猫に与へ吾子のように愛育せしが、ある日和尚猫に向かい、「汝我が愛育の恩を知らば何か果報を招来せよ」と言い聞かせたるがその後幾月日がすごし夏の日の午さがり俄かに門のあたり騒がしければ和尚何事ならんと出て見れば、鷹狩りの帰りと覚しき武士五六騎、門前に馬乗捨てゝ入り来たり和尚に向かい謂えるよう「我等今当寺の前に通行せんとするに門前に猫一疋うずくまり居て我等を見て手をあげ頼りに招くさまのあまりに不審ければ訪ね入るなり暫く休息させよ」とありければ和尚いそぎ奥へ招じ渋茶など差出しける内天忽ち曇り夕立降り出し雷鳴り加わりしが和尚は心静かに三世因果の説法したりしかば武士は大喜びいよいよ帰依の念発起しけむやがて「我ことは江州彦根の城主 井伊掃部頭 直孝なり猫に招き入れられ雨をしのぎ貴僧の法談に預かること是れ偏に仏の因果ならん以来更に心安く頼み参らす」とて立ち帰られけるるが、是れぞ豪徳寺が吉運を開く初めにしてやがて井伊家御菩提所となり田畑多く寄進せられ一大伽藍となりしも全く猫の恩に報い福を招き寄篤の霊験によるものにして此等一に猫寺とも呼ぶに至れり。和尚後にこの猫の墓を建ていと懇ろに其冥福を祈り後世この猫の姿形をつくり招福猫児まねきねこと称えて崇め祀れば吉運立ち所に来り家内安全、営業繁昌、心願成就すとて其の霊験を祈念する事は世に知らぬ人はなかりけり。

〒154-0021

東京都世田谷区豪徳寺二丁目二十四番地七号

TEL03(3426)1437

曹洞宗 大谿山 豪徳寺

 

 

おおーっと、招福猫児の像のところに書いてあった説明書きを読むと、少しニュアンスが違っている。

猫が福をもたらしたのは、落雷から身を守れた殿様のことだと思ったら、もう一人、和尚さんも福が舞い込んだという話だった。

猫が殿様を連れてきてくれたから貧しい寺が菩提寺になり、収入も安定したと和尚さんが喜んだという話で、そっちがメインに聞こえてくる。

 

面倒みていた猫に「恩を返せよ」といっちゃう和尚さんを、どうかと思うのは私だけだろうか、無償の愛っていうのがないのだろうか、動物愛護がなんだか妙に生っぽい話になってしまったように感じた次第。(;^_^A

 

 

寺の懐具合を想像できなかったけれど、やはり藩主のおかかえの寺になるというのは有難いと同時に誉れ高いことなのでしょう。

 

 

そういえばこんな話もあります。

前に話をした大場家の関連しての話。

後の大場弥十郎 ( 江戸後期に代官になった人 ) が昔のことを振り返ってこんなことを「江戸歩行由緒帳」に書いていたらしい。

御菩提所御建立之思召被ㇾ為ㇾ在、即大場市之丞より泰申上、吉良氏旧庵二而弘徳院と申地跡之儀申上候由二而、則豪徳寺御草創御座候、

つまり、井伊直孝の菩提寺建立の意図に対し、 ( うちとこの先祖 ) 大場市之丞が弘徳菴の跡を推薦し、豪徳寺を創建したというのだ。

 

話の出どころは下の「豪徳寺 文化財綜合調査報告」という本。

 

この話を掲載した池上博之氏はこのように述べていらっしゃる。

勿論この記述は遥か後世のものであり、全面的に信を置くことはできない。殊に「地跡」という表現からは、この頃弘徳院が廃寺になったように取れるが、そのような事実はない。代官が井伊家に弘徳院を推薦したという事はあり得ることではあるが、他に傍証するような史料がないので確実な所は不明である。

私も全く同感だ。

和尚さんにしても、大場代官にしても、チャッカリしているなあと思ってしまった。

 

 

 

本日の昼ごはん

釜玉うどん